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甘味戦争の軍師 ~社畜の僕、相性が見えるだけで最強編成を作れるけど、この戦争ちょっとおかしくないか?~  作者: 手羽本 紗々実(てばもと ささみ)
第一章 お菓子の戦争

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やはり体よく断られたようだ。

 やはり体よく断られたようだ。


「先生とお会いしたので、仕事の件お話ししておきましたよ。

 手が必要なときは声をかける、とおっしゃっていました」

「……ありがとうございます」


 戻ってきてすぐに、ざらめさんから言われて深く息を吐いた。


 ……想定の範囲内。

 彼女の仕事は、専門職。そう簡単に人手を増やせるものじゃない。


 けれど、一日中なにもしないでいるのは不毛でしかない。


 縁側に座って、飛んでくる虫や鳥と戯れているあんこを見つめる。


 脳裏をよぎったのは……先日の双甘大試(そうかんたいし)でのヴィクトリウス氏の姿。


「……フレジエ」


 確認したくて、呟いてみた。

 はまっているような、そうではないような。


 ……まだ、なにかが足りない。

 もう一度、頭を真っ新な状態にして考えなおしてみる。


 まず、そもそもお菓子ではない可能性。

 ……低い。

 幹部全員そろって、名前からも戦闘スタイルからも、すぐに洋菓子を連想できた。

 団長だけがそれにあてはまらないとは考えにくい。


 名前から導きだせるものといえば。

 ヴィクトリウス・ショルテンハイム……勝利。

 勝利に関するなにか。戦勝記念で作られた菓子?

 クグロフがたしかそうだったはず。あとは、クロワッサン――は、菓子ではない。

 そもそも……どちらもしっくりこない。関連性も感じられない。


「戻りました」


 そこまで考えたところで、玄関から粕谷さんの声が聞こえてきた。

 総括が終わったようだ。


「おかえりなさい。お見事でした」

「……いえ。まだまだこれからです」


 粕谷さんとざらめさんが言葉を交わしたのが聞こえたあと、こちらに近づいてくる足音。


「またぼーっとしているのか」

「……お務め、ご苦労様です」


 会釈してあいさつすると、粕谷さんは隣にあぐらをかいて座った。


「祝いの席を設ける、と話にも出たが……土井殿のケガのこともあって、早々に解散となってな。

 今日一日は英気を養うように、とのことだ」

「……そうですか」


 粕谷さんがため息をついて、庭の木をぼんやりと見つめた。

 折りまげた膝が、小刻みに揺れている。


 ……どう見ても、英気を養うため「大人しくしている」のが苦手なタイプ。


「そうだ。忘れるところだった」


 粕谷さんは、なにかにはっと気づいて、懐に手を入れた。

 じゃら、と音を立てて出てきたのは、膨らんだ布製の小袋。


「局長から預かってきた。今回の成果だと」


 粕谷さんが、それをどさりと床に置く。


 ……音からして、重量はかなりある。

 これを懐に入れていて、忘れていたとは。

 妙な言い訳をする人だ。


「……ありがとうございます。改めさせていただいても?」

「もちろんだ。そなたの物だからな」


 許可を得たので、中身を見てみた。

 銭だ。

 目視では数えきれないほど入っている。


 粕谷さんを見る。


「よろしいのですか?」

「局長から渡すようにと言われたものだ。そなたが受けとらなければ、私が困る」

「……では、ありがたく頂戴します」


 苦笑した粕谷さんに頭を下げ、その袋を両手で持ちあげた。


 近寄ってきたあんこに袋の中身を見せたが、特に反応はなかった。


 ……成果。すなわち、成功報酬。

 これだけあれば、しばらく一人でも食っていける。

 その間、定期的な報酬が見込める仕事を探して得られれば、ベスト。


 ……いや。その前に。


「五割でいかがでしょうか」

「……ん?」

「家に入れたいのですが」


 粕谷さんは、本気で意味がわかっていないようで、ぼんやりとした顔で僕を見つめていた。

 しばらくして、首を横に振る。


「いや。それはそなたが稼いだものだ。自由に使え」

「対価が見合っていません」

「……対価?」

「食事つきで家に住まわせていただいている分です」

「それは、身元保証人である以上は当然の――」

「もらっていただけないのなら、ツケになるだけですが」


 粕谷さんが、不快そうに眉を寄せた。

 この人は、そういうあいまいなものを好む人じゃない。


「律儀な奴だな……わかった。では、二割でいい」

「それではつり合いません」

「私がいいと言っている」

「……では、残りはツケで」

「三割なら満足か!?」


 ……妥協点だな。

 うなずくと、粕谷さんは疲れたように目尻を下げて、笑った。


 総量を数えてから、きっちり三割を取りわけて、粕谷さんに渡した。


「一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」

「なんだ? これ以上は本当に不要だぞ」

「アントルメ騎士団の、ヴィクトリウス氏についてです」


 粕谷さんが、意外そうに首を傾げる。


「聞いてどうするのだ?」

「敗因を検証するためです」


 再び鳥と遊びはじめたあんこに、一度目をむける。


 粕谷さんは、腕を組んで本気で考えだした。


「得体のしれないお方だ。個の強さもさることながら、一団を統率する力も相当なものだ」

「交友関係などは?」

「わからない。メローリアの生まれでなおかつ身分も高いお方だからな。

 当然だが、こちらでは調べようがない」

「……噂程度の話でも結構ですが」

「そう言われても――いや、待て」


 粕谷さんは、途中ではっとして言葉を切り、眉を寄せて顔を俯けた。

 貧乏ゆすりの動きが、すこし激しくなる。


「……そうだ。たしか、(べに)(さと)市田(いちだ)殿と懇意にしていると聞いたことがある」

「市田、さん?」

「ああ。蜜の冠(メリス・オルナ)の長のようなお方で、よくこの餡月郷(あんげつきょう)にも顔を出す。

 局長とも親しい間柄だそうだ」


 そうですか、と返事をして、庭のほうをむいて考える。


 紅翠域(こうすいいき)の出身で、蜜の冠のリーダー、市田さん。

 市田……柿。


 柿さんと親しい団長。

 柿を使ったお菓子? タルトにチーズケーキ、それからパウンドケーキもある。


 ……ますますわからなくなった。

 非常に難解だな。面白い。


 粕谷さんが、なぜかびくっと体を震わせて「どうした?」と、おそるおそる聞いてきた。


 ◇◇◇


 翌日早々、粕谷さんは見回りにいくと言って外出。

 ざらめさんも、仕事で出かけていった。


 ……出るか。

 家で時間をつぶすわけにはいかないので、町へと繰りだした。

 甘味通りに入って、立ちならんでいる店々をゆっくり見てまわる。


 ……「涼菓」と書かれているのれん。

 それにひかれて、店に入った。


「いらっしゃいませ。ご注文は?」


 入口から近い列の奥の席に座ってすぐに、女中がやってきてお茶を運んできた。


 壁にかかっている木札を見ると――その中に、「あんみつ」の文字。


「……あんみつ……」

「はい。あんみつですね。お待ちください」


 ぽつりと呟いたそれを、注文と受けとった女中が厨房の前に移動。

 「あんみつ一丁!」と声を張りあげた。


 ……あるんだな。あんみつ。


 お茶をすすりながら待っていると、運ばれてきた。

 器には、フルーツに寒天。真ん中に餡子の小さな塊があって、全体に黒蜜がかけられている。

 よく知っている、そのままのあんみつだった。

 しかも、木製のスプーン――匙と呼ぶべきだ――もついている。


 興味をもった様子のあんこが身を乗りだして、じっとあんみつを見つめている。


 赤えんどう豆をすくって、与えた。

 ……食べたが、不満げにこちらをじっと見ている。


 次は、餡子をつけた寒天を。

 今度は、「きゅっ」と声を出して勢いよく吸いこんでいた。

 おまけに、上機嫌になって僕の肩の上でくるくる回っている。


 ……やはり、甘いものを与えたときの反応が一番強い。


 あんこが満足したのを見届けてから、僕も一口。

 ……餡子が滑らかだ。

 フルーツの酸味が際立ちすぎないように、ほどよい甘さなのもいい。

 かかっている黒蜜は、コクはあるが他の素材の味の邪魔をしていない。


「ここにおったか」


 影が下りて、聞きなれた声がした。

 顔を上げた先にいたのは、大福さんだった。

 着流しを着崩した格好をしている。


「あら、大丸様」

「邪魔するぞ。わらび餅をもらおうかの」

「かしこまりました」


 女中は機嫌よく応じて、また厨房へ「わらび餅!」と叫んでいた。


 そして、大福さんはむかい側にある椅子に座った。


「見回りがてら、おんしを探しておったのじゃ。この通りのどこかにおると踏んでいたが、正解じゃった」

「……局長自ら見回りですか」

「ああ。双甘大試のあとは、勝っても負けても荒れるからのう」


 大福さんが、おしぼりでごしごしと顔を拭いて一息ついた。


 ……報酬の件。

 一旦、匙を置いた。


「報酬、粕谷さんから受けとりました。ありがとうございます」

「おお。あれで足りるか?」

「問題ありません」

「そうか。おんしの策のおかげで勝てたようなものじゃからなぁ。気にするな」

「はい。それで……用事というのは?」


 それ絡みに違いないと思いつつ、聞いた。

 大福さんが、ニヤリと笑う。


「次の双甘大試の組みあわせについても、頼みたいと思っての」

「……そうですか」


 餡子の配分を考えながら、適量をすくって食べる。

 ……このミカン、酸っぱすぎるな。


 咀嚼したあとで、大福さんの顔を再度見る。


「次も僕が意見を出してもよろしいんですか?」

「ああ。規則で、直近の試合とまったく同じ組にするわけにはいかなくてのう。

 いや、自分で考えるのを放棄しとるわけじゃないぞ?

 ただ……おんしなら、次はどう組ませるか。それが知りたくてたまらんのじゃ」

「なるほど」


 そこで、女中がわらび餅を運んできた。

 ついでにお茶のおかわりを頼んでおく。


 ……成功すれば、高額報酬。不安定。

 フレジエ団長 (仮)について、もっといろいろ知りたい。

 デメリットは、ほぼなし。


「お受けします」

「うむ。おんしならそう言ってくれると思ったぞ」


 大福さんは、にこやかな顔でわらび餅を頬張った。口の周りを豪快にきなこまみれにしている。


 テーブルに下りたあんこが、こぼれたきなこがついた触手を嫌そうに振りまわしていた。

 おしぼりを近づけてやると、そこに寝転がって体をこすりつけた。

 ……知能的には、幼少期の人間レベル。


 きれいになったあんこを肩に乗せ、お茶を飲んだ。


「……さしあたって、おうかがいします」

「なんなりと申せ」

甘誠組(かんせいぐみ)隊士全員の名簿をお見せいただくことは?」

「……名簿?」


 うなずいて、あんみつの最後の一口を食べた。

 ここもいい味だった。涼菓を食べたくなったときは、有力候補の店だ。

 名前は……涼風庵(りょうふうあん)、だな。


 こちらが満たされた気分でいる一方、大福さんは若干険しい顔をしていた。


「それはさすがに……儂一人の一存ではのう」

「……承知しました。忘れてください」


 当然の反応。想定内だ。

 じゃあ、他に隊士全員の名前を知る方法は?


「どんな者がいるか、知りたいのか?」

「……はい」


 お茶を一口飲んでから、考えるのを中断して肯定。


「ならば、いい考えがある。ついてこんか?」

「……お願いいたします」


 大福さんが、二つあった餅のうち、残った一つをペロリと平らげた。

 未だにきなこまみれのその口が、愉快そうに吊りあがっていた。

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