第35話 金庫に残された匂い
猫にする質問って難しいな。
オレだけでなく、ローザも頭を抱えていた。
「うーん、質問思いつかないから、とりあえず地下に行ってみようか。思いつくかもだし」
《支配人きたー!》
黒猫がしっぽを立てて歩いていく。
向かった先には、きっちりとしたスーツを着た男性が歩いてくるところだった。
「ちょうど良かった!ヨシアスー!!」
ローザが手を振る。
「アル、適任者が来たよ。容疑者仲間のヨシアス」
「ああ、ローザ。えーと、その方は? 私は、劇場支配人を務めているヨシアス・イルクと申します」
支配人らしく丁寧なあいさつだ。
「あ、こっちは昨日話した猫男のアル」
「猫男じゃなくて……アルフォンス・フォン・ジルバーシュタイン。フリーの魔導士です」
ローザの紹介はひどすぎる。
支配人も苦笑いをしている。
「うちのメンバーは、芸術家肌が多いせいか、変わり者が多くて申し訳ありません」
苦労してそうな感じがする。
《支配人!!撫でて撫でてー!!》
黒猫が支配人の足に絡みつく。
「ノアルは、何と言っているのですか?」
「撫でてってねだってますよ」
オレは、黒猫改めノアルに聞いてみる。
《ノアル、支配人、好き? どこ、好き?》
《ここの人間で一番いい奴だな。支配人は撫でるのが上手いんだ。気持ちいい。あとブラシかけてくれるんだ。時々おやつくれる》
おやつの言葉にツバキが反応した。支配人に期待に満ちた視線を向け始めた。
さすがに意地汚いと思うよ。ツバキ……。
興味津々といった様子の支配人に、オレは告げた。
「支配人はここの人間で一番いい奴だそうですよ。撫でるのが上手くて気持ちいい。ブラシをかけてくれる。時々おやつくれる。って言ってますね」
支配人は目を細めた。ローザが、
「ねぇ!私のことは何て言ってるの?」
《ローザ、どう、思う?》
《ローザ……雑だよな。気が向いたら遊んでくれるけど、激しいから若い奴は好んでるけど……あのテンションはちょっと……》
ローザが期待に満ちた目で見てくる。
「あー……、ちょっと元気がありすぎるから若い猫からは人気だけど、高齢の猫にはもっと控えめに接してほしいみたい」
なるべく、角が立たないようにオブラートに包んでみたけど、支配人が肩を丸めて震えている。
「プッ……くく……」
ローザは憮然とした表情になった。
「本当に猫の言葉がわかるんですねぇ。ところで私に何かご用だったのでしょうか?」
「そうそう、猫に何聞いていいかわからなくってね。ヨシアス考えてよ!!」
支配人はノアルを抱き上げながら、
「ふむ、猫は耳が良いから金庫の音について聞いてみるのはどうでしょうか?」
「どんな音か説明が難しいのですよね。通訳してくれるツバキもわからないので」
「実際に金庫を開けて、その音を猫たちに聞いてもらいましょう」
「いいのですか?」
「金庫の中には贋作しか残ってないから問題ありません。他は融資返済用に全て売却しましたからね」
支配人はからからと笑った。
地下に降りると、ところ狭しと舞台の書き割りや大道具、ペンキの缶などが並んでいる。
奥には扉がひとつ、どうやら扉の奥に金庫があるようだった。
「ここで舞台の大道具など作ったりしているのですよ。大工仕事もあるので広くスペースを取ってあります」
「外に発注している訳ではないんですね」
ついつい、あちこち見回してしまう。
「ヨシアスはね。もともと道具係だったんだよ。今でもこっそり作業に参加してるの」
ローザの言葉に支配人は苦笑いしながら、
「小さな劇場だったときは、何でも自分らでやらなきゃいけなかったんですよ。特にローザは演技をしているとき以外は雑ですからね」
ローザはむくれてみせた。
「金庫はこちらです」
支配人に誘導され、奥の部屋に入る。
「普段、猫たちはこの部屋の前までしか、入れないようにしてるんですよ」
ノアルは支配人に抱かれたまま、きょときょとと見回している。
金庫は入ってすぐの所だった。大きな金属の扉がある。
ローザが扉の横の魔石に手を当てると、がしゃんという音がした。
「今のが金庫の鍵を開ける音ですね」
《ノアル、今の音、鍵、開く、音》
ローザが扉の取っ手に手を掛け、横にスライドさせた。
ぎぎぎぎぎっという音がする。
《ノアル、今の音、扉、開く、音》
「どうせなら中へどうぞ」
金庫の中には、美術品を管理するための大きな棚が左右に並んでいた。
中身はほとんどない。
「残っているのは管理簿と贋作だけですよ」
なぜかローザがきょときょとしている。
「へぇー、ここってこうなっていたんだー」
「なんでローザが知らないのですか?」
「いやー、鍵あけたらあとはアントンがやってたから」
支配人の額に青筋が浮かぶ。
「だからアントンに容疑がかかったんですよ!わかっているんですか?ローザ」
「はい……悪かったと思ってます」
ローザは舌を出しながら謝った。
ツバキが鼻をひくひくさせながら、
《ここ、なんか臭いー》
《これはポマードの奴の匂いだな》
ポマードの奴?
「さて、ここの絵画が贋作に入れ替わったのはここ一か月の間です。その期間は猫にもわかるのでしょうか?」
ローザが変な顔をした。
「ねー、なんでここ一か月ってわかるの?あと特別室に飾っている間に入れ替えられた可能性ないの?」
支配人は眉間にしわを寄せながら、懐から紙の束を取り出した。
「この贋作に入れ替えられた10点は、いずれも美術館に貸し出ししたことがあります。その際に鑑定が行われています。これがその返却日です」
最後に美術館から返却されたのは、二週間前だった。
「へー、そんなことしてたんだ」
支配人は、その後はちょっとだけ言いづらそうに切り出した。
「それと実はですね。本物の絵の額縁は私が作ったんですよ……」
「何それ?」
「いやー、ちょっと趣味でですね。皆さん絵だけ見るのだから額縁が素人作でも……ちょっと凝ったの作ってみたくて」
こほんと咳払いして、
「贋作の額縁は私の作ったものじゃないのです。特別室に飾られているときから、ここにしまうときまで私が作った額縁に絵は収まっていました」
ローザはにやにやしながら、
「ヨシアスの趣味が役に立ったね」
支配人はローザから目を逸らした。
「それでその期間のことを猫に聞いていただけませんか?」
「あのー……猫たちがですね。この部屋が臭いと。それでポマードの奴の匂いがするとノアルが言ってます」
「ポマードの奴?それは人物のことですかね」
オレは、ノアルに聞いてみる。
《ポマードの奴、人間?》
《うん、たまに来てるよー》
《男? 女?》
《男だよ。時々いらいらしてて、ボクたちにも当たってくるから嫌な奴》
「男性で、たまに来ると。いらいらしていて猫に当たってくることもあって、ノアルは嫌いだって言ってますね」
支配人は少し考え込んで、
「この金庫に出入りできた男性は、私とアントン。それからエドガーとホルストだけですね」
「というか猫に当たりそうな奴いないと思うけど、あ、締め切りが迫ったときのホルスト?」
《ポマードの奴、支配人、エドガー、ホルスト、アントン、同じ?》
さすがに片言すぎて、ノアルが首をかしげている。見かねたツバキが、
《ポマードの奴って、支配人、エドガー、ホルスト、アントンの誰かのこと?》
翻訳しながら、どや顔でオレを見上げた。うん、あってるよ。
《違うよ》
「ノアルは違うって言っています」
「そのポマードの奴っていうのを詳しく聞いてください!!」
いきなり怪しい人物の情報が出てきたのかもしれない。
《ねぇ、そろそろおやつじゃない?》
「その猫は何いってるのー?」
「……そろそろおやつくれと。すみません。うちの猫が……」
オレは少し居たたまれない気持ちになった。
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