偉い人からの呼び出しだった。
偉い人からの呼び出しだった。
「儂とともに、すぐにこいとのことじゃ……まいったのう」
大福さんは、困惑して頭をぼりぼりかいていた。
……白妙様。
大福さんが、「様」をつけて呼ぶ。彼よりさらに上の立場のお方。
名前だけでは、どのお菓子がもとになっているかはわかりづらい。
ここにきて、初の例外にあたる人物の可能性もある。
「白妙様、とは?」
「お前! あのお方を知らんのか!?」
「無理もありません。蜜森は、最近この国にきたばかりの身ですから」
こっそり、横の粕谷さんに聞いたつもりが、すぐにどら焼きさんが驚いて反応した。
粕谷さんが、改めてこちらをむく。
「白妙宗景様。餡月郷の領主様だ。民からは将軍様とも呼ばれている」
「将軍様……」
つまり、和菓子界の王様。格式が高い。
……練り切り?
すぐに、ぴったりとはまるような感覚がした。
まちがいない。練り切りには白あんを使うしな。
……呼ばれた理由で一番思いあたるのは、大会の件。
それから、身分がはっきりしない件での警戒と確認。
そう思って大福さんに視線をむけると、彼は膝をパン、と叩いて立ちあがった。
「こうしてはおれん。蜜森。すぐ支度してまいれ」
「……承知いたしました」
大福さんはそう言いながら、部屋を出ていった。
遅れて、僕も立ちあがる。
「……どんな格好をしていけばよろしいのでしょうか」
「…………」
特に粕谷さんが、険しい顔をしていた。
◇◇◇
「蜜森、疲れとらんか?」
「……問題ありません」
大福さんにしがみつくような格好で、馬に乗っている。
おまけに、慣れない服装。
窮屈だ。
これは、粕谷さんから借りたもの。
羽織はなく、地味な着物に袴を履いたスタイルだ。サイズも微妙に大きい。
あんこは、粕谷さんに預けてきた。
そのときの暴れ具合はかなりのものだったが、スルーした。
「白妙様の御殿までは、一里以上はあるからのう。さすがに歩いてはいかれんのでな」
「……お手数をおかけします」
「かまわん。おんしのいた国……日ノ本とか言ったな? そこでは馬に乗らなかったのか?」
「他の……移動手段があったので」
「ほう。それは気になるのう。
ここでは今後も必要になるじゃろうから、早いうちに乗れるようにしておくのがよかろうて」
「……善処します」
一朝一夕にはいかない。けれど、必要不可欠。
いい練習場と馬の調達が必須だ。
「ほれ。見えてきたぞ」
しばらく走って、大福さんが言った。
朱塗りの神殿のような建物。
……白妙様だからといって、白い御殿ではなかったようだ。
建物のかなり手前で馬を下り、近づいていく。
警戒する門番に、大福さんが白妙様からの文を見せて、通してもらった。
中に入ると、立派な大きな松がある庭が目についた。
歩いていく廊下は、どこからでもその庭が眺められるようになっている。
……大福さん、迷いなく歩いているな。
「白妙様にお会いしたことがあるのですか?」
「あるぞ。そこまで気難しいお方ではない」
「……なぜ粕谷さんはあんなにそわそわしていたのでしょうか」
出かける前、「同行します!」と、最後までごねていた粕谷さんの姿を思いだす。
「……まぁ、あれは生真面目な奴じゃからのう」
……よくわからない。
ため息をつきつつ、前を歩く大福さんのあとを追った。
まもなく、床に座って槍のような長物をもち、警戒している人がいる扉の前に辿りつく。
今度は、文を見せる必要はなく、警備担当はすぐに身を引いた。
「御前。大丸殿とお供のお方が参られました」
「通すがよい」
透きとおるような声。
警備担当が一礼し、両開きの扉が開いた。
大福さんが、深く一礼して中に入っていく。
僕も、同じように。
大福さんの横に移動し、同時に床に座って平伏した。
「大丸福之進。蜜森風。ただいま参上つかまつりました」
「……面を上げよ」
顔を上げ、しっかりと前をむく。
一段高い畳の上に、そのお方が座っていた。
しかし、周囲を御簾で覆っているため、顔ははっきり見えない。
「急に呼びたててしまい、すまなかったな」
「滅相もございませぬ。御前にお呼びいただけるのは、誉れにございます。
いつどこにいようと、飛んでまいります」
「そうか」
白妙様が、ふっと笑ったように息をもらした。
……声に張りがある。高齢とは言いがたい。
「その方。蜜森と申したな」
「……は」
「近う寄れ」
……想定外。
一拍置いてから、言われたとおりすこし前に出た。
「もっと、顔をよく見たい」
白妙様が、右と左を順に見た。
すると、そばに待機していた家臣二人が立ちあがり、御簾を上げた。
そのお顔が、はっきりと見えた。
……口ひげはあるが、目立つシワはない。
四十代前半あたりが妥当だ。
彼の口元が、わずかに上がった。
「顔を見られて、嬉しく思うぞ」
「……ありがたきお言葉にございます」
「うむ。戻ってよい。もうすこし、話を聞かせてほしい」
頭を下げ、座ったまま後ずさりするようにして、大福さんの横に戻った。
「そなた、聞くところによると人を菓子にたとえるのがうまいそうだな。
大丸は……大福、だったか?」
「そのとおりにございます」
「……ふふ。面白い。たしかに、名前の中に大福の文字がある」
白妙様は、上を見てなにかを考えたのち、また視線を戻した。
「では、聞こう。我はなんだと思う?」
「……御前を菓子にたとえるなら、でございますか」
「さよう。今すこし考えたのだが……わからぬ。そなたはなんだと思う?」
真横の大福さんを一瞥。
かすかに、うなずいていた。
……言っても、いいんだな。
「練り切りが一番お似合いかと存じます」
「ほう。練り切り……誠にそう思うか」
「はい」
白妙様もとい練り切り様は、感心したように口を半開きにして、二度うなずいた。
「それはいい。季節も感じられるし、なにより美しい……我にはもったいないほどだ」
「いいえ。和菓子の王は、練り切り以外にありえません」
そう言った直後、すぐ大福さんに肘で突かれる。
すぐに平伏。
「……ありがたい言葉だ。嬉しく思うぞ」
「はっ。ご無礼つかまつりました」
「かまわぬ。気にするな」
頭を上げてみると、練り切り様はまた何度かうなずいていた。
そして、次は大福さんのほうに視線をむけた。
「先の双甘大試、実に見事だった」
「はっ。お褒めいただき光栄にございます」
「今回と前回、戦術がそれまでとは違ってみえたが……あれは、蜜森の策だな?」
「さようにございます。
意外性があり、戸惑いましたが。おかげで勝利をおさめることができました」
練り切り様が、感心したようにほほえんでいる。
違ってみえた?
……今なら、聞いても問題ないな。
「恐れながら、お尋ねしたきことがございます」
言った直後、また大福さんから肘で突かれた。
「よい。なんなりと申せ」
「……ありがとうございます」
一礼してから、続けた。
「練り――御前は、双甘大試を直接ご覧になっていたのですか」
「ああ。欠かさず観ていた」
……やっぱり。
「ごく近しい者しか知らぬゆえ、口外は禁ずる」
「もちろんにございます。差しつかえなければ、理由を教えていただけないでしょうか」
「周りの者に騒がれては、観戦どころではなくなってしまう。加えて、民に危険が及びかねん。
……それが、表向きだ」
「……裏は?」
「萎縮させないためだ。『我が見ている』と知れば、それだけで重圧になってしまうだろう。
しかし……どうしても、この目で見ておきたかった。
我をこの国の王にするために、身を削って戦っている者たちの勇姿を……この目に焼きつけておきたかったのだ。
勝ち負けなど関係なく、な」
「……白妙様……」
慈愛に満ちた優しいお顔を、大福さんが感激した様子でしばらくじっと見つめたのち、床に頭をつけた。
「そのお言葉があるだけで、いかようにもなれましょう。
この大丸、これからも良き知らせを届けられるよう、精進してまいります!」
「ああ。楽しみにしているぞ」
「ははっ!」
床が、びりびりと振動するほどにでかい声だった。
まぁ、それはいいとして。
萎縮させないため、というのは、理にかなっている。
ふと思いうかんだのは、粕谷さんとどら焼きさん。
考えなしではなく、きちんと周りのことも見えている。
人心を掌握するのがうまい。
……優れた王様だ。
「そなたらに褒美を授けようと思う。受けとってくれるな?」
「それはそれは。恐悦至極に存じます。ただ……」
「……ただ?」
聞きかえされ、顔を上げた大福さんは、やる気をみなぎらせた目をしていた。
「我々は、まだ勝ってはおりませぬ。星を五分に戻しただけ――これからにございます。
褒美をいただけるのならば、御前が我ら瑞菓国の王になった暁。それで十分にございます」
「……ならば、なおのことだ。英気を養い、これからに繋げよ」
「……! はっ!」
大福さんが平伏したのに合わせて、僕も同じようにする。
……やんわり断ろうとしたのに、失敗した。
褒美とはなにか。要チェックだな。
かすかに布がすれる音。
見上げると、練り切り様が立ちあがっていた。
「今日は、会えてよかった。またいずれ会おうぞ」
「……ありがたきお言葉にございます。そう願っております」
ほほえんだ練り切り様が、うなずいてから去っていく。
大福さんと一緒に頭を下げたまま、それを見送る。
……終わったか。
「なんとか乗りきったのう……」
謁見の間を出てすぐに、大福さんが大きく息を吐いた。
彼も、幾分かは緊張していた様子だ。
「ひやひやさせよって。度胸がありすぎるのも考えものじゃな」
「……そうでしょうか」
苦笑する大福さんに、頭を小突かれた。
様子をうかがいつつ、相手の機嫌を損ねないよう配慮して質問したのだ。
なんの問題もない。
「褒美の品とは、なにかご存じなんですか?」
「白妙様のことだ。食料がほとんどじゃろうな。問題なのはその量でなぁ……」
立派な中庭が見える廊下を歩きながら、大福さんは腕を組んでうなっていた。
……食料か。
大福さんの様子から察するに、消費に困るほどの量だな。
外につながるところの前まできたとき、むかい側の廊下を歩いていた人と目が合った。
「おお! 肥田様!」
大福さんが嬉しそうに駆けよっていったので、ついていく。
「ご無沙汰しております」
「大丸か。御前に呼ばれたのか」
「はい。お褒めの言葉をいただきましてなぁ」
大福さんが、笑顔で話しかけたその人。
(八重……! なぜだ八重ぇ……!)
……まちがいない。
あのときの、あの人だった。




