第31話 首輪の布と聖教国
オレは今困惑している。
ネリーが何かに怒っているような気がするが、原因がわからない。
もしかして、ネリーが欲しいといっていた猫トイレを先に他の人に渡してしまったからだろうか。
そうだよな。共同で開発していたのに、知らない人に先にテスト機を渡しているなんて、ネリーに話を通してからだよな。
「ネリー、すみませんでした。断りもなく猫トイレのテスト機を渡してしまって」
オレはブラウを預かることになった事情をネリーに説明する。
「猫を車から捨てた?!なんてことを!!」
ネリーの目が三角になり、ミリアムをきっと睨みつける。
ミリアムが慌てて、
「それは同僚がやったことなんです!!」
あー、今の流れだとミリアムがブラウを捨てたように聞こえるよね。ただ、ミリアムが聖教会の出自とかは話すわけにはいかないよな。
ミリアムの弁解が続く。
「あー、今のじゃなくて、元職場の同僚が私への嫌がらせでブラウを捨てたんです。それをアルフォンス様が保護してくださって……」
ネリーの視線がオレに向く。
「ノラ猫のボスから助けてやってくれと頼まれたんだ。ミリアムを見つけるまで預かってた」
ミリアムがオレをフォローして、
「それがきっかけで元職場をやめることになって、アルフォンス様の実家で働くことになったんですよー。で、この家でブラウが使っていた猫トイレもいただいちゃったんです」
うん、素性とか話さずに説明できてる。
「アル、大変だったのですね。でも言ってくれれば私にできることは協力したのに。相談して欲しかった……」
しょんぼりするネリーを見て、オレの胸に罪悪感があふれた。
「ごめん。でもネリーに話す暇がなくて……」
「手紙ください」
「……はい」
ネリーの圧にオレは屈した。
猫トイレの開発に再び戻る。首輪といえば……オレはネリーに断り、かぎしっぽの首輪を取りに部屋へ向かった。
「ブラウの毛並みはいいですねー。うちの子の1匹、アンバーって子は白ですよ」
「もう一匹は名前と毛色はなんですか?」
「レモン、茶トラでお腹は白いんですよ」
オレが席を外している間に、女性二人は猫の飼い主同士、猫談義で盛り上がっていた。
「ネリー、かぎしっぽの首輪持ってきたんだけど、こんな感じだったらいいのか?」
首輪にミリアムが反応した。
「その布。見覚えがある。神官様が何度か持ち帰ってきた奴ですね」
「神官……?」
ネリーがいぶかしげな様子で聞きとがめる。
「ミリアム、神官様ってどういう方なのですか?」
オレの心配とは裏腹にミリアムはあっさりと答えた。
「あー、私の前の職場って聖教会でね。最近この国に来たんだけど、そこで雑用してたの。神官様は私の元上司っていうのかな?」
「聖教会って、アウロラ聖教国のですよね?うちの国にはないはずですよね?」
我が国は聖教会の設置を認めていない。ネリーが疑問を抱くのも仕方がない。
「エルンスト様がおっしゃるには、アウロラ聖教国が聖教会を設置するためのカモフラージュ……橋頭堡?にしようとしてた施設かな」
それ言っちゃっていい情報なのか?オレはハラハラとしながら、
「ミリアム、それは話していい内容なの……か?」
ミリアムはちょっとだけ考えたあと、
「まあ、亡命したし、エルンスト様からもしゃべっちゃだめって言われてないし。私、聖教国が大嫌いだから!」
ネリーも顔がちょっと引きつっていた。そりゃそうだよね。
ネリーがおずおずと切り出した。
「その神官様が、この布切れを集めていたのですか……?」
「そうそう、うん。これぐらいのサイズのというか。まさにそれだね。なんか泥だらけとかびしょ濡れで帰ってきたこともあったわ。そのたびに洗濯が大変でねぇ。何していたのやら」
ミリアムは、思い出したのか腹立たしげだった。
「それって、いつ頃ですか?」
ミリアムの記憶によると、それは、レモンが首輪を取られた日、シュシュのひったくりが出た時期と一致していた。
「その布切れは、その後どうされてたのですか?」
さすがにネリーの質問にミリアムも何か感じたのか。
「捨ててあったわ……切り裂いてたのかな」
ネリーは言葉を選ぶように、
「実は、私はその布で作ったシュシュを見知らぬ男性からひったくられたのです」
ミリアムは目を見開いた。
「はい?!まさか、神官様がひったくりしてたの!?」
「だから、何の目的でそんなことをされたのか気になるんです。思い当たること教えてくれませんか?」
ミリアムはうんうん言いながら、思い出そうとしている。
「私は家で雑用が多かったから、他の人が外で何していたのか、あまり知らないのですよね」
しょんぼりとしたミリアムに、オレは気になっていたことを聞いてみることにした。
「ところで何で同僚に目の敵にされていたんだ?」
相手の飼い猫を捨てるなんてよっぽどだと思う。
「あのクソ女……いえ、イザベラは聖教国にいるときから、立場が弱い相手には当たりが強かったですね。ただ、嫌がらせが激化したのは移住が決まってからですね。ただ仕事のストレスをぶつけてきてると思ってたのですが……」
ミリアムはふうと息を吐くと続けた。
「エルンスト様から教えていただいたのですが、対外的にはあの集団の代表って私だったそうです」
代表なのに下働き?
「これだけの人数を連れて移住するための商業取引資格を持っているのは私だけでして。私を代表として申請を出していたらしく。実際のリーダーは司祭様なんですけどね」
ミリアムの話を要約すると――
カタリナ王国に聖教会を設立する任務として移住することになった。そのメンバーになぜか見習いのミリアムが抜擢された。
ミリアムはブラウのこともあって、断る姿勢だったが猫も一緒で構わないといわれ参加することになった。
下働きの移住希望者がいないから単身のミリアムに白羽の矢が立ったのだと疑いもしていなかったそうだ。
商業取引資格の等級によって、カタリナ王国では移住の人数に制限がかかる。
大人数になればなるほど、資格取得の条件は厳しくなるらしく、筆記以外に実務年数などが条件に含まれる。
そのため教団従事者で該当する資格を持つ者がほぼいなかったようだ。
ミリアムは、商人であった母の指導の元、実務の経験を積み、12歳にして資格を取得していたそうだ。
その後、病気で母を亡くし身寄りがなくなったミリアムは実の父がいるアウロラ聖教国に引き取られ、教団の見習いとして過ごしていた。
ミリアム曰く、実の父といいながら会いにくることすらなかったとのこと。
実際に教団の幹部には女遊びが激しい輩が多いらしく、よくあることだったらしい。
その中でも、イザベラ・ガーランドは枢機卿の姪にあたり、周囲は腫れ物に触るように接していた。
彼女にとって、この任務の代表が役職が上の司祭ならともかく、名目上だけでも下働きのミリアムが代表になっていることが我慢ならなかったのではないかというのが、エル兄さんの見解だそうだ。
なんだか、聖教会の中ってドロドロしてるんだな。
「聖教会を設立する任務とシュシュを強奪することはどう関係しているんでしょうか?」
ネリーが指摘する。
「それがわからないんですよね。方針として下っ端の私が聞いていたのは、拠点を作る、支持者を作る、聖人聖女を探すの3つなんですよね」
その3つのどれかに該当するのか?
「拠点を作るは、移住した地点で完了してるのかな。残り2つは?」
オレの質問にミリアムが答える。
「支持者を作るっていうのは、奉仕活動などを行って教義を広めていく感じですね。他国では、炊き出しで人を集めて説法をする。子供はお菓子で釣って教義を植え付ける感じでしょうか?」
……なんか、俗物的すぎるな。そういわれると。
「聖人聖女を探すっていうのは、試しの石っていうのをぎゅっと握ってもらうんですよね。そしたらわかるとか。」
ミリアムは、指で丸を作りながら、
「これぐらいの白っぽい石で、聖教国では子供の頃に握らせられるんですよ。変化があった人を見たことないからどうなるかはわからないんですが」
試しの石……魔石の一種なんだろうか。
ネリーが難しい顔をして、
「ミリアム、もしその石を見たら試しの石かどうかってわかります?」
「んー、どうでしょう?」
「アル、例のフォルダが試しの石という可能性が考えられませんか?」
なるほど。オレはミリアムに預かっているフォルダを手渡した。
ミリアムはフォルダを眺めて、握ったりしてみた。
「私がみた試しの石とは見た目もサイズも違ってますね。それだけしかわからないです」
試しの石ってありふれたものなのかな?
「ミリアム、試しの石って貴重品?どういう管理をされているものなんだ?」
「大きな聖教会にしかなくて、外への持ち出しは禁止ですね」
情報を整理してみる。
――任務について
1、拠点を作る
→ミリアムの商業取引資格により、移住に成功
ただし、ミリアムの亡命により今後の活動は座礁しかけている。
2、支持者を作る
→炊き出し、奉仕活動
シュシュとは関係なさそう……?
3、聖人聖女を探す
→試しの石を握らせること
試しの石は貴重品
かぎしっぽの首輪のフォルダは試しの石なのか?
「シュシュとのつながりはなさそうですね」
《アル!!トイレ使えない!!》
猫トイレを前に考え込むオレたちは、ツバキの猛抗議を受け慌ててその場から離れることになった。
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