第43話 潜入先はネズミレース
昼間だというのに、酒が入っているのか、赤い顔をした人をちらほら見かける。
《アル、暑い……》
オレは慌てて服の内側にいるツバキに涼しい風を送る。
《涼しくなった》
「大丈夫?」
派手というか、いっそケバケバしいともいえる女性が声をかけてくる。
「ああ、問題ないよ。ロミー」
どうしてこうなったのか。それは、支配人とのお茶会に遡る。
支配人が冷めたお茶を入れ直してから、口を開いた。
「まだ、9点の美術品が見つかっていません。手がかりとなるディーターが逃走したままなのです」
聞けば、ディーターはエドガーに追われた後、そのまま行方をくらましているそうだ。
「そこでジルバーシュタイン様にお願いがあるのです」
オレにできること?
「逃走先を猫に聞くということですか?」
途方もないことじゃないかな? あれ、でもディーターは猫からしたらかなり臭いから、それを聞いてまわれば……。
いや、だめだ。臭すぎてディーターから猫たちは逃げていた。
考え込むオレを見て、支配人はおやっという顔をした。
「できるのですか?」
「無理です!」
「そうですか。5日後にディーターが現れる可能性が高い場所があるので、猫にディーターの臭いが残っているかだけ確かめてもらいたいのです」
「確かめた後は?」
「自警団も潜入していますから、そちらに伝えてもらうだけです。危険は少ないと思います」
「あたしも行くよー。」
ローザが手をあげる。
「化けるだけなら、エドガーでいいんだけど。猫の言葉はわかんないからね」
そうして五日後、オレとツバキは、ローザ改めロミーと一緒にネズミレースの賭場へ行くことになったのである。
あの日ディーターのポケットからはみ出していたのは、ネズミレースの投票券だった。
勤め先のミューラー・エコロジーでも、ディーターはネズミレース好きは周知だったそうだ。
特に今日は、ネズミレースグランプリ、通称MGⅠが行われる。
ネズミレース好きなら絶対はずせないレースだ。
ディーターが来ないはずがない。
しかし、ネズミレースの賭場に堂々と猫を連れて行くわけにはいかない。
そこでオレの体にフィットする猫用バックが用意された。
背中側ではなくお腹側に袋がくる、いわゆる逆リュックだ。
肩だけに負担が行かないように腰にもベルトがついている。
ツバキが重いから助かる。最近肩が辛かったんだよなー。
そしてその上から上着を羽織ると腹だけ出た男の出来上がりである。
バランスと変装を兼ねて、口ひげをつけ、口の中には綿まで含ませられた。
ケバケバしい女性の恰好をしたローザと並ぶとホステスと客といった感じに見えた。
初めてくる賭場の雰囲気にオレはついきょろきょろと見回してしまう。
「もう!おじさまったら。ネズミレース初めてなのね!!ねーねー、ネズミ券買ってみましょうよ!!」
そんなオレをローザは、上手くなじませてくれている。
設定としては、ロミーにねだられて賭場につれていかれたパトロンあたりだろうか?
ローザは本当にネズミ券を買っていた……演技だよね?
「ほら、レース始まっちゃう。一番前で見よう!!」
オレをぐいぐい引っ張っていくローザ。
ネズミレースは、ゴールにネズミのおやつを置いて、どのネズミが一番にたどり着けるかを当てるものだ。
ただし、コースの形は様々だ。
直線でよーいどんのものもあれば、迷路になっているもの、障害物があるもの、ロープを伝って登っていくものまである。
コースのバラエティが人気を呼んでいるのだろう。
「このコースなら、足の速いネズミが有利ってわけじゃないんですよ」
近くにいた玄人らしき男性が、連れに説明している。
「ネズミのスピード、力、知力。それぞれの能力がコースに合っているか。そして何より、やる気があるかどうかが大事なんです」
なるほど。
ただのネズミのかけっこではないらしい。
ローザが賭けたレースは、迷路タイプだった。
大きな木枠が迷路になっている。上にガラスのフタがあり、迷路をさけることができない作りになっている。
木枠への入口が開くと6匹のネズミ達が殺到していく。
「右側有利なコースだな。3番と6番は右に行くクセがある」
近くで誰かが解説をしている。
確かに突き当たりに行くたびに右に行くネズミと左に行くネズミがいる。
あ、このコース左に曲がり続けるとループすることになるなー。
そこにハマって回り続けるネズミがいた。
右に曲がり続けると遠回りだが確実にたどり着ける。
左に曲がり続けるとループにハマる。
ループに入って最初の分岐を右に行った場合がゴールに一番近いのだが、クセがあるとはそういうことなのか。
3番と6番は順調に進んでいっていた。
他の4匹はループにハマったようだ。
オレはローザのネズミ券を見る。3番だ。6番より3番が先行している。
ローザは柵を握りしめて叫んでいた。
「そのまま行け―!!」
3番と6番がゴールに近づいていく。
そのとき、ループにハマっていた4番が、突如分岐を右に曲がった。
そこからは早かった。
3番と6番、4番の道はゴール前まで合流しない。しかし、4番のコースのほうが近い。
最初にゴールに飛び込んだのは4番だった。
「ああああああああああ!!」
ローザがネズミ券を握りつぶした。
《ポマードの奴、臭い、する?》
オレはツバキに聞いた。
《しない》
この賭場は結構広い。
「ロミー。移動しよう」
「次のレース買うわ!!」
……絶対目的忘れているよね?
係員たちが大声でアナウンスを始めた。
「まもなくネズミレースグランプリのパドックが始まります!!」
ディーターの目的と思われるレースだ。パドックってなんだろう。
近くにいる係員に聞いてみた。
「あのー、パドックって何ですか?もうレースが始まるのですか?」
係員は慣れた様子で説明してくれた。
「パドックは、大きなレースの場合、レース開始2時間前から行われ、出走ネズミの様子をご覧いただけます。
こちらは出走ネズミ一覧です。宜しかったらご利用ください」
一枚の紙を手渡された。
「ネズミ券はレース開始15分前までにお買い求めください。尚、グランプリの場合はオッズは30分ごとに更新したものが貼りだされますのでご参考にされてください」
そういうと係員は再び、声を張り上げパドックの案内を始めた。
ディーターがパドックに現れる可能性は高い気がする。
どのネズミ券を買うか吟味するローザの元にオレは戻り声をかける。
「ロミー」
「なによ!今、真剣に考えてるんだから邪魔しないでよ!太鼓腹!!」
太鼓腹……ツバキ腹だよ。ねぇ…本当に演技だよね?
オレは運動頑張ろうと少しだけ思った。
「グランプリのパドックがあるから行かないかい?」
ローザはパッと顔を上げて一言。
「行く!!」
目的忘れているよね?オレはローザに懐疑的な視線を向けた。
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