思っていたより派手すぎた。
思っていたより派手すぎた。
赤、青、黄色、緑、その他。さまざまな色の建物が立ちならんでいる。
……目がチカチカする。
ここが、紅翠域。通称、紅の郷。
あんこも、不思議そうに首を動かしてキョロキョロと視線をさまよわせている。
「蜜森。ぼーっとするな。はぐれるぞ」
検問を通過した先で、すこし前を歩いて振りかえった粕谷さんが言った。
たしかに、人通りはそこそこ多い。
うなずいて、粕谷さんのすぐ後ろについた。
すこし歩くと、露天がならんでいる市場が見えてきた。
日用品を売っている店もあるが、目を引くのはフルーツらしき食べ物を売っている店。
紅翠域は、果物エリアと定義しても問題はないようだ。
……しかし。
見覚えのあるものがたくさん売られていて、季節感があまりない。
今は、気候的には初夏頃のはず。
なのに、ミカンを売っている店、スイカを売っている店がそれぞれある。
「種類豊富ですね」
「中立地帯だからな。他国から仕入れているものもあるらしい」
「……そうですか」
つまり、ここは両軍にとって物資供給の要衝。
自由に出入りできるなら、まちがいなく情報収集の重要拠点になっていた。
……方法を探る価値はある。
「あった。ここで買おう」
粕谷さんが、ある店の前で止まった。
鮮やかな赤い色をしたイチゴを売っている店だ。
彼は、店の人にパックに入ったものを指さし、購入していた。
その間、肩に乗っていたあんこを手に乗せて、イチゴと色を見比べてみた。
……色見はかなり近いな。
こいつは甘味を好んで食べるから、フルーツも好きな可能性が高い。
それにしても……イチゴ、か。
「前に教えていただいた、ショートケ――ヴィクトリウス氏と親しい市田さんについてですが」
「はい、僕ですが?」
銭を受けとった店の人が、キョトンとした顔でこちらを見てきた。
……この人が、市田さん?
「このお方が市田ケイゴ殿だ。
失礼しました、市田殿。これは、私の預かりになっている蜜森風です。
ここ二回にわたって双甘大試での策を立てた者です」
「ああ。そうでしたか。噂の軍師様ですね?」
「噂、ですか?」
「はい。特に前回。平隊員の方々を起用されるのは、珍しいじゃないですか。
どういうわけかと、蜜の冠の間でも話題になっていたんですよ」
そばかすがある黒髪の彼、市田ケイゴもといイチゴさんは、興味津々に目を輝かせてこちらを見ている。
……話題になっている。
洋菓子の彼らにとっては、それ以上。目をつけられていると考えていい。
となれば、しばらくは一人でここにくるのは避けるべきだな。
「戦術を組みたてるのがお上手とは、おみそれしました。
けど……預かりの身、というのは? ご出身はピエスモンテ――ええと、瑞菓国ではないんですか?」
「……はい。日ノ本の東京です」
「へぇ……変わった名前の国ですね」
感心しているイチゴさんを見ながら、内心でため息をつく。
貿易に携わっているはずのこの人でも、知らない。
やはりここは、僕がいた世界とは別世界――異世界と確定したと言っていい。
「ところで、ずっと気になっていたんですけど。その手に乗せているものはなんですか?」
「……あんこです」
「え? 餡子?」
「あんこです」
「……はぁ。つまり、ペットですね?」
あんこは、触ろうと指を近づけてきたイチゴさんから逃げるように、素早く僕の肩の上に戻った。
残念がるイチゴさんにあいさつして、店を離れる。
「イチゴさんは、蜜の冠の長なんですよね?」
「イチゴではない。市田殿だ。形式上の役割らしいがな。蜜の冠には、上も下もないそうだ」
「……そうなんですね」
「なにか調達したいときは、彼に相談すればすぐに手に入る。
我ら甘誠組としても、おそらくアントルメ騎士団にとっても重要なお方なのだ」
……そりゃそうだ。
なんたって、イチゴ。和菓子にも洋菓子にも合うからな。
名字を聞いて、すぐ「柿」だと断定してしまったのがまちがいだった。
判別する情報として、フルネームは必須と思っておくべきだ。
「こちらの用は済んだ。次はどうする?」
「……そうですね……どら焼きさんですね」
「は?」
指でさした先に、人ごみに紛れて早足で進んでいくどら焼きさんの姿があった。
それを見た粕谷さんは、「まさか……」と言って、買ったイチゴの袋を胸元に上げて腕に抱え、目を細めていた。
「どら焼きさんも非番ですか?」
「いや、職務中のはず……なにかあったのかもしれない。すぐに戻って――」
「追ってみましょう」
「なに?……っおい、待て!」
人をかきわけ、気づかれないようにどら焼きさんを追った。
彼は、ときどき止まって周囲を確認している。
それに合わせて、こちらも止まって隠れる。
……人に知られたくない様子。
「待て! 追いかけてどうするのだ!」
「行き先をたしかめます」
「だから、それでどうするのだと聞いて――」
粕谷さんの言葉の途中で、遮るように口に人差し指を立てた。
どら焼きさんが、狭い路地へと入っていった。
「あの先は?」
「……たしか、居住区。宿も何軒かあったはずだ」
粕谷さんが、息をのむ。
引きとめようとしていたが、逆に前に出てどら焼きさんを追いかけはじめた。
慎重に、ときどき振りかえりつつ進んでいる。
すると、彼はある建物の前で止まった。
こちらも止まり、二人並んで物陰から様子をうかがう。
どら焼きさんは、何度も周囲を確認してから、扉をノックした。
「あらん。土井様。お待ちしておりましたのよ」
「申し訳ない。なかなか時間が作れませんで」
「うふふ。忙しいのに来てくれたんですね。嬉しい。どうぞお入りくださいな」
「お邪魔いたします」
出てきた女性とそんな会話を交わし、嬉しそうに中へと入っていった。
横に目をむけると、粕谷さんが唖然として目を見開き、わなわなと震えていた。
「土井殿……あのお方は……」
しばらくそのまま動く様子がなかったので、腕を引いて元来た道を通り、市場まで戻った。
「……どなたですか」
呆然としていた粕谷さんを揺りうごかし、聞いた。
粕谷さんは、はっとして我に返ったが、また目を伏せた。
「……ナターシャ・クレム殿に違いない」
「ナターシャ……クレム?」
「彼女は、メローリアの住人だ。我らが関わっていいお方ではない」
「なぜですか?」
「だから、メローリアの住人だからだ。接触は固く禁じられている」
「……なぜですか?」
「っ人の話を聞いてなかったのか!
餡月郷とメローリアは、古くから覇権争いをしてきたのだ。
敵同士が親しくするなど、許されるわけがないだろう!?」
「…………」
たしかにそうだ。
ルールは、必要だからこそ設けられたもの。
……でも。
ナターシャ・クレム――生クリームは、洋菓子はもちろん和菓子とも相性がいい。
関わってはいけないなんて、不合理だ。
どら焼きさんと生クリームさん。
相性89%、補完率95%。
ほら、見たことか。
「ましてや、職務中に密会など……ここは局長にご相談――
いや、待て。大事にしてしまうのはさけるべきか……」
粕谷さんは、腕組みをしてその場を行ったり来たりして悩んでいる。
……隠していても仕方ない。
ここは、あの人の手を借りるべきだな。
◇◇◇
紅翠域から餡月郷に戻り、仕事から帰ってきたざらめさんにイチゴを手渡した。
本来渡す役になるはずだった粕谷さんは、未だに頭を抱えていて、それどころではない。
「あら、立派なイチゴですね。これを私に?」
「昨日のお礼です。粕谷さんから」
「まぁ……そんなのいいのに。でも嬉しいです。ところで……輝一は?」
「……考え中です」
「そうですか。では、今は話しかけないほうがいいですね。落ちついたらお礼を伝えておきます。
どうもありがとうございました」
一礼したざらめさんは、うきうきした様子でイチゴのパックを手に、台所にむかった。
そのあとを追いかける。
「輝一は、なんでも一人で抱えようとするところがあるから……ちょっと心配です。
悩み事でしょうか?」
「解決の見通しは立っています」
「本当に? ならよいのですが……なにか?」
なかなか離れようとしない僕をみて、ざらめさんが首を傾げる。
「こし餡さん――しょう子さんとは、どこへ行けばお会いできますか?」
「こし餡さん……って?」
「僕独自の識別名です」
「識別名?」
ざらめさんが、きょとんと目を丸くした後、口元に手を添えて笑った。
「ふふ。なんとなく合っている気がしますね。とてもお優しい方で、人当たりもいいですし。
お会いになりたいのでしたら、甘露屋に行ってみてはいかがでしょうか」
「……甘露屋」
「はい。甘味通りの中央にあるので、わかりやすいと思いますよ」
「……わかりました。ありがとうございます」
礼を言い、台所から出た。
……甘露屋。たしか、砂糖を売っている店。
こし餡さんは、砂糖屋で働いているのか。
合理的だな。
明日、さっそく行ってみよう。
縁側に座って未だにうんうんうなっている粕谷さんの後ろを通りすぎ、部屋に戻った。
◇◇◇
翌日、出勤していった粕谷さんと時間をずらして、甘露屋にむかった。
甘味通りの中央……あった。
筆で書いたような円の中に、雫となにかの結晶らしき絵が描かれている。
「甘露」という文字もあるから、ここでまちがいない。
「はいはい! 順番だよ。ちゃんと並びな!」
店の中から、聞きおぼえのある声。
のれんをくぐり、中に入った。
……たくさんの、子ども。
おもちゃにされないようにと、とっさにあんこを隠した。
「あら。これはいいやつ拾ったね」
「でしょー?」
「おばちゃん! 早く俺の見てよ」
「ああ!? おばちゃんなんて呼ぶ奴は一番後ろに戻りな!」
「やだ! ごめんなさい!」
蜜石を木桶や袋に入れて持っている子どもたちが、列を作っている。
その先頭、石の重さを測ったり形をたしかめたりしているのは、目当ての人物。
こし餡さんだった。
……時間がかかる模様。出直すべきだな。
「しょう子お姉さん。お客さんだよ」
踵を返したときに、並んでいた女の子と目が合って、その子がこし餡さんを呼んでくれた。
一斉に視線がむけられる。
「あら? あんた、昨日の。砂糖を買いにきたのかい?」
「……いえ。ちょっとお話があって」
「私に?
うーんと、ちょっと待っててもらえるかい? すぐさばいちゃうから」
「はい」
一旦、店の外に出る。
一人、また一人と、石を銭に換えてもらった子どもたちが、嬉しそうに走って店から出てくるのを見送る。
16人目の子どもが出ていってまもなく、こし餡さんがのれんを上げて顔を出してきた。
「お待たせ! お茶入れたから、中へどうぞ」
「……お手数をおかけします」
一礼して、また店の中に入る。
上がり框に、湯気の立つ湯飲みが置かれていた。
「悪いね。うちは茶屋とは違うから、客を入れてのんびり話をする席はなくってね。
で、何の用だい?」
こし餡さんが先に座って、お茶をすする。
同じく座って湯飲みを――熱い。
「……こし餡さん」
「あ、悪かったね。熱いお茶が好きなもんで、つい癖で――
って、うん? なんだい、こし餡さんって」
「どら焼きさんが危険です。あなたの言葉が必要です」
ぽかんと口を開け、首を傾げるこし餡さんの目を、ただひたすらじっと見つめた。




