だれもが圧勝で終わると思っているのを、覆す。
だれもが圧勝で終わると思っているのを、覆す。
それだけのポテンシャルが、たい焼きさんにはある。
「最終戦、第三試合――始めっ!」
先に動いたのは、フレジエ団長。
たい焼きさんは、一歩前に出たところで身構える。
即座に一撃が入った。
「ぐ……」
「時間はかけぬ。安心しろ」
そこからは、一方的な展開だった。
ほとんどタコ殴り状態で、たい焼きさんはかろうじて立っている程度。
さすが、平隊員相手にも容赦しないな。
「……!」
大福さんが、たまらず立ちあがった。
戦場にむかって一歩前に出たその先に、あんこを投げつける。
着地したあんこは、驚いた様子で周囲を見回したあと、大福さんを見上げて旗を振った。
「大福さん」
生地。中身の餡子。
たい焼きさんの良さが出るのは、ここからだ。
名を呼んだだけにとどめて、じっと見つめる。
大福さんは、決意をこめたような目でうなずき、座りなおした。
そして、半ばやけくそのように柏餅を二つ手にとり、まとめて丸ごと口に放りこんでいた。
――そのとき。
「これ以上……無駄な時間を使わせるな!」
強打がたい焼きさんを襲い、数メートル後ろに飛ばされる。
その場に座りこみ、動かなくなった。
「……ふん」
フレジエ団長が、主審のブドウさんを見る。
――直後。
「まだ……終わってなど、おりませぬぅ!」
素早く立ちあがったたい焼きさんが、フレジエ団長に駆けよる。
そして、一撃。
フレジエ団長は難なく受けとめたが、一瞬体勢を崩した。
顔に驚きが浮かぶ。
「いけぇ、太一! 一気に攻めろ!」
観客席からの声。
……そうだ。今が攻め時だ。
攻勢に出るたい焼きさん。
今度は、フレジエ団長が受け身に入る。
隙をついて攻撃しているが、白たい焼きモードのたい焼きさんは、柔軟にかわしている。
……それはいいけど。
「うおおおおおっ!」
いちいち叫ぶな。体力を消耗する。
受け身のフレジエ団長は、攻めあぐねていていら立っているのがわかる。
もう一押しだ。
「はぁぁぁぁっ!」
たい焼きさんの渾身の一撃。
勝負あった――と、思った。
「っ!?」
フレジエ団長が、しなやかな動きで攻撃を受け流す。
――この動き。
頭に「あるもの」が浮かんで、思わず立ちあがる。
……そうか。そうきたか。
想定外だった。
「まだまだぁ!」
たい焼きさんが、再び攻撃。
しかし、その攻撃はフレジエ団長には届かなかった。
勢いがだんだん落ちていき、木刀の先が地面に刺さる。
――スタミナ切れ。
そこに、容赦なく入るフレジエ団長の攻撃。
たい焼きさんの体が吹きとび、うつ伏せに倒れて動かなくなった。
倒れているたい焼きさんに近づく、フレジエ団長。
しばらく彼を見下ろしてから、木刀を軽く放りなげて、踵を返した。
「あ、だ、第三試合! 勝者、アントルメ騎士団!
以上をもちまして、今回の双甘大試ならびにグラサージュ・マッチは――甘誠組の勝利に決しました!」
主審のブドウさんが宣言した直後、沸き立つ会場。
洋菓子側からは、フレジエ団長を称える声が聞こえる。
いよいよ駆けよろうとした大福さんの前に、だれかが飛びこんできた。
……どら焼きさん。
とうとう我慢できなくなったか。
観客席から飛びおりてきたどら焼きさんは、倒れているたい焼きさんに駆けより、助けおこした。
何度か揺さぶっていたが、まもなく俵担ぎをしてこちらに運んできた。
「弥太郎……」
「申し訳ありません! いてもたってもいられず!」
「いや、かまわん。そんなことより、手当てが先じゃ」
振りかえった大福さんと目が合った羊羹さんが、最中さんに指示を出す。
救護係を呼びにいった最中さんと入れかわるように、粕谷さんとみたらし団子さんがやってきた。
「土井殿! 無茶をなさいますな!」
「あんなところから飛びおりるなんて……どこかで頭、打ったのですか?」
「やかましいわ! ああするしかなかったじゃろが!」
どら焼きさんが吠えると、そのおかげか、たい焼きさんががばっと体を起こした。
「……はっ!? ここは!?」
「落ちつけ。痛むところはあるか?」
「ありませぬ! 試合はどうなったので!?」
「落ちつけと言われとるじゃろ! お前の負けじゃ!」
どら焼きさんの一言で、たい焼きさんは目を見開き、口を大きく開けた状態で固まった。
……脳内処理が追いついていない様子。
そんなたい焼きさんの前にしゃがんだ大福さんが、優しく肩に手を置く。
「ようがんばった。あそこまで、よくヴィクトリウスを追いつめた」
「……!」
大福さんの言葉はちゃんと届いたようだ。
たい焼きさんは口をパクパク動かし、その後震わせていた。
「……い、いいい! いえ! 勝利をお届けできず、隊長の仇も討てず……!
面目次第もございませぬ……!」
「そんなことはない。なぁ、蜜森。おんしからもなにか言ってやってくれ」
どら焼きさんが、「じゃから――」と言って割りこもうとしたのを、羊羹さんが肩に手を置いて止める。
たい焼きさんが、こちらを見た。
……今はまだ、緊張状態を保っている。
急に緩めるのは危険。
「……ご無事でなによりですが、結果的には残念でした」
「は、はい……なにがだめだったのでしょうか……」
「それは、あなた自身がよくわかっているはずです」
「……っ」
たい焼きさんが、僕の言葉を聞いて歯を噛みしめ、それから土下座をした。
「はっ! なにからなにまで足らない気がしておりますっ!
一つ一つ、きっちり乗りこえていけるよう、努力いたしまぁすっ!」
そう言って、土下座してからすぐ上げられた顔。
とても嬉しそうで、目はキラキラと輝いていた。
――しかし。
「っ!? 太一!? おい!……アホかお前はぁ!」
立ちあがった瞬間、たい焼きさんは横にいたどら焼きさんに、くたりと寄りかかった。
とうに限界だったようだ。
すぐに、駆けつけた救護係によって運ばれていく。
主にどら焼きさんが大騒ぎしている中、洋菓子側のほうを見た。
すでに選手は全員引きあげている。
……盲点だった。
まさか――ヴィクトリウス氏が、ショートケーキだったなんて。
◇◇◇
会場から引きあげた数時間後の、総括の場。
なぜか、今回は僕も呼ばれていた。
……正直なところ、すぐに帰って考えをまとめたかったのだが。
三試合の振りかえりに加えて、フレジエ団長――改め、ショートケーキ団長についても。
――なぜ、思いいたれなかった?
たい焼きさんとの試合で見せた、攻撃を軽く受け流すあの動作。
あれは、それまで得ていた彼に関するどの情報にも、合致しない。
けれど、スポンジ生地の軽い口当たりのショートケーキなら。
……相手は全員、洋菓子だと思いこんでいた。
それに属する「別物」だとは、考えもしなかった。
欠けていた最後のピースがはまったような感覚。疑う余地はない。
「輝一。弥太郎。岡と矢島の具合はどうじゃ?」
……大福さんの真剣な問いかけの言葉を聞き、思考を中断する。
「は。大事ありません。医者の話では、数日で元どおりになるとのことです」
「右に同じです。太一の奴、すぐにでも復帰して鍛錬したいと騒いでおりました」
粕谷さんとどら焼きさんが、苦笑しながら報告した。
それを聞いた大福さんは、腕組みをしたまま満足そうにほほえみ、うなずいた。
「儂もここにくる前に、隊に顔を出してきたんじゃが……皆、やる気をみなぎらせておった。
『次こそは我を』とな」
大福さんはそこで一旦切り、間をおいてから僕を見て言った。
「それも、狙いだったか?」
他の四人全員の、驚きに満ちた視線が、一気に集まった。
……狙ってなどいない。
それは、ただのおまけのようなものだ。
「……いい影響が出たのならよかったです」
ほう、と感心するような声がした。
視界の端で、あんこが菓子皿に積まれたゆべしに近づいて、観察しているのが見えた。
ゆべしか。クルミ入りだといいな。
一つ手にとって、ちぎってかけらを与えてみる。
期待どおりだった。
それを食べたあんこも、くるくる回って喜んでいる。
「そこで一つ、提案じゃが……蜜森には、これからも我らが甘誠組のため働いてもらいたいと思っておる。
今後は、月ごとに手当を出そう。異論は?」
大福さんが、全員をざっと見回す。
月ごとに手当。正式に雇われるということ。
……仕事が、見つかった。
すぐに反応したのは、どら焼きさんだった。
立ちあがり、握った拳をぷるぷると震わせている。
「異論など――ありませぬ!」
後半は叫ぶような大声だったため、すぐ横にいた粕谷さんがびくりと体を震わせていた。
ついでに、あんこも驚いて僕のもとに戻り、着物の裾の内側に隠れた。
「わし自身のこともあるが、なによりは太一じゃ。
あいつの底力を見出し、よく発揮させてくれた。感謝しかない!」
そこで切ったどら焼きさんは、座って俺を見つめたあと、大福さんのほうをむいた。
「局長。ぜひそのとおりに! なぁ。それでいいじゃろ!?」
他三人を見回す。
……この人に信用してもらえたのなら、かなり大きい。
見れば、他の三人も穏やかな表情を浮かべていた。
「土井殿の言うことにも一理あります。局長のおっしゃるとおりに」
「私も同意見です」
みたらし団子さんと、羊羹さんが続けて返事をした。
最後に残った粕谷さんを、大福さんが見る。
粕谷さんは、すこし沈黙したあと、ふう、と息を吐いた。
「異論……あるわけがありません」
返事をしたあと、こちらを見て苦笑していた。
……信用はされているけど、信頼にはまだいたっていない。
当然だ。
着実に評価されているようだから、問題はない。
「決まりじゃな。蜜森。次の双甘大試は、ひと月後じゃ。
次勝てば、三連勝。
先代から数えても、今まで一度も成し遂げられておらん。
是が非でも、よろしく頼むぞ」
……三連勝は、史上初。
当然、やってみせる。
「……はい。こちらこそよろしくお願いいたします」
まず、大福さん。
続いて、他の四人にむけて、順番に頭を下げた。
……具体的になにをどれほどもらえるのか。
その他の待遇、雇用形態についても確認の必要があるな。
ゆべしを口に入れて頬張りながら考えていたら、部屋の戸が外側から叩かれる音がした。
「御免――局長。文が届きました」
「文? だれからじゃ」
「白妙様からでございます」
「……なに?」
――その名が紡がれた瞬間、場の空気が一変した。
◇◇◇
一方、その頃。
メローリアはアントルメ騎士団の屯所。
執務室にいるヴィクトリウスは、椅子に座って考えをめぐらせていた。
そこで、扉がノックされた。
「シュリオ・クレマン、まいりました」
「入れ」
入ってきたシュリオは、ところどころに手当ての跡があり、痛々しい姿をしていた。
執務机の前まで移動し、きちっと頭を下げる。
「……体の具合は」
「面目次第もございません。どのような罰も受け入れる所存でございます」
「よい。今回はその件で呼びつけたのではない」
振りかえったヴィクトリウスを、シュリオが困惑したように上目遣いで見つめる。
「甘誠組が、軍師を引きいれたようだ」
「軍師……では、ここ最近の采配が大きく変わったのは」
「まちがいなくかの者の仕業だ」
そう言ったあと、ヴィクトリウスは立ちあがり、左にある窓の前に移動した。
外を見つめながら、頭の中で蜜森の姿を思いだしていた。
「徹底的に、調べあげろ」
「……はっ」
シュリオは、返事をして執務室をあとにした。
それからも、ヴィクトリウスは窓の外を見つめつづけた。
「我が手中におさまりきるかどうか……試してくれよう」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
これで一章は終わりです。
次回からは、主人公の身の回りで色々な事件が起こり、ことごとく解決していく話になります。
是非お楽しみください。
明日からも20時頃の更新を予定しています。




