第37話 支配人の遊び場
翌朝、眠いとぐずるツバキをカバンに入れて劇場を目指す。
オレも眠たい。
裏口にある従業員入口の前に、ローザは……いなかった。
代わりに人型の男性の人形がある。かなり精巧な人形だ。
昨日はなかったな――――カクカクカクカク。
「ぎゃー!!」
人形がいきなり動き出す。何これ何これ。オレは必死に後ずさった。
《何何何!!!》
オレの悲鳴にツバキも飛び起き、全身の毛を逆立てる。
「すみません。驚かせちゃいましたか?」
人形がしゃべった―――!!
あれ、人形だと思ったのに人に戻る。
「アルさんですよね?ローザから起きれないから案内頼むって言われて」
先ほどまではどうみても人形だったのに、今は普通の人に見える。
「えーっと、あなたは?」
「エドガー・シェーン。ローザの同僚の役者です」
確か、ローザが言っていた容疑者の一人だったよね?
「ふふ、怪人役が十八番なんですよ。どうでした?」
「すっごく怖かったです!!」
ツバキの毛も逆立ったままだ。エドガーは無機質な目で口角を上げ、にやりと笑う。
その怪人スマイルやめて――。本当に怖いって。
「今週の猫の餌やり当番は僕なんですよ」
怪人の演技をしていないエドガーは普通の好青年だった。
昨日案内された場所に着くと、エドガーは手早く猫の餌皿を回収していく。
「なにか手伝いますよ」
「あ、ではフードを適当に皿に盛りつけてください。量はこれぐらいで」
エドガーは納戸の中から未使用の皿とフードの入った袋を取り出し、テーブルの上で見本とばかりにフードを適量、皿に盛り付けた。
「僕は皿を洗ってきます。すぐ戻るので」
オレが言われたとおり猫の食事の準備をしていると、音を聞きつけたのか、猫たちが部屋に入ってきた。
《あれー?知らない人がいる?》
《誰?》
《新入りー、ごはんちょうだいー》
オレ、新入りと思われているのか。
《オレ、手伝い、ごはん後、話、聞く》
猫たちは目を丸くした。
《新入り。猫の言葉がわかるのか?》
《少し、わかる》
《おー、優秀な新人だな。じゃあ、カリカリじゃなくてウェットな奴を多めに出してくれる?》
猫たちは好き放題言い出した。いや、オレ新人じゃないから。
「猫たちは何て言ってるんだい?」
戻ってきたエドガーが興味深げに聞いてきた。
「オレのことを新人と思っているみたいですね。猫の言葉がわかるんだったらカリカリじゃなくてウェットなやつを多めに出してほしいって言っています」
「あー、今日はないよ。というかこの時間はいつもカリカリだけだよ。置き餌にするから」
オレが猫たちに伝えようとしたときに、カバンからツバキが顔を出した。
《アルは新人じゃない!!ニャーの乗り物なんだから!!》
……オレ、乗り物なんだ。
猫たちがごはんを食べて落ち着いた頃を見計らって、オレはツバキに事前に頼んでいた質問をしてもらった。
《注目――。聞きたい話があるの。教えてくれたら、すっごくおいしいおやつもらえるから》
《おいしいおやつって何だよ?》
《それはね、アルが持ってきてるの。しっとりさくさくで、中からふわーって……》
ツバキ、よだれでてるって。ツバキの様子を見て、猫たちは興味を引かれたようだ。
《それで何が聞きたいんだよ?》
《ポマードの奴を最近見かけたって猫いるー?》
ポマードの奴と聞いただけで、猫の大半がうんざりした顔になっている。よっぽど臭いんだな。
《見たよー》
《誰が食事当番だったとき?》
エドガーから週ごとに食事当番が交代していると聞いたので、これでおおよその時期がわかるはず。
《監督だった》
《その前の日の当番は?》
《監督》
《じゃあ次の日は?》
《支配人》
《ポマードの奴をどこで見かけたの?》
《日向ぼっこの場所ー》
《支配人の遊び場》
オレは慌ててメモを取る。あとでそれがどこか確認しなきゃ。聞きたいことをツバキに指示する。
《場所、太陽、どこ?》
《日向ぼっこの場所で見かけたとき、太陽はどのあたりだった?》
《昇ってきて、一番上まできてないとき》
ツバキは支配人の遊び場で見たという猫に聞く。
《支配人の遊び場で見かけたとき、太陽はどのあたりだった?》
《もうすぐ沈みそうだったよ》
他の猫が割り込んできた。
《ボク、太陽が見えないときに支配人の遊び場で見たよー》
ん?同じ場所で違う時間に見たということか?
《ポマードの奴、ひとり? 荷物、ある?》
ツバキに次の質問の指示を出す。
《ポマードの奴ってひとりだった?何か荷物を持っていなかったかな?》
日向ぼっこの場所で見かけたという猫は、
《ひとりだったよー。色々外に持って行ってたよ》
支配人の遊び場で見かけたという猫は、
《うん、ひとりだった。何も持ってなかったよ》
《ボクが見た時もひとりだった。手ぶらだった》
ちょっと整理しなきゃいけないな。
オレは赤いリボンの袋からクッキーを取り出し、猫たちに配った。
もちろんツバキにも。
《!!!!》
猫たちは一心不乱にクッキーにかじりついていた。
「何かわかったのかい?」
エドガーがオレのメモを覗き込んできた。
「整理しますね。猫の言葉だから、そのままじゃ意味がわからない」
――猫たちの証言
【ポマードの男を目撃した日】
食事当番は監督だった。その前の日も監督、次の日は支配人である。
【目撃した場所・時間・人数・荷物の有無】
・日向ぼっこの場所、太陽の位置が昇ってから一番上までいっていない、ひとり、荷物を運び出した
・支配人の遊び場、日が沈む前、ひとり、手ぶら
・支配人の遊び場、太陽が見えないとき、ひとり、手ぶら
メモを見たエドガーは、
「なるほど具体的な日にちがわからなくても当番が誰だったかで特定できるね」
当番表を引っ張り出してきた。
「おそらく10日前だな」
メモに10日前と書き足した。
「あとは日向ぼっこの場所、支配人の遊び場ってどこだろう」
猫の食事時間に合わせて聞き込みをすると伝えていたからか、ちょうどいいタイミングで支配人が様子を見に来た。
「おはようございます。何か情報は得られましたか?」
「ちょうど良かった」
支配人にメモを見せた。
「この支配人の遊び場って心当たりありませんか?」
「私の遊び場ですか……?」
どうやら心当たりはないようだ。
「猫に案内してもらえたりしないか?」
エドガーの提案に、
《日向ぼっこの場所、支配人の遊び場、どこ?》
猫たちに聞いてみた。
《今から日向ぼっこに行くから着いてくる?》
「そこの白黒の子が今から日向ぼっこに行くそうです」
《支配人の遊び場、行く、いない?》
どうやら、そっちはいないようだ。
おやつを食べた後はカバンに潜り込んでいたツバキが顔を出した。
《支配人の遊び場に案内してくれたら、おやつ出るよー》
猫たちは一斉に、ぐりんとこっちに顔を向けた。
「あー、これはツバキが支配人の遊び場に案内したら、おやつが出ると言ったから。たぶん、全部の猫がそっちにいきますね」
やる気満々の5匹の猫の後ろを3人と一匹はついていくことになった。
5匹の猫に連れられていった先は、昨日もきた地下の大道具部屋だった。
《ここが支配人の遊び場だよ。おやつくれ》
「ここが支配人の遊び場らしいですよ」
オレは猫たちにおやつを配った。ツバキもちゃっかり貰っている。
「……なるほど」
「猫ってちゃんと見てるんだね。ここで何か作ってたりしてただろ」
支配人は憮然と、エドガーは笑っていた。
おやつを食べた猫たちが移動を始める。
《日向ぼっこに行くよ》
白黒の猫がこちらを振り返る。
「あ、日向ぼっこの場所に行くみたいです。先に場所を確認に行きましょう」
オレたちは慌ててついていった。
行き先は、昨日ぬいぐるみが置かれていたプレゼントの廃棄場所を見下ろせる窓辺だった。
――猫たちの証言
【ポマードの男を目撃した日】
食事当番は監督だった。その前の日も監督、次の日は支配人である。
→当番表から10日前と推測
【目撃した場所・時間・人数・荷物の有無】
・日向ぼっこの場所、太陽の位置が昇ってから一番上までいっていない、ひとり、荷物を運び出した
→プレゼントの廃棄場所、午前中と思われる
・支配人の遊び場、日が沈む前、ひとり、手ぶら
→地下の大道具部屋、夕方と思われる
・支配人の遊び場、太陽が見えないとき、ひとり、手ぶら
→地下の大道具部屋、夜と思われる
だいぶ、証言がまとまってきたかもしれない。
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