暴力的な声が聞こえる。
暴力的な声が聞こえる。
「おらぁ! まだまだ火が通ってねぇぞ!」
「焼きが甘い! もっと視野を広くしろ!」
「いいぞ、お前! 熟成度合いは申し分ねぇな……よし、次!」
……内容は、製菓用語ばかり。
意味はおおよそ理解できるが。
「ええ感じじゃろ」
この場に連れこんだ張本人――大福さんが、腕を組んでほほえみながら稽古の様子を見ている。
外にかかっていた木製の古びた看板には、「第一道場」と書かれていた。
帳面で名を知るより、直接見たほうが早い。
理にかなっている。さすがと言うべきか。
「気になる者がいれば呼びつけるぞ。遠慮なく申せ」
「……はい」
一礼して中に入り、全体を見渡す。
全員、竹刀を使っている。ぶつかり合うときの音は、間近だとかなり響く。
あんこはそれが怖いようで、襟の後ろから着物の中にすっぽり入りこんでしまった。
……意外にも、感触はそこまで悪くはない。
「はいっ!」
「たぁ!」
「なんのっ」
テンポのいい声が聞こえてきて、そちらに意識をむけた。
……あの二人、連携がうまいな。
飛んではねて、素早い動きで攻防を切りかえている二人組。
「……あちらの方々は?」
「呼ぶか。たま! しず!」
大福さんに呼ばれた男二人組が、すぐに駆けよってきた。
どちらも小柄で、かなり若い。未成年だと思われる。
その二人は表情を引きしめ、大福さんにむけて同時に一礼した。
「名乗れ」
「はっ! 白井玉之助です!」
「財前しずるです!」
「どうぞお見知りおきを!」
最後のあいさつは、きっちり二人で口をそろえていた。
……白玉ぜんざい。
連携の点だけを考えれば、まちがいなく優秀だ。
洋菓子の彼らと張りあう力があるかどうかと考えると、微妙なラインではあるが。
「……ありがとうございます」
僕が言うと、大福さんが二人に目配せをした。
二人は一礼してから、元の位置に戻って稽古を再開していた。
「さすがいい目をもっとるな。あの二人は、儂の隊の中では期待の新星。有望株なんじゃ」
「……そうですか」
当然だ。相性のよさは言うまでもない。
一応、候補として頭に入れておこう。
その後、目にとまった人を呼びつけて名前を聞くのを何度か繰りかえし、道場から出た。
竹刀がぶつかる音が遠ざかったことで、あんこがようやく顔を出して、定位置の僕の肩の上に戻った。
「参考になったか?」
「はい。ところで――」
「他の隊の様子も見学できるように、すでに話は通っておる」
……早いな。
大福さんは、不敵な笑みを浮かべながら懐に手を入れて、折りたたまれた紙を一枚取りだした。
広げたそれは、地図。
「儂が同行できるのはここまでじゃ。
このとおり、各隊が使っている道場の位置を記しておいたからの」
「……助かります」
道などを表す線は太字ですこしわかりにくいが、最低限理解できる。
二から五までの漢数字が書かれてあり、そこが道場の場所だ。
左の隅には、大福さんのフルネームがサインしてあり、横に押印までされていた。
「もしも迷ったら、これを通行人に見せて聞けばよい。快く教えてくれるはずじゃ」
……そういうことか。
うなずいて、一旦その地図を半分に折って、大福さんを見た。
「締め切りは?」
「そうじゃな……本番は再来週の末じゃから、三日前までに頼めるか?」
「承知しました」
……調整の必要もあるし、遅くとも来週の頭。
目標は今週末に設定。
頼んだぞ、と言った大福さんを見送る。
まずは、ここから一番近くにある四番隊の道場。
「いらっしゃいまし!」
「ようこそおいでくださいましたぁ」
「私たちがご案内いたしまする」
道場についた途端、中から子どもが三人出てきて、話しかけてきた。
……まだあどけなさが残る少女たち。
違和感をおぼえつつ、三人の先導で道場の前に移動する。
「お越しになったら、丁寧に案内するようにと仰せつかっております!」
「……ありがとうございます」
すると、三人がこちらをむいて、気をつけのポーズ。
「団桃香です!」
「団真白ですー」
「団翠子と申しまする」
「どうぞ、よしなに!」
……さすが、三色団子。
この三人も、成長したらまちがいなく化ける。
「……みたらし団子さんのご家族ですか?」
「はいっ! 三葉姉さんは私たちの自慢の姉さんです!」
「だめです、桃香! 人前では姉上とお呼びなさいっ」
「え!? そうなの!?……自慢の姉上です!」
「言いなおさなくてもいいと思うー」
……賑やかだな。
性格はそれぞれ違っていて、特色があってそれもまた面白かった。
道場を見学させてもらい、気になった人を呼んで名前を聞き、案内役の三人に礼を言って、また次の道場へ。
「お話はうかがっております。どうぞ、こちらへ」
次にむかった二番隊――粕谷さんの隊の道場では、うやうやしく頭を下げてきたこんぺいとうさんに案内してもらった。
次の三番隊ではところてんさん、最後の五番隊では自慢焼きさんが案内役だった。
……どこもかしこも、和菓子であふれていた。
そのおかげか、それぞれの隊の特色が手にとるようにわかった。
豪胆な大福さん、生真面目な粕谷さん、無言の圧力が強めの羊羹さん、的確に相手の痛いところをつくみたらし団子さん、騒がしいどら焼きさん。
不思議なほどに、隊の空気はそのまま隊長に似ていた。
帰り道、歩きながらそれぞれの隊の稽古の様子を思いだす。
途端に、気になった隊士数人のパワーバランスのパラメーターが、それぞれ図となって脳内に浮かびあがった。
……便利だな。
じゃあ、まずはこれをもとにざっくりとした案を出す。
注意点は、フレジエ団長について、確定していない部分もできるだけ補完できるように考慮する必要があること。
締め切りまで、一週間弱。
問題ない。
粕谷さんの家への道を歩きながら、有力候補の隊士を含めて相性のいい組みあわせを考える。
……これはいいんじゃないか。
いい策が浮かび、立ちどまってうなずいた。
あんこが、なぜかしきりに慌てた様子で頬を叩いていた。
辺りを見回す。
……見覚えのない荒野にいた。
大福さんからもらった地図を見る。
……どうやら、どら焼きさんの隊の道場から西に行きすぎたようだ。矢印とバツ印が書かれてある。
つまり、入ってはいけない場所。
「…………」
枯草が一面に広がっていて、なにもない。
……いや。ある。
離れた位置に、石塔のようなものがあるのが見えた。
近づいてみる。
平べったい石の上にさらに石が乗っており、鏡台のようにも見える。
土台部分の石の隅には、萎れかけた花が供えられていた。
……昔建てられた慰霊碑、もしくは墓の可能性大。
けれど、どこにもなにも書かれていないのが気になる。
石は、大理石のようにつるつるしている。風化して削れてしまったわけではない。
「何者だ」
触れようと手をのばした瞬間、背後から声をかけられた。
あんこが、素早く首の後ろに隠れた。
振りかえると――黒い袴姿の目つきが鋭い高齢男性が、そこにいた。
腰には、一振りの刀。手には、切り花の束。
「ここは鬼の棲む場……知らぬ者はおらぬ。よそ者だな」
老人が、さらに目つきを鋭くし、にらんでくる。
……覇気がすごい。OBだな。
「元ですが」
「元?」
「名前は、蜜森風と申します。粕谷輝一様の預かりの身となっている者です」
粕谷さんの名前を出すと、老人は目元をわずかに緩めた。
「粕谷の……そうか」
彼はそれだけ言って、僕の脇をすり抜け、石塔の前に立った。
しばらくそれを眺めたあと、しゃがんで、手持ちの花と供えられていた花を交換した。
「先程も申したとおり、ここは民が立ち入ってはならぬ場所と定められておる。
今見たものは忘れて、早々に立ち去れ」
「……承知しました」
石塔とむき合ったままの老人に言われ、返事をしつつ彼の背中を見つめる。
――そのとき。
(八重……! なぜだ八重ぇ……!)
頭の中で、悲鳴のような声が響く。
同時に、なにかを抱えて泣き叫ぶ人の姿が、映像として浮かんできた。
あれは……人の、首?
……また、か。
あんこが突如墨を吐いて肩口をすこし汚されたけれど、気にならなかった。
「八重……」
今のは、この老人の心の声。
得体のしれない違和感をおぼえ、その場に立ちつくした。
「そなた……」
気づくと、こちらを振りかえっていた老人が、再びにらんでいた。
その顔に浮かんでいたのは、警戒よりも困惑。
そして――恐怖?
「失礼いたしました」
一礼し、素早く踵を返す。
「待て」
数歩進んだところで引きとめられた。
振りかえると、老人は腰に差した刀の柄に手をかけて臨戦態勢になっていた。
「決してその名を……二度と口にするな。私が許さぬ!」
息を荒くしながら言う老人。今にも斬りかかってきそうな勢いだった。
……見てはいけない、聞いてはいけないものだった。
つまり、あの声はこの人の声にちがいない。
それにしては。
頭の中で聞こえたのは、目の前にいる老人の声よりもうすこし若い人の声だった。
……解決の糸口、なし。
「はい。誓って、二度と口にいたしません」
「……去れ」
ゆっくり丁寧に頭を下げると、老人は穏やかな口調に戻った。
顔を上げると、彼は再び石塔とむき合っていた。
会釈してから、改めてその場から離れる。
……八重。
『名は、橋本八重殿。先代局長の部下で、“薄紅の女傑”と呼ばれた剣豪だ』
……違う。
あんな寂れた場所に、功績を残した人の墓があるわけがない。
けれど、確証はない。調べる術もない。
……フレジエ団長といい、今回のことといい。
むずかゆくなった右耳の後ろをかきながら、粕谷さんの家の方向へと歩きだした。
◇◇◇
翌週の頭、早々に召集がかかり、以前と同じ屯所の会議室にやってきた。
すでに、大福さん以外の四人の隊長がそろっている。
「なんでまたお前がおるんじゃ」
苦々しげに顔を歪めたどら焼きさんが、呟いた。
……と、思ったら、はっと目を見開いて、すこしのけ反る。
「ま、まさか……今度の策にもお前が関わっているんじゃないじゃろな!?」
「でなければ、ここにはいらっしゃらないのでは?」
みたらし団子さんが、平然と言った。
それを聞いて、どら焼きさんがショックを受けたように口を半開きにし、さらにのけ反った。
……忙しい人だ。
彼をスルーして、置かれていたかりんとうに手をのばし、かじる。
……やはり、食感も甘さも、よく知っているものと大差ない。
あんこに、半分にちぎったものを与える。
吸いこんだのちに触手を僕の肩の上で数回叩きつけて、ふう、と息を吐いていた。
……詰まらせかけたようだ。固いものは要注意だな。
「待たせたのう」
外れそうな勢いで戸が開き、大福さんがずかずかとやってきた。
手になにかの紙をもった状態で、空いていたお誕生日席にあぐらをかいて座った。
「此度の双甘大試の組みあわせを読みあげる。では――入ってまいれ!」
「えっ?」
大福さんが声を張りあげると、戸がしずかに開いて数人が入ってきた。




