第41話 バイトが終わったらダイエット
手前にある書き割りを移動させ、奥の書き割りまでの道を空けた。
エドガーが大きな書き割りの後ろを覗き込んで手を突っ込んだ。
「何かあるな。これかな。んー」
エドガーは手を引っこめると、
「布に包まれた何かがある。結構大きい。これ動かすしかない。ヨシアス、反対側を持ってくれ」
二人がかりで書き割りをずらし、空いた隙間にエドガーが潜り込んでいった。
「うっ、ホコリっぽい…」
咳き込みながらエドガーは奥から大きな平べったい包みを引きずり出してきた。
支配人はその包みを受け取ると大道具部屋の作業机にそっと運んだ。
布をはずすと予想通り1枚の絵画が現れた。
「……」
支配人は絵画を裏返すと丁寧な手つきで額縁を外していく。
額縁を外して絵の裏側を見たあと、ほっと息を吐いた。
「間違いなく、本物の絵です」
ほこりを払っていたエドガーが、
「え、ヨシアス。わかるの?」
「真贋判定はできないですけど、額縁は私が作ったものですし、本物はキャンバスの裏側に鑑定のために少し切った跡があるんですよ。それを確認しました」
「じゃあ、本物はここに隠されていたって訳か。でもあの書き割りの裏にはこれしかなかったぞ」
支配人は、うんざりした顔で大道具部屋を見回した。
「他に隠されているか、すでに持ち出されているか。いずれにせよ、全部片づける必要がありますね」
その言葉にエドガーの顔がひきつった。
「エドガー。警備員を呼んでください。あと現物が出たからには回収業者のディーター・シュルツを取り調べできるでしょう。自警団にも連絡を入れてください。私は警備員が来るまでここで見張っています。それから、回収業者に連絡を入れていた者と、その前に金庫の鍵を開けた者を調べます」
「わかった」
部屋を出ていこうとするエドガーに支配人は、
「それが終わったら、ここに戻ってきてくださいね。やらないといけないことがたくさんありますから、今日は帰れると思わないでくださいね」
支配人の言葉にエドガーは肩を落とした。
「……行ってきます」
オレはどうしたらいいんだろうか?
とりあえずツバキの肉球を揉みながら支配人を見た。
支配人はそんなオレを見て、
「ジルバーシュタイン様は、警備員が来たら出口に送っていきますので、あなたの仕事は終わりになります」
確かに。オレ、ツバキの肉球揉むしかすることないや。
「猫から情報を集めるって聞いたときは神頼みぐらいのつもりだったのですが、まさか犯人の糸口まで掴めるとは思ってもいませんでしたよ」
「オレじゃなくて、猫たちが協力してくれたからですね。ツバキも」
名前が聞こえたからか、ツバキがカバンから顔を出す。
《おやつの話?》
《違う》
当てがはずれたツバキは、カバンに潜り込んでいった。
支配人は穏やかな笑みを浮かべながら、
「事件が片付いて、劇場が再開したらチケットをお送りします。その後にでも事件の顛末を話したいのでお茶に付き合っていただけませんか?」
「もちろん。マダムにマッサージをする約束しましたしね」
大道具部屋にやってきた警備員と入れ替えに、支配人に見送られながらオレは劇場を後にした。
こうしてオレは二日間のバイトを終えたのだ。
思ったより疲れていたのだろう。オレは夢も見ずに眠った。
コン、コン、コン
「坊ちゃん、起きていらっしゃいますか?」
いつも通り返事も待たずに、ハンナがドアを開けた。
ツバキに朝食をあたえたあと、二度寝していたオレは、ハンナが来るまで起きなかった。
「まあ、なれない仕事で疲れたからって、もう日も高いですよ」
ハンナはテキパキと部屋を片付けていく。
《ハンナー。ごはんー。おやつー》
ツバキはハンナの足にまとわりついて、「ごはんがまだです」アピールをやっている。
「ツバキちゃん。ごはん食べてますよね。おやつはあげられませんよ」
しかし、ハンナは騙されない。
ふて寝を決め込もうとするツバキを、ハンナが猫じゃらしで呼び止める。
ツバキは寝転がったまま、前脚だけを動かしている。
「なかなかツバキちゃんのダイエットの効果は出ませんね。……むしろ悪化」
ハンナはツバキのお腹をむにむにと触りながら確認している。
「坊ちゃん、猫たちへの調査用のおやつ、余った分をあげたりしてないですよね?」
「ああ、残りはカバンからまだ出してないよ」
何か忘れているような……。
ハンナはカバンを開けて、猫のおやつの袋を取り出した。
赤いリボンのついた袋と、オレンジのリボンのついた袋のふたつを。
あ……。
「坊ちゃん。こちらの普通の猫のおやつはだいぶ減っているようですが、ツバキちゃん用は手つかずですね?」
袋の音に反応して、ツバキがハンナの足にまとわりつく。
《おやつー? おやつー?》
オレ、ずっとツバキにダイエット用じゃないおやつ与えていたかも……。
「坊ちゃんも体を動かすべきですね」
こうして、オレとツバキはハンナの指導の下、運動に励むことになった。
数日後、オレは新聞である記事を見つけた。
――劇場の再開決定! ローザ・オイラー「次はミステリーに挑戦したい」
それと一緒に、一通の手紙が届いていた。
送り主はヨシアス・イルク。支配人だ。
公演中はゆっくり話す時間が取れないため、公演前にお茶でもどうかという誘いだった。
それと、また相談したいことがあるとも書かれている。
その際に、公演のチケットも渡したいとのことだった。
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