第38話 猫たちが聞いた奇妙な音
猫たちの日向ぼっこの場所を確認していると、猫たちがざわつき始めた。
《ポマードの奴が来たよ》
昨日も日向ぼっこをしていたクリーム色の猫が、嫌そうな顔で離れていく。
「ポマードの男が来たと猫たちが言っています」
「たぶん回収業者ですね。ジルバーシュタイン様、確認のため一緒についてきてください」
支配人が搬入口から外に出る。オレも続いた。
外から、よれよれのシャツを着た若い男が手押し車を押してやってきた。
「おはようございます。ミューラー・エコロジー社です。いつも通り回収いたしますね」
「よろしくお願いいたします」
確かに人間の鼻でもタバコに混じったツンとするような臭いを感じる。
《ツバキ、アレ、ポマードの奴?》
オレは小さな声でツバキに確認する。ツバキがカバンに鼻を押し付け、臭いを避けるようにしながら、
《臭い……金庫で嗅いだ臭いと同じ……》
支配人がちらりとオレの方を見た。オレはうなずく。
「いつもミューラー・エコロジー社にお願いしていますが、お名前伺ったことなかったですね。勤めてどれぐらいになられるのですか?」
支配人がさりげなくポマードの男に質問をする。
男は手押し車に植木鉢を詰め込みながら、面倒くさそうに答えた。
「ああ、ディーター・シュルツだ。2年ぐらいかな。作業やりにくいので、もういいですか?」
「失礼いたしました」
支配人は笑顔のまま、搬入口から室内に戻っていった。
オレも続いて室内に戻る。
「ツバキが金庫で嗅いだ臭いと同じだといってます」
「そうですか……ポマードの臭いにタバコが混ざっているのが人の鼻でもわかりました。同じ臭いのする人はいないのではないでしょうかね」
いまだに「臭い…」とつぶやき続けるツバキを、支配人はそっと撫でた。
「猫がいうポマードの男とは、ほぼ彼のことでしょうね」
さらに支配人は続ける。
「あと、ギャンブルもやってますね。ポケットからレースの投票券がタバコと一緒にはみ出していました」
エドガーがうなずきながら、
「窓から見てたけど、あれは値踏みしてるね。視線でわかる。回収したもの横流ししてるんじゃないかな。売れそうなものと売れなさそうなもので扱い方が違うね」
エドガーは何でそこまでわかるんだろう?
オレの顔を見て、エドガーは、
「役者だからね。表情も表現だ。見ればわかるよ」
支配人は顎に手を当て、考え込んだ。
「ポマードの男の正体はわかりましたが、彼が金庫で何していたのか。贋作と関わりがあるのか」
エドガーが口を開いた。
「でも、怪しすぎる動きはしてるね。贋作じゃなくても何か盗んでそうだよ」
エドガーの指摘に支配人は眉をしかめながら、
「売却する時に目録を確認しながら行いましたから、贋作にすり替えられたもの以外は確認できているのですよね」
オレは辺りを見回して、支配人の遊び場の証言をした猫を見つけた。
確かこの子は夕方見かけたと言っていた子だったな。
《ポマードの奴、支配人の遊び場、どれぐらい、いた?》
オレの片言に白黒猫は首をひねった。すかさずツバキが、
《ポマードの奴は、支配人の遊び場にどれぐらいの時間いたのかな?すぐに出てきたの?》
《ああ、入るところ見たけど出てくるところは見てないよー》
《ツバキ、音のこと、聞いて、頼む》
金庫を開けたときの音について、ツバキに尋ねてもらう。
《中から【がしゃん】【ぎぎぎぎぎ】って聞こえた?》
《うーんとね。【ぎぎぎ…】【ぎぎぎ…かつん】は聞いたよ》
かつん?知らない音がでてきたぞ。オレは慌ててメモを取る。
《あいつ臭いから扉の奥に入った隙に外に出たの。だからそれ以上は知らない》
扉の奥……金庫のことかな?
あと、夜の証言をした子は?オレはきょろきょろと辺りを見回す。
移動しようとしていた雉猫をあわてて呼び止める。
《待って》
雉猫は振り返って止まった。
《何?》
オレはツバキに目配せした。
《ツバキ、質問、頼む》
ツバキは心得たとばかりに雉猫にさっきと同じ質問をした。
《ポマードの奴は、支配人の遊び場にどれぐらいの時間いたのかな?すぐに出てきたの?》
《入るところは見てないよ。見たのは出てくるところ》
《中から【がしゃん】【ぎぎぎぎぎ】って聞こえた?》
《【ぎぎぎ…】【ぎぎぎ…かつん】だけかなー。支配人の遊び場に行こうとしたら、あいつが出てきたから行くのやめたんだ》
また、【かつん】だ。これ何の音なんだろう。
《ポマードの奴臭いから、みんな逃げるよ。ばあちゃんは鼻が悪いから平気みたいだけどさー》
《ばあちゃん?》
《ばあちゃんもよく支配人の遊び場にいるよ。爪とぎ板のとこでよく寝てるね》
白黒猫が話に混じってきた。
《あ、ボクは逃げ出したけど、ばあちゃんはポマードの奴が来ても支配人の遊び場にいたよ》
うーん、ばあちゃんを探してみるか。
振り返ると、支配人とエドガーが期待に満ちた目でオレを見つめていた。
「あ、ちょっと証言をまとめるので待ってくださいね」
ポマードの男はディーター。支配人の遊び場は大道具部屋。そう置き換えて……。
――猫たちの証言 大道具部屋
◆ 白黒猫 夕方
ディーターが大道具部屋に入ってきた。
聞いた音は【ぎぎぎ…】【ぎぎぎ…かつん】
ばあちゃんと呼ばれる猫が中にいた。
ばあちゃんは鼻が悪い。
ディーターが出ていったのは見ていない。
◆ 雉猫 夜
ディーターが大道具部屋から出ていった。
聞いた音は【ぎぎぎ…】【ぎぎぎ…かつん】
大道具部屋に入る前に外に出たのでその先は知らない。
◆ 金庫の音
【がしゃん】鍵を開ける音
【ぎぎぎぎぎ】扉が開く音
こんな感じかな。オレはふたりにメモを見せた。
「ばあちゃん……?マダムのことですかねぇ。高齢の三毛猫がいるのですが。あまり食事の食いつきがよくないのは鼻が悪いのかもしれませんね」
支配人には猫の心当たりがあるようだ。
「大道具部屋の爪とぎ板のとこでよく寝てるっていってますね」
支配人の顔が一瞬ひきつった。
「それは道具用の木材のことでしょうね……爪とぎにされているんですか」
支配人は肩を落とした。猫のやることだからあきらめてほしい。
エドガーは音に注目しているようだ。
「なんで音が違うんだろうね。何をやっていたのかな?」
マダムがいればいいけど、3人と一匹で地下の大道具部屋に向かうことにする。
《ねぇねぇ、何か忘れてない?》
ツバキがオレの袖に爪を立てる。白黒猫と雉猫もオレをじっと見つめている。
オレは赤いリボンの袋からおやつを取り出して3匹に与えた。
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