第33話 助手と通訳とおやつ
翌日、ネリーと共にキルヒナー氏の自宅を訪ねた。
ネリーは昨日、ずいぶんと強引だったが、
「アルは、少し無防備すぎます。仕事をするならば報酬をきちんともらわなければなりません。猫トイレの件もビオトープの件も商品化できるものです。私も手伝いますから頑張りましょう」
と言われてしまった。
うん、ネリーのお世話になります。ネリーって本当にいい人だなぁ。
キルヒナー氏の自宅では、応接室に上品な雰囲気の女性が待っていた。
「ランゲ教授の奥様です」
「レベッカ・ランゲと申します。本日はご足労いただきまして」
ランゲ夫人が頭を下げる。
「アルフォンス・フォン・ジルバーシュタインです。生前教授に教鞭を執っていただいておりました。」
「ネリー・エッカートです。彼の助手です」
ネリーがオレの助手?というか逆な気がするな。
「実はお願いがありまして。ジルバーシュタイン様は猫の言葉がわかると伺いました。猫の話を聞いていただきたいのです」
ランゲ夫人が話を切り出した。
教授には、奥様と付き合う前に付き合っていた女性がいた。
その女性とは破局し、その後に教授は奥様と結婚し、子供もでき、順調に出世していった。
ひょんなことから、元彼女と再会し、あのとき、彼女は妊娠していたことを知った。
破局から20年後のことだったそうだ。
教授は奥様にすぐに相談した。
元彼女は、認知を望まなかった。そしてその子供はすでに成人しており、それなりの地位を築いていた。
教授はせめて何か償いができないかと詰め寄ったが、「スキャンダルは望まない」と切り捨てられた。
話し合いの結果、その娘が助けを求めたときに助けるという話でまとまった。
つい最近、娘から助けてほしいと依頼があった。しかし、教授は亡くなっている。
そのため奥様がその依頼を引き受けたそうだ。
「娘の名前はローザ・オイラーといいます。有名な女優なのでご存じかもしれません」
「青い花の……?」
「はい、今彼女のマネージャーが横領疑惑という新聞記事をご覧になっておられるかもしれませんが。彼女も容疑者と疑われています」
何か新聞で見たような気もするが、詳しくは見てないな。
今回問題となっているのは、劇場の美術品らしい。
その劇場は、ローザも出資者のひとりであり役員も務めていたそうだ。
役員といっても、演者や広告塔としての役割だったそうだ。
そしてその劇場にある高額な美術品のほとんどが贋作に入れ替えられていたことが発覚した。
役員兼役者のローザ、同じく役員兼役者のエドガー、役員兼監督のホルスト、劇場支配人のヨシアス、ローザのマネージャーのアントンが容疑者として挙がっている。いずれも機材の搬入搬出の権限などを持っているからだそうだ。
ただし、決め手もなく、劇場の再開もままならない状態なのだとか。
できれば助けて欲しいとローザから相談があったそうだ。
「劇場にはたくさんの猫が飼われています。ジルバーシュタイン様には猫から情報を集めてもらえないかと」
夫人はそう言うとオレを見つめた。
「猫から聞き出せる情報は断片的なものですよ。何もわからないかもしれませんよ」
「わかっています。それでも、少しでも何か情報が欲しいのです。」
そう言われましても猫も気にしてないだろうからなー。
キルヒナー氏が言い添える。
「聞くだけ聞いてもらって、成果がなくても構いませんから、お願いできませんか?」
「うーん」と悩むオレに、夫人が、
「調査日数分だけ費用をお出しいたします。一日当たりこれぐらいで」
日当にしては高い気がするが、ネリーが、
「調査期間も明確にしていただけますか?アル、どれぐらい予定を空けられますか?」
「だいたい大丈夫かな……」
ネリーと夫人が条件を明確にしていく。
【報酬について】
・調査期間2日、状況によっては延長もあり。
・日当とは別に成果があれば成果報酬あり
【作業内容について】
・案内人をつける
・館内の猫の話をレポートにまとめる
・作業時間は1日6時間程度を目安とする
・ただし、猫の都合により作業時間帯が深夜に及ぶ場合がある
「ジルバーシュタイン様、この条件でいかがでしょうか?」
正直、文句はない。
「はい、問題はありませんが、報酬が高すぎ……」
「アル、正当な報酬ですよ!」
ネリーの指摘に夫人もキルヒナー氏もうなずく。
「はい、この条件で問題ありません」
オレは、ネリーと夫人が用意した契約書にサインをした。
猫の記憶が確かなうちに聞いた方がいいこともあって、明日から劇場へ聞き込みに向かうことになった。
帰り道にネリーが、
「アル、出しゃばってしまってすみませんでした」
「いや、ネリーがまとめてくれたから助かったよ」
それは心からそう思うよ。オレだったら期限決めるとか考えてないと思う。
「そういってもらえるなら良かったです。アルは自分を安売りしすぎてます。もっと自分の価値をわかってください」
ネリーの声は少し震えていた。
「ありがとう。ネリーにはいつも助けられている。頼りにしてるよ」
ネリーはほっとしたような表情になり、そしてにっこり微笑んだ。
「頼りにしてください」
明日の準備として、オレはハンナに猫用のおやつを依頼した。
ハンナは快く用意してくれた。
「こちらの赤いリボンの袋が交渉用です。そして、こちらのオレンジのリボンの袋はツバキちゃん用のダイエットおやつです」
「ありがとう。ハンナ。ツバキも欲しがるから助かるよ」
「くれぐれも間違えないでくださいね。ツバキちゃんのダイエットが進んでませんからね」
「はい」
オレがダイエットフード以外をあげたこと気づいてるよなぁ。たぶん。
さて、次はツバキだ。
オレの猫語は片言だから、できれば通訳に慣れているツバキについてきてもらいたい。
《ツバキ、明日、一緒、出掛ける、手伝い、頼む》
《おやつくれる?》
最近のツバキは二言目には『おやつ』だ。その結果があのぽよぽよのお腹だな。
《おやつ、ある、ツバキ、手伝い、必要》
「ツバキが必要なんだよ」とアピールしてみる。
《仕方ないなー。ニャーが手伝ってあげる。おやつは絶対だからね》
さて、明日はどうなることやら、やる気を出したツバキを撫でながら、早々に休むことにした。
《このおやつ、全部、ニャーのもの……くふふ……》
夜中、ツバキの欲望全開の寝言で起こされた。オレはちょっとだけ寝不足になった。
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