第34話 女優と猫と贋作事件
オレは、カバンにツバキとおやつを詰めて劇場に向かった。
《アルー、おやついつ食べるの?ねぇ?ねぇ?》
《おやつ、仕事、後》
ツバキはおやつに取り憑かれている。もうスマートなツバキはどこにもいない。ここにいるのはデブ猫予備軍だ。
ネリーは仕事があるため同行しない。少しだけさみしい気がした。
劇場は現在休演中だ。表からは入れそうにないため、裏口にある従業員入口を目指す。
そこに向かうことは事前に夫人からの指示だった。
従業員入口には事務員らしき女性が立っていた。
「あのー、すみません。仕事の依頼を受けて伺ったのですが」
オレは預かっていた依頼状を女性に見せた。
女性は、オレを上から下まで眺め、カバンから顔を出しているツバキを見てにやりと笑った。
「あなたが、噂の猫男さんですね」
「猫男……。オレは魔導士です!!」
猫男ってなんか嫌だ。
「お名前は?何と呼べばいい?」
女性の雰囲気が変わった……?
「アルフォンス・フォン・ジルバーシュタインです。アルと呼んでください。こっちはツバキです。あなたは?」
「アルとツバキね。あたしは、ローザよ」
「え!?」
さっきまでは、事務員らしき女性にしか見えなかったのに、今は劇場で見たローザ・オイラーその人にしか見えない。
ローザはにやりと笑った。
「私は誰にでもなれるのよ。街だって素顔で歩けるのよ」
そう言った瞬間、ローザの表情が変わった。事務員らしき女性にしか見えなくなる。
女優ってすごいんだな。
「さて、アル。案内するわ」
「えーっと、本人が案内してくれるんですか?」
「だって舞台がないんだから暇なんですもの」
オレはローザに続いて劇場に足を踏み入れた。
「どこまで話を聞いているかわからないから状況を話すわね」
この劇場は私立としては最大規模の劇場であり、ローザを含む複数人の出資者によって運営されているそうだ。
王都ということもあり来賓用の特別室には特に力を入れており、そのためだけに高額な美術品を所有していた。
ただし、所有といっても、銀行融資の担保にもしており、ローザいわく所有じゃなくて借りているようなものだとか。
今回贋作に入れ替えられていたのは、その美術品が対象であった。
普段美術品は、特別室の使用がない場合は地下の金庫にしまわれており、必要に応じて特別室に飾っていた。
地下の金庫を開けることができるのが、役員兼役者のローザ、同じく役員兼役者のエドガー、役員兼監督のホルスト、劇場支配人のヨシアスの4人だけだった。
「マネージャーが疑われてるの。あたしのせいなのよ。いっつも金庫開けた後、アントンに丸投げしてたからね」
ローザは頭を掻きながら笑った。
「ちょっとは悪いと思ってるのよ。でもねー、私は管理人じゃなくて演者だからね。それでね」
贋作が発覚したのは、美術品に詳しい来賓が気づいたからだった。
劇場側が慌てて、調べたところ10点が贋作に入れ替わっていることが確認された。
それが発覚したことにより、銀行から融資の即時返済を求められた。
即時返済が不可能な場合は、劇場自身が差し押さえになってしまうそうだ。
「劇場は渡さないわ。お金の当てはあるの。ゼラアム皇国ってご存じ?」
「確か北のほうで軍事に力を入れている国でしたっけ?毛織物が有名だったかな」
ローザはにっこり笑うと、
「そう。そこの皇族の専任となるなら、今回の負債分ぐらい払ってもらえるの」
戸惑うオレを見ながらローザは、
「専任になったら、もうこの国には帰れないでしょうね。そして自由に舞台には立てない」
オレは何も言えなかった。
「管理を怠った自業自得だから仕方ないわ。だから、調査で成果が出なくても恨まないからね」
固まっていたオレのおでこにローザはデコピンをした。痛い。
「さて、猫たちのところに案内するわ。ネズミ対策に劇場が開いてないときは猫たちは館内を自由に歩いているの」
掃除はどうしてるんだろう? 猫ってけっこう毛が抜けるよね。
「今、掃除とか余計なこと考えてるでしょう?定期的に大掃除してるのよ。掃除専用の機材もあるんだから。あと特別室には入れないようにしているわ」
その機材。是非見てみたいな。
ローザがデコピンの構えをしているのを見て、オレは慌てて背筋を伸ばした。
「全部で何匹いるかは私もわからないわ。10匹以上いると思う」
ローザに案内された場所は、猫用の食器らしきものが並んだ場所だった。
「ここで毎日ごはんを与えてるわ。今時間じゃないからいないみたいね」
ツバキは皿の中身が気になるみたいだ。しきりに鼻をひくひくさせている。
《アル、おやつまだ?》
《おやつ、仕事、後》
《早く仕事終わらせようよー》
オレとツバキのやり取りをローザは興味深げに見ていた。
「本当に猫と話せるんだね」
「まあ、あの劇場の猫におやつってあげてもいいですか?情報料が必要かもしれないので」
「猫に情報料?」
ローザは、一瞬きょとんとした後、ツボに入ったらしく笑いだした。
「いいよ。そっかー、猫も情報料請求するんだね。せちがらいなー」
ええ、タダだと猫だって動かないのです。オレはツバキを指でつついた。
「金庫のある地下に案内するわ。途中で猫に会ったら聞いてちょうだい」
再びローザに続いて歩く。
《よぉ、お前新入りか?》
廊下にいた黒猫が近づいてきた。ローザは期待に満ちた目でオレを見ている。
「なんて言ってるの?」
《オレ、ローザ、知り合い、敵、違う、話、聞きたい》
《ローザの知り合いだよ。敵対したい訳じゃなくて話聞かせてほしいんだってー》
すかさずツバキが通訳に入ってくれた。
《へー、お前。猫の言葉わかるのか?》
黒猫は物珍しげにオレを見る。
《言葉、わかる、話す、少し》
《話してる内容は分かるけど、話すのは苦手だって》
オレは黒猫に指先をそっと近づけた。黒猫は匂いを嗅いだ。
《話ってさ、オレにメリットあるの?まあ、暇だからいいけどさ》
《お礼、おやつ、ある》
ツバキがよだれを垂らしながら、
《話してくれたらお礼におやつくれるって。ニャーも欲しい……》
《ふーん、で何が聞きたいんだ?》
あー、何聞くか考えてなかった。
「何が聞きたいんだって、言われてますけど。何て聞きましょうか?」
ローザがちょっと考えてから、
「地下の金庫のある部屋わかるかな?そこから何か持ち出した人見てないかな?」
《地下、金庫、部屋、わかる?、大きい、物、運ぶ、人間、見た?》
《地下にある金庫っていうのがある部屋わかる?大きな物を運んだ人間見てない?》
伝言ゲームだな。まさに通訳ってこんな感じなんだろうか。
《金庫?地下の部屋なら、運んでいる人間をみたことあるよ》
「金庫は猫にはわからないみたいだ。地下の部屋から運んでいる人間はみたことあるって」
「どんな奴だったか。特徴聞いてくれ」
《人間、特徴、教えて》
《どんな人間が運んでいたか教えて欲しいって》
《帽子を被った奴、ごはん係、ヒゲもじゃ、黒い革靴、長靴はいた奴、丸い帽子被った奴……ほかには》
《何人、いる?》
《いろんな奴が出入りしてるだろ?そこにいるローザも運んでたし》
「帽子被った奴、ごはん係、ヒゲもじゃ、黒い革靴、長靴はいた奴、丸い帽子被った奴、いろんな奴が出入りしてる。ローザもだと言っているけど」
「どういうこと?」
「たぶん、今まで運んでいるところを見た人間全てを言ってるんじゃないかな?期間を絞ったほうがいいかも」
ローザは困惑した顔で、
「猫に質問するって難しいのね」
「質問があいまいすぎるんだろうね」
急遽、猫にする質問を考えることになった。
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