やはり体よく断られたようだ。
やはり体よく断られたようだ。
「先生とお会いしたので、仕事の件お話ししておきましたよ。
手が必要なときは声をかける、とおっしゃっていました」
「……ありがとうございます」
戻ってきてすぐに、ざらめさんから言われて深く息を吐いた。
……想定の範囲内。
彼女の仕事は、専門職。そう簡単に人手を増やせるものじゃない。
けれど、一日中なにもしないでいるのは不毛でしかない。
縁側に座って、飛んでくる虫や鳥と戯れているあんこを見つめる。
脳裏をよぎったのは……先日の双甘大試でのヴィクトリウス氏の姿。
「……フレジエ」
確認したくて、呟いてみた。
はまっているような、そうではないような。
……まだ、なにかが足りない。
もう一度、頭を真っ新な状態にして考えなおしてみる。
まず、そもそもお菓子ではない可能性。
……低い。
幹部全員そろって、名前からも戦闘スタイルからも、すぐに洋菓子を連想できた。
団長だけがそれにあてはまらないとは考えにくい。
名前から導きだせるものといえば。
ヴィクトリウス・ショルテンハイム……勝利。
勝利に関するなにか。戦勝記念で作られた菓子?
クグロフがたしかそうだったはず。あとは、クロワッサン――は、菓子ではない。
そもそも……どちらもしっくりこない。関連性も感じられない。
「戻りました」
そこまで考えたところで、玄関から粕谷さんの声が聞こえてきた。
総括が終わったようだ。
「おかえりなさい。お見事でした」
「……いえ。まだまだこれからです」
粕谷さんとざらめさんが言葉を交わしたのが聞こえたあと、こちらに近づいてくる足音。
「またぼーっとしているのか」
「……お務め、ご苦労様です」
会釈してあいさつすると、粕谷さんは隣にあぐらをかいて座った。
「祝いの席を設ける、と話にも出たが……土井殿のケガのこともあって、早々に解散となってな。
今日一日は英気を養うように、とのことだ」
「……そうですか」
粕谷さんがため息をついて、庭の木をぼんやりと見つめた。
折りまげた膝が、小刻みに揺れている。
……どう見ても、英気を養うため「大人しくしている」のが苦手なタイプ。
「そうだ。忘れるところだった」
粕谷さんは、なにかにはっと気づいて、懐に手を入れた。
じゃら、と音を立てて出てきたのは、膨らんだ布製の小袋。
「局長から預かってきた。今回の成果だと」
粕谷さんが、それをどさりと床に置く。
……音からして、重量はかなりある。
これを懐に入れていて、忘れていたとは。
妙な言い訳をする人だ。
「……ありがとうございます。改めさせていただいても?」
「もちろんだ。そなたの物だからな」
許可を得たので、中身を見てみた。
銭だ。
目視では数えきれないほど入っている。
粕谷さんを見る。
「よろしいのですか?」
「局長から渡すようにと言われたものだ。そなたが受けとらなければ、私が困る」
「……では、ありがたく頂戴します」
苦笑した粕谷さんに頭を下げ、その袋を両手で持ちあげた。
近寄ってきたあんこに袋の中身を見せたが、特に反応はなかった。
……成果。すなわち、成功報酬。
これだけあれば、しばらく一人でも食っていける。
その間、定期的な報酬が見込める仕事を探して得られれば、ベスト。
……いや。その前に。
「五割でいかがでしょうか」
「……ん?」
「家に入れたいのですが」
粕谷さんは、本気で意味がわかっていないようで、ぼんやりとした顔で僕を見つめていた。
しばらくして、首を横に振る。
「いや。それはそなたが稼いだものだ。自由に使え」
「対価が見合っていません」
「……対価?」
「食事つきで家に住まわせていただいている分です」
「それは、身元保証人である以上は当然の――」
「もらっていただけないのなら、ツケになるだけですが」
粕谷さんが、不快そうに眉を寄せた。
この人は、そういうあいまいなものを好む人じゃない。
「律儀な奴だな……わかった。では、二割でいい」
「それではつり合いません」
「私がいいと言っている」
「……では、残りはツケで」
「三割なら満足か!?」
……妥協点だな。
うなずくと、粕谷さんは疲れたように目尻を下げて、笑った。
総量を数えてから、きっちり三割を取りわけて、粕谷さんに渡した。
「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」
「なんだ? これ以上は本当に不要だぞ」
「アントルメ騎士団の、ヴィクトリウス氏についてです」
粕谷さんが、意外そうに首を傾げる。
「聞いてどうするのだ?」
「敗因を検証するためです」
再び鳥と遊びはじめたあんこに、一度目をむける。
粕谷さんは、腕を組んで本気で考えだした。
「得体のしれないお方だ。個の強さもさることながら、一団を統率する力も相当なものだ」
「交友関係などは?」
「わからない。メローリアの生まれでなおかつ身分も高いお方だからな。
当然だが、こちらでは調べようがない」
「……噂程度の話でも結構ですが」
「そう言われても――いや、待て」
粕谷さんは、途中ではっとして言葉を切り、眉を寄せて顔を俯けた。
貧乏ゆすりの動きが、すこし激しくなる。
「……そうだ。たしか、紅の郷の市田殿と懇意にしていると聞いたことがある」
「市田、さん?」
「ああ。蜜の冠の長のようなお方で、よくこの餡月郷にも顔を出す。
局長とも親しい間柄だそうだ」
そうですか、と返事をして、庭のほうをむいて考える。
紅翠域の出身で、蜜の冠のリーダー、市田さん。
市田……柿。
柿さんと親しい団長。
柿を使ったお菓子? タルトにチーズケーキ、それからパウンドケーキもある。
……ますますわからなくなった。
非常に難解だな。面白い。
粕谷さんが、なぜかびくっと体を震わせて「どうした?」と、おそるおそる聞いてきた。
◇◇◇
翌日早々、粕谷さんは見回りにいくと言って外出。
ざらめさんも、仕事で出かけていった。
……出るか。
家で時間をつぶすわけにはいかないので、町へと繰りだした。
甘味通りに入って、立ちならんでいる店々をゆっくり見てまわる。
……「涼菓」と書かれているのれん。
それにひかれて、店に入った。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
入口から近い列の奥の席に座ってすぐに、女中がやってきてお茶を運んできた。
壁にかかっている木札を見ると――その中に、「あんみつ」の文字。
「……あんみつ……」
「はい。あんみつですね。お待ちください」
ぽつりと呟いたそれを、注文と受けとった女中が厨房の前に移動。
「あんみつ一丁!」と声を張りあげた。
……あるんだな。あんみつ。
お茶をすすりながら待っていると、運ばれてきた。
器には、フルーツに寒天。真ん中に餡子の小さな塊があって、全体に黒蜜がかけられている。
よく知っている、そのままのあんみつだった。
しかも、木製のスプーン――匙と呼ぶべきだ――もついている。
興味をもった様子のあんこが身を乗りだして、じっとあんみつを見つめている。
赤えんどう豆をすくって、与えた。
……食べたが、不満げにこちらをじっと見ている。
次は、餡子をつけた寒天を。
今度は、「きゅっ」と声を出して勢いよく吸いこんでいた。
おまけに、上機嫌になって僕の肩の上でくるくる回っている。
……やはり、甘いものを与えたときの反応が一番強い。
あんこが満足したのを見届けてから、僕も一口。
……餡子が滑らかだ。
フルーツの酸味が際立ちすぎないように、ほどよい甘さなのもいい。
かかっている黒蜜は、コクはあるが他の素材の味の邪魔をしていない。
「ここにおったか」
影が下りて、聞きなれた声がした。
顔を上げた先にいたのは、大福さんだった。
着流しを着崩した格好をしている。
「あら、大丸様」
「邪魔するぞ。わらび餅をもらおうかの」
「かしこまりました」
女中は機嫌よく応じて、また厨房へ「わらび餅!」と叫んでいた。
そして、大福さんはむかい側にある椅子に座った。
「見回りがてら、おんしを探しておったのじゃ。この通りのどこかにおると踏んでいたが、正解じゃった」
「……局長自ら見回りですか」
「ああ。双甘大試のあとは、勝っても負けても荒れるからのう」
大福さんが、おしぼりでごしごしと顔を拭いて一息ついた。
……報酬の件。
一旦、匙を置いた。
「報酬、粕谷さんから受けとりました。ありがとうございます」
「おお。あれで足りるか?」
「問題ありません」
「そうか。おんしの策のおかげで勝てたようなものじゃからなぁ。気にするな」
「はい。それで……用事というのは?」
それ絡みに違いないと思いつつ、聞いた。
大福さんが、ニヤリと笑う。
「次の双甘大試の組みあわせについても、頼みたいと思っての」
「……そうですか」
餡子の配分を考えながら、適量をすくって食べる。
……このミカン、酸っぱすぎるな。
咀嚼したあとで、大福さんの顔を再度見る。
「次も僕が意見を出してもよろしいんですか?」
「ああ。規則で、直近の試合とまったく同じ組にするわけにはいかなくてのう。
いや、自分で考えるのを放棄しとるわけじゃないぞ?
ただ……おんしなら、次はどう組ませるか。それが知りたくてたまらんのじゃ」
「なるほど」
そこで、女中がわらび餅を運んできた。
ついでにお茶のおかわりを頼んでおく。
……成功すれば、高額報酬。不安定。
フレジエ団長 (仮)について、もっといろいろ知りたい。
デメリットは、ほぼなし。
「お受けします」
「うむ。おんしならそう言ってくれると思ったぞ」
大福さんは、にこやかな顔でわらび餅を頬張った。口の周りを豪快にきなこまみれにしている。
テーブルに下りたあんこが、こぼれたきなこがついた触手を嫌そうに振りまわしていた。
おしぼりを近づけてやると、そこに寝転がって体をこすりつけた。
……知能的には、幼少期の人間レベル。
きれいになったあんこを肩に乗せ、お茶を飲んだ。
「……さしあたって、おうかがいします」
「なんなりと申せ」
「甘誠組隊士全員の名簿をお見せいただくことは?」
「……名簿?」
うなずいて、あんみつの最後の一口を食べた。
ここもいい味だった。涼菓を食べたくなったときは、有力候補の店だ。
名前は……涼風庵、だな。
こちらが満たされた気分でいる一方、大福さんは若干険しい顔をしていた。
「それはさすがに……儂一人の一存ではのう」
「……承知しました。忘れてください」
当然の反応。想定内だ。
じゃあ、他に隊士全員の名前を知る方法は?
「どんな者がいるか、知りたいのか?」
「……はい」
お茶を一口飲んでから、考えるのを中断して肯定。
「ならば、いい考えがある。ついてこんか?」
「……お願いいたします」
大福さんが、二つあった餅のうち、残った一つをペロリと平らげた。
未だにきなこまみれのその口が、愉快そうに吊りあがっていた。




