第32話 猫の首輪と三人の男
猫トイレの検知用の首輪はネリーが作成してくれることになった。
ネリーを自宅まで送る道すがら、話題は青い花の植木鉢の顛末と、ミリアムから聞いた話に移った。
「そうですね。あの、キルヒナーさんにも情報を共有したほうが良いですね。叔父を通じて連絡してみましょう」
この日はこれで解散となった。
キルヒナー氏と会う日程が決まった。
場所は以前、キルヒナー氏と話した会議室で、日程は2日後だ。
猫トイレの開発も、追加の箱と首輪の納品待ちの状態だ。
うーん、何しようかな。オレはツバキの肉球をむにむにしながら考えた。
ツバキのおなかに目が行く。ハンナのダイエット食の効果もむなしく減っている様子はない。
ツバキのダイエットマシンも作らなくてはいけないな。
猫の運動には上下運動が良いと聞くけど、今のツバキは、ほとんどゴロゴロしている。
体が重いのか、動くのが億劫になっているようにも見える。
自動ねこじゃらし、回し車、動く蹴りぐるみ、箱に開いた穴からネズミのおもちゃがランダムに顔を出すとか……。
思いついたものを紙に書き出していく。
これはネリーに相談したいな。
そうこうしているうちに、キルヒナー氏と会う日がやってきた。
「ハンス事務長、アルフォンスさん、ネリー嬢。ご無沙汰しております」
今日は、オレたちも最初から会議室に入っている。穏やかな雰囲気で打合せは始まった。
ネリーが青い花の植木鉢の顛末を話す。
「……ローザ・オイラーですか」
キルヒナー氏は、小さくつぶやいた。
「なぜ植木鉢を見つけることができたのか、そして、なぜ割ることになったのかは判明したのですが、キルヒナーさんの自宅に誰が置いたのかは謎のままなのですよね。」
ネリーがそう締めくくった。
キルヒナー氏が顔を上げて、
「ああ、それなら。近所の男性がうちの前に置いたそうなんですよ」
その男性は彼女へのプレゼントに青い花の植木鉢を持っていったところ、別れを告げられたそうだ。
プレゼントが悪かったわけではなく、男性のギャンブル癖に辟易としていた彼女は、元々別れを告げるつもりだったそうだ。ショックを受けた男性は、近くに植木鉢を放置して帰ったと。それがちょうどキルヒナー氏の家の前だったそうだ。
うーん、振られたのは仕方ないとして、ちゃんと持って帰れ。
オレの感想とは別に、ネリーは違うことを思ったようだ。
「……その男性はどうやって、ローザ・オイラーに贈られた植木鉢を手に入れたのですか?」
そうだった。
「その方が言うには、訳あり品を安く売るお店があるらしく、そこで買ったそうです」
ファンから贈られたものの扱いって……カイルが知ったら泣くんじゃないかな。
ネリーはまだ何か気になることがあるようだった。
ネリーが次の話に入った。前の話は腑に落ちたのかな?
「それから謎のフォルダの話なのですが、聖教会の人が猫の首輪を探していました」
キルヒナー氏が何か思い出すようなしぐさをした。
「あのフォルダを売ってくれと言ってきた人は複数いました。聖教会の人間だと一目でわかる人はいませんでしたね」
ネリーがキルヒナー氏に尋ねた。
「その人たちはどれぐらいの頻度で訪ねてきたのか。それと、猫にフォルダを託してから変化があったのか教えてください」
キルヒナー氏は手帳を開いて、ぱらぱらとめくっていった。
「交渉に来た人は3人です。フーバー、ヤーダスゾーン、最後のひとりは名乗られませんでした。
フーバー氏は2回、猫にフォルダを託してからは1回訪ねてきました。
ヤーダスゾーン氏は4回。猫にフォルダを託してからは、一度も訪ねてきていません。
最後のひとりは最初の1回しか訪れていません。
そして3人とも所属はおっしゃいませんでした。
なんとなくですが、3人とも外国人だと思います」
ヤーダスゾーン氏は4回も来てるのに猫に首輪つけてから来てないって、怪しすぎるよな。
ネリーが続けて質問する。
「性別や体格はわかりますか?猫を追いかけていた人は小太りだったらしいのですが……」
「3人とも男性です。体格は……」
さすがに体格まで、手帳に書かないよな。
「フーバー氏と名前不明の人が小太りだったかと……ヤーダスゾーン氏は身長が高く、やせ気味でした」
ハンス事務長が口をはさんだ。
「3人が同じグループなのかそれとも別口か、首輪やシュシュを狙った実行犯と同じグループの別の人間の可能性もあるからわからんな。ところで何で外国人だと思ったのですか?」
あー、いろいろなパターンあるよな。
キルヒナー氏はしばらく考えてから口を開いた。
「私は教授について外国に何度も出掛けているのですが、我が国の人間は穢れに無頓着なんですよ。ほぼないから。他国では部屋に入るとき穢れが溜まってないか見回す習慣があるんですよ。3人とも無意識でしょうけど、そのしぐさが出ていました。だから外国人だと思ったのですね」
ハンス事務長がキルヒナー氏に確認する。
「他に気になる点とかありましたか?」
「今は、思い出せないですね。また何か思い出したらメモしておきます」
これ以上、交渉に来た人の情報は出てきそうにない。
オレは気になったことを聞いてみた。
「ところであのフォルダは、聖教会の『試しの石』と呼ばれるものだったりしますかね?」
「あ、それはありえません」
キルヒナー氏はあっさりと答えた。
「以前、教授とアウロラ聖教国を訪れた際、私も触っているのですが。教授もおっしゃっていました。試しの石は魔法が込められた魔石なんですよ。」
おー、どんな魔法なんだろう。すっごく気になる。
オレの視線を受けてキルヒナー氏が説明してくれた。
「魔法は願いが発端となるものだということは、ご存じですよね。願いをイメージすることができるかどうかが魔導士の条件と言われています。
浄化の魔法って穢れをなくしたいっていう、特にイメージがしにくい魔法と分類できるわけですね。
試しの石は、大まかに共感を検知する魔法であって、浄化したいという願いに対する共感力を計測しているんです。
教授ならもっと詳しい解説をしてくれるでしょうが、私がわかっている範囲ではこれぐらいですね。」
改めて教授の偉大さが分かった気がした。
「では、聖教会はなんでフォルダを探しているんだろう?」
キルヒナー氏は、少しだけ難しい顔をして、
「もしかしたら、あの中身は浄化魔法か、試しの石に使われている魔法かもしれません。聖教国はそれらの魔法が自国以外に所持されることを認めません」
会議室内を沈黙が支配した。
新たに分かった情報があれば共有していくということで、会議はお開きになった。
帰りにキルヒナー氏がオレに話しかけてきた。
「アルフォンスさん、今回の件とは関係がないのですが力を貸していただきたいことがありまして、よかったら明日にでも私の自宅に来ていただいてもよろしいでしょうか?」
オレが答える前に、ネリーが口を開く。
「キルヒナーさん。私も同行して良いでしょうか?」
「あ……その……」
「私が聞いたらまずいようなことをアルに頼もうとされているのですか?」
ネリーがキルヒナー氏に詰め寄った。
「そんなことは……」
「では、同行しても問題ないですよね?」
「……はい」
ネリーはハンス事務長を振り返り、
「叔父様、明日休みいただきます!」
「はいはい」
ハンス事務長は、あきれた顔をしながら許可を出していた。
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