第39話 爪とぎ板と金庫の音
ばりばりばり……。
支配人が崩れ落ちた。
地下の大道具部屋の猫を探すオレたちが見たのは、材木で爪を研ぐノアルの姿だった。
「あの木材……高い奴……」
あー、猫に値段はわからないからね。
木材の確認に必死な支配人を放置して、三毛猫マダムを探す。
オレはノアルに聞いてみた。
《ノアル、ばあちゃん、知らない?》
《んー、ばあちゃんならそこにいるよー。ところで支配人はどうしたのー?》
ノアルの示した方向に木くずの山で眠っている小さな三毛猫がいた。
《ノアル、爪とぎ、支配人、大事なもの、支配人、悲しい》
《そうなんだ。でもこれ爪研いでみたけどいまいちだったよ。もう使わないよ》
……悲しいなぁ。オレは支配人に伝えた。
「ノアルに支配人の大事な木材で爪を研いでしまって支配人が悲しんでいると伝えたところ、もう使わないといっています」
「そうですか。ノアルはいい子ですね」
支配人は優しくノアルを撫でた。
オレは嘘は言っていない。
《マダム、起きて、欲しい》
三毛猫のマダムは、目を薄く開けてオレを見た。
《あんた猫の言葉わかるん?》
《少し》
《ふーん》
そう言うとマダムはまた目を閉じた。
《マダム、話、聞かせて、願い》
おっくうそうに目をあけてマダムは一言。
《やだよ》
取り付く島もないマダムに、ツバキが口を出した。
《お話してくれたら、おいしいおやつもらえるよー》
マダムはちらりとツバキを見て、
《この年になるとね。そんなに食欲ないのさ。それに臭いもほとんどしないしね》
無敵のハンナおやつが効果ないとは、さて、どうしよう。
《うう……情報集められなきゃ。ニャーのおやつが……》
ツバキ、心の声漏れてるよ。
《ねぇねぇ、マダム。何か欲しいものないの!話と引き換えにお願い!!》
必死なツバキにマダムは心底面倒くさそうに、
《はぁ~。うるさくて昼寝もできやしない。そうさね。最近毛づくろいが覚束ないから、綺麗にしてくれるかい?》
《マダム、お風呂、入る?》
綺麗になりたいってことは……。
《馬鹿言うんじゃない!!!風呂なんてごめんだよ!!毛づくろいしろって言ってるんだろうが!!》
すごい剣幕で怒られた。
マダムの声にエドガーが心配したように、
「なんかすごい声で鳴いているけど、どうしたんだい?」
「あー、おやつは入らない。話する代わりに毛づくろいできてないから綺麗にしてくれと言われたのでお風呂提案したら、激怒されました……」
エドガーはポカンとした後、吹き出した。
「あはは……。そういうことなら、これ使う?」
エドガーは懐からブラシを出してオレに渡してきた。
《はぁ、いいねぇ。そこもうちょっと力入れて》
オレはマダムの指導の下、ブラッシングを兼ねたマッサージをさせられた。
《最初は面倒だと思ったけど、なかなかいいじゃないか。何が聞きたいんだい?》
オレがマッサージを終えると、マダムは一転してご機嫌になった。
オレはちょっと手がつりそうだったけどね。
《ポマードの奴、ここ、来た? 何、してた?》
マダムは少し思い出すようなそぶりをしている。
《白黒猫、ポマードの奴、来た、ここから、逃げた、覚え、ある?》
《白黒の猫がポマードの奴が来たから逃げ出した日があったんだけど、その時マダムが中にいたっていってたの。覚えてない?》
おお、ナイスだツバキ。ツバキはオレにどや顔を向けてきた。
《ああ、思い出したよ。ブチが爪とぎ蹴とばして出ていったときだね》
白黒猫はブチと呼ばれているのか。マダムは思い出すように目を閉じた。
眠ってないよね?
オレがちょっと不安になったあたりで、マダムは目を開けた。
《ポマードの奴は、そこの奥に入ったっきり、夜まで出てこなかったよ》
途中寝てないよね?
《あんた!!あたしが途中寝てたって思っただろ!!ここは【ぎぎぎぎぎ】って音が響くんだから、いくらわたしでも気づくよ!》
《ポマードの奴、他、何、してた?》
《知らん》
ちょっとマダムの機嫌が悪くなったようだ。オレは慌ててマダムの肩の辺りをもみほぐす。
《夜、他、何か、あった?》
《夜に他に何か気になることとかあった?》
《そうさねぇ、ポマードの奴が出ていった後、人間が何人か奥に入っていったよ》
おや?
《その人間がねぇ。あたしのいるとこに爪とぎ投げつけて帰りやがった》
ちょっとオレの腕に爪ささってるって。
《爪とぎ?》
《あれよ!!気分悪い。あたしは眠るからもう話しかけんな》
マダムが示した方向には木材の切れ端が落ちていた。
真ん中あたりに押したような凹みがある。
マダムに聞こうとしたが、話しかけるなとばかりにしっぽを打ち付けている。もう今日は聞き出せそうにはない。
エドガーがおずおずとオレに話しかけてきた。
「なんか、猫ともめてなかった? 話、聞けた?」
オレはエドガーにブラシを返しながら、
「マダムは少し気難しくって。ちょっとメモにまとめますね」
――マダムの証言
ディーターは金庫のある部屋に夕方入ってから夜まで出てこなかった。
ディーターが夜出ていった後に数人の人が奥に入っていった。
奥にいった人が、木材の切れ端をマダムに投げつけていった。
注:マダムは【ぎぎぎぎぎ】って音が響くから、途中で出ていったなら気づくといっている。ただし、オレはマダムが途中で寝ていた可能性もあると思う。
こんな感じかな。オレは支配人とエドガーにメモを見せた。
二人がメモを見ている間にオレはマダムが投げつけられたという木材の切れ端を拾った。
表と裏の同じ位置に、線を引いたような凹みがある。
「なあ、それが投げつけたっていう木材の切れ端かい?」
エドガーが手を伸ばしてきたので手渡す。
エドガーはまじまじ切れ端を見た後、持ったまま奥の金庫へ向かった。
がしゃん。
ぎぎぎぎぎ。
ぎぎぎ…かつん。
ん?今の音。支配人も顔をあげた。
「今、何をしたのですか?」
オレと支配人は金庫へ向かうと、エドガーが頬をぽりぽり搔きながら、
「いやー、いつも金庫から運ぶとき扉がしまらないように、これ挟んでいたんだよね」
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