第30話 アル、どういうことですか?
ネリーの休みの日がやってきた。
猫トイレの進捗を見たいと言われていたが、ヘルマンさんから連絡があったことをネリーに伝えると、先にふたりで話を聞きに行くことになった。
ツバキとブラウは、家でミリアムが面倒を見てくれている。
オレはネリーを迎えにいった。そろそろ夏が近づいてきている。ワンピースの上に羽織った紗も、すっかり夏らしい装いだ。
自警団詰所に顔を出すとイグナツさんが迎えてくれた。
ヘルマンさんはいつものように裏手で作業しているそうだ。
ビオトープの件もあるので呼びにいこうとするイグナツさんを止めて、オレは裏手に向かった。
「ヘルマンさーん」
ヘルマンさんに声を掛けると、彼は手を止めてこちらを振り返った。
「ああ、アルさん、ネリー嬢。すみません。片づけたら詰所のほうに向かいます」
「先に相談のあったビオトープを見たいのですが」
「え?いい魔法があったのですか?」
オレは以前、猫トイレの開発中に失敗した洗浄魔法の魔石を取り出した。
「あ、その魔石」
ネリーは気づいたようだ。ネリーをびしょ濡れにしたあの魔石だ。
オレは慎重に場所を選び、ビオトープの中に魔石を沈めた。
魔石を沈めると、ビオトープ内に緩やかな水流が生まれた。
水が湧き出しているので溢れた水が少しずつ縁から流れ出るが、魚が流されるほどではない。
「水の流れを作ることで苔やボウフラが発生しにくくなります。また汚れが溜まるのも防げますよ」
ヘルマンさんは目をパチパチさせたあと、水流の強さや流れの向き、あふれ出る水の量などを確認している。
「なるほど、これはいいですね。ちなみにこの魔石はおいくらぐらいでしょうか?」
「ああ、それは失敗作の再利用ですから差し上げます」
不良在庫処分になるし。
ヘルマンさんもネリーも困った顔をしている。えーと、失敗作を押し付けたのが問題だったか。
「アルさんは危なっかしすぎますね」
「ええ……」
暴走するような魔法じゃないので、そんなに心配しないでほしい。
詰所に戻り、青い花の植木鉢の顛末を聞かせてもらう。
――供述内容
ローザ・オイラーに人生を賭けるほど好きだった。
いつか彼女が自分に気づいてくれると信じていた。
ローザブルーの花の植木鉢に自分の連絡先を記したカードを埋めて送った。
カードには探索の魔法のマーキングを仕込んだ。ローザがどこにいるかわかるように。
探索の魔法には距離の制限がある。だから、劇場を離れると反応しなかった。
だけど、ローザのことを思って、毎夜探索魔法を実行していた。
自宅は街から離れているため劇場に行くときは、いつも宿をとっていた。
あの日は、いつもの宿が取れなかったので、初めて利用する宿だった。
夕方、ローザの熱愛の号外が配られた。
信じる気はなかったが、いつもどおり日課の探索魔法を実行したところ、カードの反応があった。
カードの反応があったのは初めてだった。反応は近かった。
宿を抜け出した。時間は日が変わるぐらいだったと思う。
反応を追った先には、たくさんの植木鉢が並んでいた。
端っこにあった自分が贈った植木鉢からカードを取り出した。
ローザの熱愛記事がフラッシュバックし、ローザと決別するつもりで消音の魔法をかけて植木鉢を割った。
この並んだ植木鉢が自分に思えた。
ローザにとっての唯一じゃなく、ただのファンのひとりだと突きつけられた気がして、残りの植木鉢も衝動的に割ったと思う。
気が付いたら、ローザブルーの花を手にして歩いていた。
未練を断ち切ろうと思って、目についたゴミ箱に花を捨てた。
頭を冷やして宿に戻ろうと思った。少し道にも迷っていた。
煙突のある家が見えた。街灯に照らされた屋根は青かった。
ローザの家だ。そう思った。
ふらふらと侵入してしまった。
そこからはヤケだった。今までローザに貢いだお金と時間を取り戻してやろうと思った。
適当に金目のものを盗んで、宿に戻った。
――
あまりにも身勝手で、狂信的な考えにオレはくらくらした。
まさか、カイルもそんなことやってないだろうな。オレはカイルを止めれるのか。それとも友達やめるか。
「ネリー嬢からお預かりした資料を見せたところ、黙秘していた容疑者が白状したそうです」
ヘルマンさんがネリーに号外とパンフを返却した。
「いえ、たまたまです」
ネリーはカバンに資料をしまう。
そういえば、ネリーはすごいな。バラバラだった情報をつなぎ合わせて、ひとつの可能性を導き出したんだから。
今度から、心の中で名探偵ネリーと呼ぶことにしよう。
しかし、ネリーの表情は浮かないままであった。
「ネリー嬢。まだ何か気になることが?」
ネリーは少しためらったあと、
「キルヒナーさんの家の前に植木鉢を置いたのは、いったい誰なんでしょう?」
謎を残したまま、自警団詰所を後にすることになった。
予定通り、猫トイレの進捗を報告するために自宅へネリーを招く。
「おかえりなさいませ。アルフォンス様」
ミリアムが出迎えてくれた。
「ただいま。ミリアム、悪いけど来客だから応接室に紅茶とコーヒー運んでもらってもいいかな?」
ネリーが俺の袖をつかむ。
「あのアル、この方は?」
「メイド見習いのミリアムです。ハンナさんの助手です。ネリー様。お見知りおきを」
頭を下げるミリアムにネリーは困惑している様子だった。
「最近、実家で雇われたらしくて、今日はツバキの面倒見てもらっていたんだ」
「……そうなんですか」
早速オレは、猫トイレの試作機を披露する。
「消臭機能と屋根の実装はこれでいいと思うんだけど、自動起動が上手くいってなくてさ……」
ネリーにツバキのリボンの件を話し、実物を見せる。
「このリボンは、もしかしてお菓子の箱についてた奴じゃないですか?」
ネリーはリボンをしげしげと見つめてから指摘する。
「ダメだった?」
「これじゃあ、すぐにほどけてしまいますよ。ちゃんとした首輪にすべきですね」
そこにミリアムがトレイを持って入室してきた。
「失礼いたします。お茶はこちらに置かせていただきますね」
テーブルに紅茶とコーヒーを置いた後、
「アルフォンス様。お礼が遅くなってすみません。猫トイレありがとうございます。ブラウも愛用しています。本当にこれは素晴らしいですね」
ネリーから聞いたことのない低い声が出てきた。
「……アル、どういうことですか?」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
楽しんでいただけましたでしょうか?
面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、ぜひ☆やブックマークで応援していただけると嬉しいです!
感想などもいただけると、とても励みになります。
これからもよろしくお願いします!




