敗因になりかねない。
敗因になりかねない。
……今のは、どら焼きさんの心の声にちがいない。
以前も、そうだった。
あのとき――糖明神殿で声が聞こえたのは、粕谷さんが移住者だと判明した直後だった。
理由は不明。
けど、今はそれの解明など必要ない。
同時に感じた、焼かれるような異様な熱さはどうでもいい。
あんこが突然墨を吐いたのも、服にかからなかったのでどうでもいい。
「……どら焼きさんのご家族とか、応援にきている方は?」
彼の背中が完全に見えなくなったのを見計らい、大福さんに話しかけた。
「……いや。あいつは独り身――ん? 待て。たしか、ばあさんがおったな?」
「数年前に亡くなっておられます」
みたらし団子さんが補足した。
「ああ! そうか。思いだしたぞ。あいつはしばらくばあさんと二人で暮らしとったんじゃ。
たしか……95まで生きたんじゃなかったか?」
「……そうでしたか」
祖母に育てられ、95歳の超高齢で亡くなるまで一緒に暮らしていた。
……それを使うか。
まもなく、すこしやつれた様子のどら焼きさんが戻ってきた。
「どら焼きさん」
「おいやめてくれ……! 今食いもんの話は聞きたくな――」
「大福さんからうかがいました。おばあさんのこと」
吐き気をもよおしかけたらしく、口を手で押さえたどら焼きさんの動きが、ぴたりと止まった。
反応あり。問題ない。
「ずいぶん長生きだったそうですね」
「……それがなんじゃ」
「理由としては、あなたが一人前になるまでは死ねない、と思っていたからの可能性が高いです」
どら焼きさんが、顔を上げる。目を細め、歯を食いしばっている。
驚愕と困惑が浮かんでいた。
「待て蜜森! それ以上は――」
制止しようとした粕谷さんを、じっと見る。
「必要な情報です」
彼がびくり、と体を震わせて口を閉じたのを見てから、再びどら焼きさんを見た。
「その結果を、今ここで提示する価値はあります」
「……結果……わしの勇姿を、おばあに届けるっちゅうわけか?」
「そうです」
どら焼きさんが、顔をうつむけて拳を握り、唾を飲みこんだ。
「……届くかのう。おばあのところまで」
「届くように戦えばいいだけです」
どら焼きさんは、しばらく動かなかった。
しかし――すこしして顔を上げた彼の目には、力強い光が宿っていた。
顔を左右に何度か振り、両方の頬を一回、強く叩いた。
鉢巻きを締める。
そこで、タイミングよく予鈴の花火が上がった。
「参る!」
腹に力を入れて大声を出し、どら焼きさんは一人、戦場にむかっていった。
……これでいい。
また小腹がすいてきたので、残りすくない饅頭に手をのばす。
あんこも、食べたそうに身を乗りだしていた。
「おんし……怖い奴じゃな」
一口食べて、あんこにちぎったかけらを与えようとしたところで、大福さんが呟く。
「人の心の使い方を、よう知っとる」
……意味がわからない。
理解できず、苦笑する大福さんを見ながら、首を傾げた。
「お集りの皆様にお知らせいたします!
すでに勝敗は決していますが、両陣営のご希望により、第三試合を行う運びとなりました!」
主審のスイカさんがアナウンスすると、会場中の観客が、わっと声を上げた。
……ここにきて、洋菓子側も騒がしくなってきたな。そのまましずかでいてくれればよかったのに。
お茶をすすったあと、ため息をついた。
「現れたな」
呟いた大福さんの視線の先には、アントルメ騎士団の白い制服を身にまとった人物。
先に出てきた四人と比べると、あきらかに異様だった。
眩しいほどの明るい金髪。
胸元に、いくつもの勲章をつけている。
「怒っておるのう……それもそうか」
大福さんは、表情を引きしめて声だけ楽しそうに言った。
相手をじっと観察する。
……やはり、わからない。
直接その姿を見ているのに、それでもなにか、奥歯になにかが挟まったような感覚がぬぐえない。
ヴィクトリアケーキでも、ガレット・デ・ロワでも、ない。
じゃあ、なにか。
華美な外見。濃厚もしくは重厚さ。絶対王者。
洋菓子。
「……フレジエ」
ピンときたものを口にしてみたら、今までで一番近づいたような感覚。
「なにか言ったか?」
「……いえ」
粕谷さんに好奇な目で見られて、言葉を濁す。
……戦闘スタイルも、判断材料。
ため息をつき、集中をといて力を抜いた。
「我が名は、ヴィクトリウス・ショルテンハイム! ピエスモンテを治めるガレオ王の忠臣である!」
洋菓子側の観客が、さらに沸きたった。
ピエスモンテ……瑞菓国のあちら側の言い方。
ヴィクトリウス氏は、むかい合って立つどら焼きさんに視線をむけた。
「貴様のような小者が相手とは。なめられたものだ……お前たちの長以外、我が敵ではない」
「…………」
彼の安い挑発に、どら焼きさんはまったく乗らなかった。
集中している。
「よろしいですか?……では、最終戦、第三試合――始めっ!」
スイカさんが号令を言いおわるが早いか否か、どら焼きさんが走りだした。
「はぁぁっ!」
木刀を振りおろす。
ヴィクトリウス氏が、片手にもった木刀で受けとめる。
……片手か。
反動で、どら焼きさんは背後に跳ぶ。
ヴィクトリウス氏は、後ろに数歩よろけた程度だった。
パワーもフィジカル面も、あちらが上。
正攻法はとるべきじゃない。
「小者に用はない」
ヴィクトリウス氏が、一気に間合いをつめる。
どら焼きさんは、木刀をかまえて強く踏ん張った。
そこからは、相手の猛攻撃が続いた。
「押されている……なにか指示を出したほうがいいのでは?」
「ふむ……」
若干眉を寄せて言った羊羹さん。
それに応じるように、大福さんがあごに手を添えて考えながら、こちらを見る。
湯飲みを傾けてから、口を開く。
「必要ありません」
「しかし、このままでは……!」
粕谷さんが、不安げにのぞきこんでくる。
空になった湯飲みを置き、戦場をまっすぐ見つめながら言った。
「問題ありません」
今指示を出すのは、デメリットのほうが大きい。
見守るのが最適解――と、考えた直後。
ヴィクトリウス氏が、どら焼きさんの木刀を弾きとばした。
「降参せよ」
「なんの……! まだまだじゃい!」
素手で突っこんでいくどら焼きさん。
ヴィクトリウス氏が、木刀をゆっくり上げる。
――瞬間。
どら焼きさんが、ヴィクトリウス氏の股をくぐって背後をとった。
「どうした! わしはこっちじゃ!」
どら焼きさんは、すぐにまた走りだした。
しかし、ヴィクトリウス氏が彼の進行方向に立ちふさがる。
……フレジエに、あんな軽さはないはず。
やはり、違うのか。
「無駄な時間だった」
素早く振るわれる木刀。
それを――どら焼きさんが、真剣白刃取り。
木刀だけど……いったな、手。
ヴィクトリウス氏が、ほんのわずか身を引いた。
「わしは……っだれが、相手じゃろうと……っ引かーん!」
どら焼きさんが、ヴィクトリウス氏の手元を蹴りあげた。
一瞬宙に浮いた木刀を、どら焼きさんが奪う。
上にむかって払うように振った。
ヴィクトリウス氏の胸元につけられている勲章の一つが、真っ二つに割れて砕ける。
どよめく、両陣営の観客。
特に洋菓子側からは、悲鳴に近い声。
どら焼きさんが、蹴りとばされる。
その手から落ちた木刀を、ヴィクトリウス氏が拾った。
彼の顔には――静かな怒りが浮かんでいた。
垂れながされる殺気。
僕は、横を見た。
そこにいたはずの大福さんの姿が、消えている。
……あんなに早く走れたんだな。
「小者ごときが……我になにをした!」
木刀を両手で掲げて、突きさそうとする。
どら焼きさんは、動けない。
「そこまでっ!」
戦場に出ていた大福さんの、よく通る声が響きわたった。
ヴィクトリウス氏の手が止まる。
その隙に、大福さんが素早くどら焼きさんとの間に入った。
「勝負はもうついておる」
「邪魔だ。失格となるぞ」
「これ以上抵抗できん者をいたぶる気か。上に立つ者の所業とは思えんな」
大福さんとヴィクトリウス氏が、間近でにらみ合う。
不毛な時間がすぎ、たまりかねたヴィクトリウス氏が主審のスイカさんへと視線を送った。
慌てたスイカさんが、他の審判を呼びよせて審議をはじめる。
「なにも出ていかなくても……」
みたらし団子さんが、困惑した様子で胸元に手を添え、呟いた。
……ああでもしなければ、ヴィクトリウス氏は止まらなかった。
名誉を傷つけられるのを嫌う性質。予想どおりだ。
ざわり、と会場から声が上がったので見ると、副審の二人が散っていた。
スイカさんが、顔を引きしめる。
「最終戦、決着! 勝者、アントルメ騎士団!
今回のグラサージュ・マッチもとい双甘大試は……甘誠組の勝利!」
スイカさんが片腕をあげて、宣言。
会場はしばらく静まりかえっていたが、一気に沸きたった。
和菓子側は、歓喜の声。
洋菓子側は、抗議している声。
……うるさい。
片耳に指を入れて軽く動かしていたところ、大福さんが戻ってきた。
どら焼きさんの体を支えるように、肩に腕をまわしている。
「戻ったぞ。ほれ、大丈夫か?」
「……っはい」
ゆっくりと椅子に座らされたどら焼きさんは、大きく息を吐いたのち、床に正座した。
「申し訳ありませんっ! あと一歩、と思ったところで……っ慢心してしまいました!」
「よせ。謝るな」
土下座したどら焼きさんのそばにしゃがんだ大福さんが、彼のボロボロの手をとって、顔を上げさせる。
「謝るのは儂らのほうじゃ。正直、あそこまで善戦するとは思っておらんかった。が……」
言葉を切った大福さんが、僕を見る。
「蜜森だけは、違ったぞ」
「……っえ?」
「おんしが押されているとき、なにか指示を出したほうがいいかと思ったが……
蜜森は、『必要ない』と言いきった。
弥太郎なら必ず巻きかえせる――そう信じておったんじゃろ?」
はっとして、全員が僕を見つめる。
……違う。
けど、訂正する必要はなし。
無反応でいると、泣きそうな顔のどら焼きさんが、こちらに体をむけてまた土下座した。
「かたじけない! 勝てなくてすまん!」
「……いえ。こちらにも想定不足な面があったので」
饅頭でいっぱいになった腹をさする。
……帰りは早足で帰ろう。今回の件の振りかえりもきちんとしないといけない。
椅子から立ちあがり、未だに顔を伏せているどら焼きさんの前にしゃがむ。
あんこが触手をのばして、彼の頭をポンポンと慰めるように軽く叩いた。
それで顔を上げたどら焼きさんに、一言。
「ここが本物の戦場ではなくてよかったです」
途端、顔を引きつらせたどら焼きさんから離れて立ちあがる。
アントルメ騎士団側の控え場所を見ると、すでにほとんどの人が撤収していた。
……フレジエ団長(仮)。
彼の正体を突きとめるのは、今後の最優先課題だ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
これで10話になりました!
フレジエ団長(仮)の正体が明らかになるのは、もう少し先になります。それまでどうぞお楽しみに!
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