瞳の奥に、鋭い刃がある。
瞳の奥に、鋭い刃がある。
立ち姿が堂々としていて、余裕もある。
「この者は? 新しく従者でもつけたか」
「滅相もございませぬ。これは、蜜森風と申す者。我が甘誠組に新しく引きいれた軍師にございます」
「軍師、か」
「はい……蜜森。このお方は、肥田求助様。白妙様の側用人で、儂の前に甘誠組の局長をされていたお方だ」
「……そうでしたか。お初にお目にかかります」
大福さんの仲介で自己紹介ののち、頭を下げる。
甘誠組の先代局長。領主様の側用人。
……そこまで偉い人だったとは、想定外だな。
「大丸ど――失礼」
「よい」
大福さんに声をかけようとした人が、肥田様がいるのに気づいて立ちどまる。
肥田様の許可により、その人は一礼して近づいてきた。
「大丸殿。御前より褒美の品の件でご相談が」
「うむ……やはり、固辞するわけにはいかんかのう」
「民に分けあたえればよかろう」
「……その手がありましたな」
大福さんは、相談をもちかけてきた人と一緒にすこし離れて話をした。
とり残される、僕と肥田様。
「命は守っておろうな」
隣にいて、なんとか聞こえる程度の声だった。
「……はい。誓ったとおり」
同じように、小さめの声で返す。
肥田様が、かすかにうなずいた。
「私とその方は、ここで初めて会った。よいな」
「もちろんです」
元々そのつもりだった。
なんの問題もない。
……だけど。妙だ。
彼の名前には、どこにもお菓子の要素がない。
「お待たせいたしました……なんの話をしていたので?」
「大した話ではない」
戻ってきた大福さんに対して、言葉を濁す肥田様。
……大福さんの知恵も借りようか。
「肥田様は、お菓子にたとえるとなにが相当か、考えておりました」
「ほう。肥田様は……さすがに無理があるのではないか? 肥田求助様……ううむ」
大福さんがのってくれて、腕組みをして真剣に考えている。
……肥田求助。ひだきゅうすけ。
練り切り様の側用人。それに近いもの。
――その瞬間、ピンときた。
「求肥……」
「ん?……おお! たしかに、お名前の中に求肥の文字があるな!」
大福さんの言葉に、うなずいた。
こういうパターンもあるらしい。
各方面、あらゆる可能性を排除せずに考えるべきだな。
「さっきからいったいなんの話をしておるのだ」
肥田様もとい求肥さんが、眉をひそめて咳払いした。
「蜜森の特技にございます。人を菓子に見立てるのが得意のようで」
「人を、菓子にだと?……まさか、御前にもそのような話をしたのではあるまいな」
求肥さんが、さらに表情を険しくする。
それを見て、僕は一歩後ろへ下がった。
「ご安心くだされ。白妙様は練り切りでしたので。とてもお喜びいただけましたぞ」
能天気に言いはなった大福さん。
求肥さんは顔をうつむけ、握った拳をぷるぷると震わせた。
「この……たわけがっ! なにが練り切りだ!
御前を菓子にたとえるなど、不敬きわまりない!
そこになおれ!」
激怒した求肥さんが、床を指さした。
その後、大福さんと二人でこんこんと説教をされるはめになった。
……ノイズ。
なにも考えず、やりすごすのが最適。
すこしして、別の人が急用で求肥さんを呼んでくれたおかげで、やっと解放。
大福さんとともに外に出た。
「いや、まいった。昔から冗談が通じないお方だったが……失念しておったわ」
「……そうですか」
頭のかたい頑固親父タイプ。
なにがあっても、命令は守る必要がある。
……甘誠組先代局長。
『先代局長の部下で、“薄紅の女傑”と呼ばれた剣豪だ』
あの肖像画の人物――橋本八重もとい八つ橋さんは、求肥さんの部下。
彼が、一人ひっそりと石碑に花を供える姿を思いだす。
そして、あのとき聞こえた謎の声。
……二人は、なんらかの原因で仲違い。
そして彼女は、組を離脱。その末に、粛清。
そう考えれば、辻褄が合う。
けれど……違和感。
だとしたら、今まで何度か聞こえた謎の声は、「その人の心の声」ではない。
あれは……過去の声? 記憶?
……ありえない、と断定できる証拠はない。
「さて。皆のもとに帰るとしようか。輝一もさぞ心配しておるじゃろうしなぁ」
「……はい」
考えるのを一旦やめて、大きく伸びをしながらゆっくり歩いていく大福さんのあとについていった。
◇◇◇
数日後、呼びだされてむかったのは、甘誠組の屯所前。
そこには、野菜、穀物、その他諸々の食料の山。
僕の背丈を、軽々と超えている。
「…………」
幹部たちが集まる中、全員の視線が大福さんにむけられる。
「いやぁ……さすがは白妙様。豪快なお方じゃのう」
「感心している場合ではありません!」
「どうされるおつもりで?」
他人事のように笑う大福さんに、粕谷さんが焦った様子で声をかけ、みたらし団子さんが呆れた目をむけた。
あんこが僕の肩から飛びおりて、食料の山に近づく。
大根を一本手にとって、くるくる回して遊んでいる。
……どうもこうも、冷蔵施設がない以上、あれしかない。
「よし! 炊き出しじゃあ!」
すこし考えたのちに出された案に、他の四人は目を丸くしていた。
けれど、その後はさくさくと事が進んだ。
一般人男女問わず声をかけ、即席で有志会が結成。
見覚えのある人の顔も、ちらほら。
疑問に思いながらも、ひとまず目の前の仕事――調理作業に取りかかった。
「あら、あんた。きれいにむくんだねぇ」
芋煮用の野菜の皮むきをしていると、そばで作業をしていた女性に声をかけられた。
手元をのぞきこんできて、感心している。
「……皮の近くに一番栄養があるので」
「そうなのかい? よく知ってる――」
「お前さま! 大根はまだあります?」
すこし離れたところにいた女性の声に遮られ、彼女が顔をしかめた。
「まだまだあるぞ。どれ、持ってくるか」
「あら。じゃあ、お願いできますか?」
……大福さんに話しかけていた模様。
だけど、彼を「お前様」呼びとは。
気になって見ていると、その女性に気づかれ、近づいてきた。
「しょう子! なにをこんなところで油売ってるんだい! さっさと手ぇ動かしな!」
「うるさいねぇ! あんたに指示されるおぼえはないよ!」
……二人とも、声がでかい。
むかれた野菜の皮で遊んでいたあんこが、「ぴゃっ」と、変な声をあげた。
よく見ると、顔が似ている。
「……姉妹ですか」
「はぁ!? よしとくれよ! だれがこんな年増と!」
「そっちこそ、よく言うわ!」
二人はしばらくにらみ合ったのち、同時に顔をそむけた。
姉妹じゃない。親戚か、他人の空似か。
じゃあ、大福さんに対してあんな喋り方をしていた――できていた理由は?
しょう子と呼ばれた女性に直接聞くのはやめたほうがいいと判断し、一旦保留。
代わりに、皮をむいた野菜を運んだ先にいたざらめさんに声をかけた。
「あの二人の女性、どなたかご存じですか」
「あの二人?……ああ、おりゅうさんとしょう子さんですね。
おりゅうさんは大丸様の奥方で、しょう子さんはおりゅうさんの家――安東家に養子に入ったお方です」
「養子……姉妹じゃないのですね」
「ええ。似ておられるけど。禁句ですよ」
ざらめさんは、苦笑しながら口の前に人差し指を立てていたけれど。
それはすでに体験済みだから、わかっている。
……安東りゅうに、安東しょう子。
名字からすぐに思いつくのは、餡子。だけど、下の名前との関連性が不明。
姉妹じゃないけど、近い存在。
一方は、大福さんの奥さん。
……情報がすくない。
名前を、頭の中で繰りかえしてみる。
しょう子、しょう子、しょう子……
……こし? こし餡?
そうか。じゃあ、「りゅう」は……粒。
……なるほど。
このパターンは、変わり種だな。
つぶ餡とこし餡。
相性55%、補完率84%?
意地を張っているだけか。
しょう子さんもといこし餡さんの姿を見つけて、目で追う。
彼女は、そばを通ったどら焼きさんにちょっかいを出していた。
「あんた、こないだの試合見たよ! 立派だったじゃないか!」
「しょ、しょう子さん……見ていたので?」
「当然だよ。相手の団長さん、驚いてたじゃないか。なにかお祝いしないとね!」
「祝いもなにも、わしは負けましたが?」
「がんばったお祝いだよ。
むしろ祝ってくれって自分から言ってもいいくらいじゃないのかい?
せっかく隊長になったんだし、もっと堂々としな!」
「そ、そんなこと! しょう子さんには言えません!」
「はぁ? まったく。いくじなしだねぇ!」
どら焼きさんは、こし餡さんに何度も肩を叩かれ、運んでいた食材を落としそうになっていた。
……中身はこし餡か。悪くないな。
相性86%、補完率は79%。
当然だな。
納得しつつ、調理にとりかかる。
芋煮に豚汁、各種おにぎり。
できたそばから人々に配られていき、みるみるうちになくなっていく。
中には、ボロボロの着物を身にまとった人や、痩せてやつれた顔をした人などもちらほら見かけた。
……発展の陰にはつきものの存在。
そんな貧しい身なりの人たちの輪の中に、大福さんが割りこんで笑顔で語りかけていた。
「山田のじいさん、元気か? せがれはどうしてる?」
「いやぁ……ここんとこ、とんと連絡よこさねぇでよ」
「そりゃあ元気でやっとる印じゃな!」
力を加えれば折れてしまいそうな体躯の老人に、おにぎりを進めている。
……人がついていくのは必然だ。
そうして、まもなくやってくるのは、後片づけの時間。
水は貴重なので、使用は最小限。
布で汚れを拭きとってから、ざっと洗う。
「あんた、片づけも手際いいねぇ」
「……効率を重視した結果です」
近づいてきたこし餡さんが、「へぇー」と感心した声をあげていた。
すべてが終わって帰宅できたのは、すっかり日が落ちた頃だった。
「よかったな。人々が明るく笑顔になっていた。なによりだな」
「……そうですね」
庭で素振りをしている粕谷さんを、縁側に座って眺めている。
……炊き出しは、貧しい人への支援という目的でやるのであれば、定期的にやらなければ意味がない。
「あれだけの方々が協力者としてすぐに集まるのは、局長の人徳あってこそだろう」
その一言で、昼間に抱いたある疑問を思いだす。
「……お聞きしてもよろしいですか」
「なんだ?」
「ボランティア――支援者の中には、先日の双甘大試で審判をされていた方々もいらっしゃったようですが」
「ああ。養田殿が声をかけたらしい」
「……ということは、こちらから紅翠域や恵環域には自由に行き来できるのですね」
「いや。今日のように人手や、物資の調達など明確な目的がある場合のみ可能なのだ」
……なるほど。
一人でふらっと行くのは、難しいようだ。
「興味があるなら、明日行ってみるか?」
「……明日?」
「非番なのだ。紅の郷に行って、姉上にお好きな果物でも買って差しあげようと思っていた」
「ぜひお供させてください」
即答すると、素振りを中断した粕谷さんが苦笑してうなずいた。
中立かつ非武装地帯の紅翠域を知るための、絶好のチャンス。
どんな人たちが、どんな暮らしをしているのか。
……事前に要点を整理しておく必要があるな。




