第42話 冷めた紅茶と事件の真相
支配人との約束の日になった。
お茶をする場所だが、マダムとの約束もあったので劇場にしてもらった。
もちろんツバキもカバンの中だ。
裏口にある従業員入口を目指す。
従業員入口には事務員らしき女性が立っていた。
「ローザだよね?」
どこにでもいそうな女性が、一瞬にして大女優に変わる。
「バレちゃったー?」
どこでわかったんだろう、と小さくつぶやくローザに、
「いや……同じ場所で同じ格好じゃないか」
「まあ、そうだね。ヨシアスのところに案内するね」
と言ってオレに背を向けたと思った瞬間、ぐるりと向きを変えて、ローザは深々と頭を下げた。
「アル。ありがとう。感謝しています。おかげで劇場は無事です」
良かった。
「ゼラアム皇国に行きそびれちゃったわ」
顔をあげたローザは、嬉しそうに笑った。
ローザに案内された場所は日当たりのよいサロンだった。
日の当たる床にクッションが置かれ、その上にはマダムが丸くなっていた。
「マダムは高いところにあがるのを嫌がるのですよ。たぶんジャンプ力もなくなっているのでしょうね」
お茶をのせたトレイを片手に支配人がサロンに入ってきた。
オレはマダムに話しかけた。
《マダム、遊び、来た》
《ふん、あんたたちのせいで、あたしゃ支配人の遊び場から追い出されたっていうのに》
「あのー、大道具部屋からマダムが追い出されたっていっていますが……」
支配人は困ったような顔をしながら、
「ああ、大道具部屋の中を調べるために、中の物を全部出したんですよ。それでマダムも追い出されたと思っているんでしょうね」
うーん。
《ポマードの奴、宝、隠す、悪い、捜す、必要》
《それがあたしに何の関係があるっていうんだい!!》
マダムはしっぽをばちんばちんと床にたたきつけた。ご立腹だ。
「捜査が終わったら、マダムは戻れます?」
支配人はちょっと考えてから、
「そうですね。捜査が終わったら、マダムには戻ってもらいましょう。マダム用のベッドも置くと伝えてもらえますか?」
《捜す、終わる、マダム、ベッド、プレゼント》
《あーん?》
オレのつたない猫語がわかりにくいらしい。ツバキがおそるおそる顔を出して通訳してくれた。
《マダムのいた場所で探し物が終わったら戻れるって。マダム用のベッドも置くんだって》
《ふーん。あたしゃ木の香りが好きなんだよ。クッションだけじゃなくてカゴも用意しろって伝えな》
マダムのしっぽの動きが止まった。興味はあるようだ。
「マダムは木の香りが好きだから、ベッドにはクッションだけじゃなくてカゴも用意して欲しいっていってます」
支配人はにっこり笑って言った。
「承知いたしました」
《支配人、承知》
《はん、じゃあ、あんたはマッサージしな》
オレは床に座り、マダムが満足するまでマッサージをすることになった。
終わったときにはお茶はすっかり冷たくなっていた。
オレが席についたところで、支配人が今回の事件のあらましを教えてくれた。
――贋作入れ替え事件について
実行役は、回収業者のディーター・シュルツと、大道具係見習い、雑用係の三人だったそうだ。
あの後、大道具部屋の中から他の美術品が見つかることはなかった。
ただ、回収業者に連絡していた雑用係を調べたことで、大道具係見習いもグルだったことが芋づる式に判明した。
手口はこうだ。
まず、ディーターが回収品に紛れ込ませて贋作を劇場に持ち込む。
それを大道具係見習いが書き割りの裏に隠す。
雑用係は、美術品の出し入れがある日を調べていた。
金庫が開いている隙にディーターが劇場内に潜み、十九時の施錠確認が終わるのを待つ。
施錠確認が終わると、ディーターが金庫の中から扉を開け、残りの二人を呼び込む。
大道具係見習いと雑用係が金庫の中から作品を探し、贋作と入れ替える。
そして、本物の作品はディーターが回収品に紛れ込ませて持ち去る。
ただし、金庫内の置き場所に目星がついていない場合は、その日は何もせずに帰る。
本物の作品は書き割りの裏に隠しておき、後日、雑用係が大道具の不用品を回収してもらうという名目でディーターを呼び出す。
そうやって、大道具部屋から作品を持ち出すつもりだったらしい。
今回見つかった作品は、数日前まで美術館にあった。
そのため、金庫の中での置き場所に目星がつかなかった。
そこで、書き割りの裏に隠していたそうだ。
ところが、雑用係がディーターを呼ぶタイミングを計っている最中に、賓客が贋作を見破るという事態が発生した。
劇場は休止となり、雑用係も大道具係見習いも休みになった。
そのため、ディーターを呼ぶタイミングを逸していたらしい。
そして今回、たまたま支配人がディーターを呼んだ。
ディーターにとっては、作品を回収する絶好のチャンスだった。
そこで大道具部屋に忍び込んだところ、オレたちと鉢合わせた。
ディーターは、そのまま逃げ出したというわけだ。
――
ここまで話してから、支配人はお茶を口にして一息つく。
「なんでこの事件が新聞に載っていないのか不思議に思われたでしょう?」
……あー、そういえば。マネージャーが容疑者だという記事は載っていたのに、その後は一切ないな。
――新聞に載らなかった理由
劇場はゼラアム銀行から融資を受けていた。
融資の担保となっていた美術品は10点。
全て今回の贋作にすり替えられたものであった。
贋作を用意したのは銀行関係者だと雑用係が口を割った。
つまり、美術品を担保に融資を行い、その美術品を盗むことで、融資の即日返済を迫る。
銀行側が仕組んだ、自作自演だったらしい。
――
さすがにオレはあっけにとられた。
「これが明らかになれば、ゼラアム銀行はつぶれます。だから黙る代わりに融資は返済期限が無期限になりました」
支配人はそういうとお茶をすすった。
「というのが、今回の落としどころですね」
すでにお腹いっぱいになってきたよ。まだ、あるんだろうか。
「本当の黒幕はゼラアム皇国だと思っています」
「ええー?」
ローザが驚く。彼女も知らなかったんだ。
支配人は頭が痛いとでもいうように、額に手を当てた。
「ゼラアム銀行の出資はゼラアム皇国ですよ。名前でおかしいと思いませんか?」
「そうなんだ?」
支配人はいよいよ頭を抱えて、
「ゼラアム皇国の皇族はあなたにご執心でしたよね。今回の融資から贋作まで、おそらく全部があなたを専任にするための策略ですよ」
「え?え?え?」
「ちなみに贋作を見破ったっていう来賓もゼラアム皇国の貴族です」
ローザの口はぽかんと開いたままになっている。オレも似たような状態だけど。
「金でなびけばよし。ダメなら劇場をつぶしてしまえばいい、ってところでしょうかね。たまたま最後の作品を持ち出す前に贋作を見破ってしまって、たまたま猫の言葉がわかる人が見つけたという偶然がなかったら……あなたゼラアム皇国に行っていたでしょう?」
ローザ顔がみるみる青くなっていく。
「薄々思ってましたが、わかってなかったのですね。まあ、銀行は口を割らないでしょうけど」
いまさらながら、危ない状況だったんだな。
オレは冷たくなった紅茶を口にした。
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