運命の日がやってきた。
運命の日がやってきた。
僕から見れば、二回目の双甘大試。
粕谷さんからもらった羽織を着て、共に待ちあわせ場所へ。
ただし、出場者ではない粕谷さんは、平服姿だ。
「客席から拝見させていただきます」
「うむ。安心して見ておれ」
粕谷さんは、大福さんの言葉にうなずいていた。
が、若干不安そうに出場する平隊員たちへと目をむけていた。
最中さんは、わくわくが止まらないのかニヤニヤしている。
おかきさんは、無表情。
たい焼きさんは、待ちきれないとばかりにそわそわしていた。
「太一! はしゃぐな! 油断するな!」
「はしゃいでなどおりませぬ! 武者震いです!」
「なにが武者震いじゃ!」
粕谷さんと同じく平服姿のどら焼きさんが、たい焼きさんの頭をはたいた。
そして、真剣な表情でこちらを見る。
「頼んだぞ。ここまできたからには、最後まできっちり導け。
ハンパな仕事は許さんからな」
「……務めは果たします」
会釈すると、どら焼きさんはそれでも不満げに口をへの字に曲げて、そっぽをむいた。
その後、歩きだして会場の門の前に到着。
「ご武運を」
「うむ。行ってまいる」
粕谷さんが代表して一言言って、大福さんを先頭に中へと入る。
出場者の平隊員の三人は、深く頭を下げてからそれに続いた。
「蜜森」
最後に入ろうとしたところで、粕谷さんに呼びとめられる。
……不安そうな顔。
いろんな感情がごちゃまぜになっているようだ。
「くれぐれも、頼んだぞ」
「……おまかせを」
短く言葉をかわし、互いにうなずき合う。
そして、僕もすこし遅れて一団についていった。
さて。今日のお茶菓子はなにが用意されているのだろうか。
控え場所についたときにまず目に入ったのは、ざるに山ほど積まれた柏餅。
……そうだな。気候的に、ちょうど時期だな。
若抹茶さんによる登録人数確認と、スタッフによる身体検査は無事完了。
さっそく柏餅を一つ手にとった。
傍らで、第一試合の出場者の羊羹さんと最中さんが、支度を整えていた。
「蜜森。先日お主が申していたとおりでよいのか」
鉢巻きをきつく締めた羊羹さんが、聞いてきた。
「……そうですね……」
柏の葉をはぎ取って一口食べてから、洋菓子側を見る。
相手は、クッキーさんとアイスクリームさん。
相性94%、補完率90%。
強敵だ。
性格面でも、短期決戦を望むアイスクリームさんとせっかちなクッキーさんなら、うまく噛みあっている。
同時に攻撃されたら、羊羹さんが防御にまわっても耐えられるかは微妙。
最中さんなら、もっと可能性は低い。
けれど……あの二人は、自己主張が激しい。
ミスを誘って焦らせるのがベスト。
「最中さん」
「へい」
「守らないでください」
「……なんですと?」
やる気十分で指示待ちをしていた最中さんが、眉を寄せた。
他の人も、困惑してこちらを見てきた。
「守るのではなく、粘ってください」
「……おっしゃってる意味が、よくわからんのですが?」
「本来のあなたが得意とする動きでいい、ということです」
最中さんが、言葉を失って目を見開いた。
……なぜ、驚く?
最中の皮は、もろい。
餡は、やけに粘る。
なら、防ぐよりも――ねちっこく削るほうが合っている。
「羊羹さんはとどめ役。危ないとき以外は温存してください」
「前回の儂と三葉の戦法と、似ているようで違っておるな」
大福さんの言葉に、うなずいた。
今回は、いかに相手の攻撃を受けないかが重要。
守りは必要ない。
「……承知。好きなようにやらせていただきやすぜ?」
最中さんが、心底嬉しそうに口角を上げ、言った。
そして、羊羹さんと顔を見合わせてうなずきあい、戦場に立った。
観客からの歓声。
……かすかに、どら焼きさんっぽい声が聞こえた気がする。
ハラハラしながら観戦している姿を思い浮かべながら、あんこにちぎった柏餅を与えた。
「吸いこむな」
……忠告したのに聞かなかった。
あんこは、案の定喉に詰まらせた様子でじたばたともがいていた。
吸いこむ形式でしか、物を食べられないのか? 不便だな。
残った柏の葉を弄びつつ、戦場に目をむける。
騒がしい歓声を浴びながら、第一試合の出場者の四人が近づいていった。
「本日の主審、武捨ミチオでございます。どうぞよしなに」
主審の人が、律儀に順番に四人それぞれのほうをむいて、頭を下げた。
……武捨、ミチオ?
蜜の冠のメンバーなら、野菜か果物のどちらかのはず。
……待てよ。
ミチオを漢字であてた場合、「道」の字が入るなら――ブドウか。
「ただいまより! 双甘大試またはグラサージュ・マッチ第一試合を始めます! 準備は」
ブドウさんが、四人に目配せをする。
四人が、ほぼ同時にうなずいた。
「では――始めっ!」
合図と同時に引いたブドウさんの真ん前を、クッキーさんとアイスクリームさんが突っ切っていく。
想定どおり。
羊羹さんが、一歩下がった。
「無理はするな」
「おまかせくだせぇ!」
最中さんは動かない。
クッキーさんとアイスクリームさんが、同時に攻撃。
「あらよっと」
最中さんが、華麗によける。
「また時間稼ぎ?」
「部下を囮に使おうってか? 甘いんだよ!」
アイスクリームさんとクッキーさんが、最中さんを挟みうちにする。
再び、二人の攻撃。
「そりゃねぇぜ、旦那方」
直前で、最中さんがしゃがんでかわす。
クッキーさんとアイスクリームさんがぶつかりそうになる。
二人が最中さんから距離をとった。
「おい! アイザックてめぇ、危ねぇだろうが!」
「うるさいなぁ! だから俺はシュリオと組みたいって言ったのに!」
「なんだとコラ!」
……思ったとおりだ。
こうなれば、もはや最中さんの手の上で転がされているようなものだ。
「旦那方。そんなにツンケンしないほうがよろしいかと思いやすがね?
せっかくの双甘大試の場なんだし」
「はぁ? てめぇ、平隊員のくせしてだれに口を――」
「ほらほら。おたくの団長様がお怒りの様子ですぜ?」
最中さんに言われて、二人がすぐに洋菓子側の控え場所のほうをむく。
「なぁんてなぁ!」
「はっ!?」
最中さんがクッキーさんに拳で攻撃。
クッキーさんが、顔面にもろに食らう。
後ろに吹っとんで倒れたが、バック転をして起きあがった。
洋菓子側から、悲鳴とブーイングの嵐。
……いや。今のは引っかかったほうが悪い。
「くそ……! てめぇ、許さねぇ!」
クッキーさんの猛攻が始まった。
やはり、砕けたあとも強い。
けど、それは最中さんもだ。
「……! まだまだぁ!」
「お前……っしつこいんだよ! さっさと、壊れろ!」
最中さんの眼前に、クッキーさんの木刀が迫る。
そのとき、羊羹さんが動いた。
「ばかクリス!」
アイスクリームさんが割りこんで、ガードの姿勢。
クッキーさんも、すこし遅れたがガード。
……ここでアイスクリームが防御?
無意味だ。
時間がたちすぎていて、溶けかけの状態――防御にまわす余力はないはず。
瞬間、羊羹さんの一撃が入る。
守備側の陣形が崩れ、二人が吹きとんだ。
「……待って……これ、まずいでしょ……」
「言ってる場合か……! さっさと起きろ!」
倒れたままもがいている二人の顔近くの地面に、木刀がどすん、と突きささる。
「勝負は、ついただろう」
「往生しなせぇ」
「……っく、そ……!」
とどめの二人のセリフに、クッキーさんとアイスクリームさんは悔しそうに顔をゆがめつつ、地に伏した。
勝負あり。
「第一試合、甘誠組の勝利っ!」
ブドウさんが宣言し、たちまち歓声が沸きおこる。
洋菓子側からは、またしてもブーイング。
それには気にもとめず、最中さんが和菓子側の観客のほうをむいて、あげた両手を振っていた。
「お見事でございますぅぅぅ! お二人ともぉ!」
たい焼きさんが、口元に手を添えて叫んでいる。
……柏の葉を顔に投げつけてやりたくなった。
「養田様もさることながら、斉藤殿も……見事にございますな」
「うむ。ああいう嫌らしい戦い方は、あやつの専売特許のようなもんじゃからなぁ」
おかきさんと大福さんが、感心しながら戻ってくる二人を見つめていた。
……作戦変更して、正解だった。
持ち味を生かしつつ戦略を練るのを基本にする。
そのほうが、ミスマッチが起こりにくいのがはっきりわかった試合だった。
やがて戻ってきた二人を、真っ先に大福さんが出迎えた。
「二人とも、ようやった! 見事じゃったぞ!」
「ありがとうございます」
「勝利をお届けできて、あっしも嬉しく思っておりやす」
羊羹さんと最中さんが、大福さんにむかって頭を下げた。
最中さんは、終盤にクッキーさんの猛攻を受けたせいか、隊服があちこちボロボロになっていて息も上がっている。
見かねたたい焼きさんが、一人で大騒ぎしながら女中を呼びつけて、手当てをさせた。
「蜜森殿」
手当てが終わった最中さんが、こちらに体をむけて呼んだ。
「正直、最初におっしゃってた『盾になる』って話……
無理かもしれねぇって、自信がなかったんでさぁ」
「……そうでしたか」
「しかし! 試合直前に指示を変えてくださったおかげで、のびのび戦えやした。
感謝しかありやせん」
最中さんが、視線を上げて大福さんを見る。
「局長の勘の正体が、なんとなくわかった気がしやす。蜜森殿は、立派な我が組の軍師でさぁ!」
最中さんが自信満々に言ったあと、大福さんと羊羹さんがほほえんでいるのが見えた。
柏の葉で遊んでいるあんこを、目で追う。
布団にしたり、部分的にくりぬいてお面のようにしたりしている。
……まだなにも終わってない。
「勝負は、これからですよ」
「おお。そりゃ失礼しやした」
見上げると、大福さんが不敵な笑みを浮かべて、うなずいていた。
その後ろで、表情を引きしめたおかきさんが、鉢巻きをきつく縛っていた。
「岡」
「万事整っております」
普段より大きめの声で、おかきさんがこたえる。
大福さんが満足げに口角を上げ、戦場へと目をむけた。
「相手は女騎士と参謀じゃな。さすがに水分が飛ぶかもしれんのう」
「温度管理は怠らぬよう気を引きしめます」
「そう固くならんでもよい」
水分が飛ぶ……ニュアンスでは、「余裕がない」と解釈すべき。
温度管理は、「警戒」だな。
洋菓子側の控え場所から、プリンさんとシュークリームさんが出てきたのが見えた。
そのとき、予鈴の花火が鳴った。
「どうする?」
大福さんが、僕を見下ろしながら聞いてきた。
戦場を見つめながら、考える。
シュークリームさんとプリンさん……相性85%、補完率61%。
先程の二人のように、強い対比はない。組んで完成系になるタイプだ。
当初は、おかきさんである程度削ってから、大福さんで一気に攻めるプランだった。
けれど、その戦法は先の第一試合で使っている。
同じ手は絶対に通用しない。
お茶を飲んで、深く息を吐く。
「……難しいですね」
ぽつりと呟くと、空気で動揺が広がったのがわかった。




