第22話 ツバキ、ダイエットを始める
猫トイレの開発を前に、緊急案件が割り込んできた。
そう、ツバキが太った件についてだ。
かぎしっぽの記憶から、何か問題がないのか探ってみる。
体の大きな猫は強いことが多い。ただし隙間に逃げ込めないなどの弊害がある。
猫としては良し悪しがあるぐらいなのかな。
ツバキをむにむにと撫でながら、要経過観察でいいかなと考えていた。
コン、コン、コン
「坊ちゃん、起きていらっしゃいますか?」
いつも通り返事も待たずに、ハンナがドアを開けた。
「あら、ツバキちゃんを眺めてどうされたのですか?」
「いやー、ツバキがちょっと太ったかもと思って」
ハンナは、ツバキを上から見てボディラインを確認したり、おなかを触ったりしはじめた。
ツバキはされるがままにごろごろと転がっている。
「ダイエットさせましょう!」
ツバキのダイエットが決定した瞬間だった。
「坊ちゃん。なるべくツバキちゃんを動くようにさせてください。」
ハンナは、オレに猫じゃらしを押し付けてきた。
「今日から、ツバキちゃんのごはんをカロリーの低いものに変えますから」
オレは、ツバキの前でじゃらしを振る。
ツバキは寝ころんだまま、前脚でつかもうとする。
じゃらしをツバキから離れたところに移動させる。
《アル、こっちで振って~》
ツバキは寝ころんだままだった。
《ツバキ、走る、追っかける》
《……やだ。そこまで行くの面倒だよ》
ツバキはごろごろと転がりながら、目を閉じた。
オレは、ツバキのダイエットマシーンの開発に取り組むことにした。
かぎしっぽの記憶から、猫の運動に対する記憶を引き出す。
走りまわることより、上下移動が大事なんだな。
今のツバキは、体が重くて動くのが億劫になっているのかな。
運動強度を調整できるものが望ましい。あと、オレが猫じゃらしを振らなくてもいいもの。
ごろごろ転がるツバキと、その横で考え込むオレに、ハンナの雷が落ちたのは10分後のことだった。
「ツバキちゃん、ごはんですよ」
ごはんの一言に、動かなかったツバキがのそのそと動き出す。
《ごはん~、ごはん~》
鳴き声は軽快だが、動きは鈍重だった。
「カロリーを控えめにするために、穀物を増やしてます」
《ん~、なんか薄味。これはこれでおいしいけど。もの足りない。たまにならこれもいいかもね》
完食したものの、微妙な顔のツバキ。
残念だけど、しばらくはその薄味ごはんになるだろう。
オレはツバキから目を逸らした。
天気も良いし、気分転換を兼ねて魔法管理局に向かうことにする。
《ツバキ、着いて、くる?》
《どこ行くの? おやつある?》
《買い物、散歩、おやつ、ない》
ツバキは、日のあたるクッションとオレを見比べて、クッションに向かった。
どうやら、着いてくる気はないらしい。
オレは、いつものくせでツバキが入っているカバンを持って出掛けた。
魔法管理局で調べた結果、畑を耕す魔法が1件、ドライヤーの魔法が2件売れていた。
売上が入るのは来月になるようだ。
オレは、うきうきしながら敷地内の売店で魔石を買い足して魔法管理局を後にした。
天気もいいし、魔法も売れたし、ぶらぶらと当てもなく散策を楽しむことにする。
ふと、見覚えのある場所に出た。
日当たりのいい、花壇に囲まれたちょっとした広場にベンチがひとつぽつんとある。
陽だまりで猫が何匹か、思い思いにくつろいでいた。
ああ、ここだ。かぎしっぽがごはんをもらっていた場所だ。
「ジルバーシュタインさん」
後ろから、声をかけられて振り向くとキルヒナー氏がいた。手に袋をもっている。
「キルヒナーさん、お久しぶりです」
キルヒナー氏に気づいた猫が近づいてくる。
《ごはんの時間?》
《ごはんきたー》
「はいはい、今あげるよ」
かぎしっぽの記憶では、キルヒナー氏はあのとき初めて見たはずだったけど。
「あれから、休みのたびに猫に餌やっているんですよ。ここは私以外にも餌をあげる人がいるから毎日ではないのですが」
オレの視線に気づいたキルヒナー氏は、さみしそうに笑いながら、
「あのトラ猫に悪いことしたような気がして……それからは何となくですかね」
かぎしっぽのあれは事故だ。
「きっと、その猫は何とも思っていないと思いますよ」
「でしょうね。でも、寄ってくる子がかわいいんですよ」
《おかわりー。次、鶏肉とか欲しいなー》
キルヒナー氏の足に頭を擦り付ける猫を、彼は優しく撫でた。
ひとしきり餌を配ると猫たちは散っていった。
キルヒナー氏とベンチに腰掛け、近況を聞くことにした。
「あれから何か変なことはありませんでしたか?」
「フォルダを売ってくれと言っていた人たちがパタリと来なくなりましたね。もしかしたら私の手元にないことが知れ渡っているのかもしれません。」
かぎしっぽが持っていると思われたのかな。それなら、おそらくここで見られたんだよな。
思わず辺りを見回したが、他に人影は見当たらなかった。
「近々、引っ越しを考えています。教授の研究の所有を学校と魔法開発局が争ってまして、どっちかに身を寄せることになりそうです」
「教授の研究って魔石の活用法についてでしたよね?確かオレも受講した記憶があります」
「それは、20年ぐらい前ですね。最近は『穢れ』についての研究をされていました」
「えっ、カタリナ王国でその研究をテーマにするのは珍しいですね」
カタリナ王国では、年に一度、穢れの大掃除と呼ばれる国家的魔法を発動しているため、穢れが少ないのだ。
研究材料がほぼ取れないことになるから大変だっただろう。
「ええ、晩年、教授は穢れが多いという国に長期に渡って滞在して研究をしておりまして……」
オレはこの国から出ることがないから、穢れの濃い場所がどうなるのかは実際には知らないが、穢れが多い場所に滞在すると体調を崩すと言われている。
もしかしたら、教授の体調不良はそれが原因だったのかもしれない。
しんみりとした空気の中、キルヒナー氏は無言になった。
教授のことを思い出しているのだろう。少し日が陰ったタイミングで、キルヒナー氏が、
「そろそろ戻りますね。また、フォルダのことで分かったことがあればハンス事務長経由で連絡いたします」
ペコリと頭を下げると帰っていった。
オレもそろそろ帰ろうかな。
《おい!! お前、猫の言葉わかる奴だよな?》
一匹の猫が広場に駆け込んできた。額に×の傷がある。この辺りのボスのバッテンだ。
《猫語、わかる、少し》
《ちょっと助けて欲しい奴がいるんだ。ついてきてくれ!!》
そういうとバッテンはきびすを返した。オレは慌ててついていく。
バッテンに連れていかれた先には、しょぼくれた真っ白な猫がいた。
《うう……。ミリアム》
《こいつ、飼い猫らしいんだが、誘拐されてここに捨てられたらしいんだ》
《誘拐?》
《車って奴からポーンって放り出されたのを見たんだけど、捨てられたんじゃなくて飼い主じゃない奴に捕まったらしい》
《家、わかる?》
《わからない……。だってこの街にきたばかりだもん。ミリアムの同僚って奴が私を捕まえてここに連れてきたの……》
《ミリアム、飼い主?》
《そうよ。きっと私を探しているはず……うあーん》
白猫は今にも泣きそうだ。バッテンが、
《こいつの飼い主探してやってくれないか?》
《わかった、車、どっち、きた?》
《街の入口方面からだな》
うーん、自警団の詰所に問い合わせが来てないか聞いてみるか。
《なあなあ、見つかるまでお前、しばらくこいつの面倒みてやってくれないか》
そして、バッテンはオレだけに聞こえるように続けた。
《もし、飼い主が見つからなかったら。お前が飼い主になるか、新しい飼い主探してやってくれないか。お嬢様育ちの飼い猫だろう。外は無理だ》
《わかった》
オレは白猫に、
《名前、何?》
《……ブラウ》
綺麗な青い目をしている。名前の由来なんだろうな。
《ブラウ、オレ、ミリアム、捜す、お前、オレ、家、過ごす》
《ここで泣いてたって、お前の飼い主は見つからない。こいつが探してくれるって。しばらく世話になってろよ》
ブラウは、バッテンとオレを交互に見つめて、うなずいた。
《お願い、私をミリアムの元に返してください。それまでお世話になります》
オレは、カバンにブラウを入れて家に帰ることにした。
《このカバン、他の猫のにおいがする》
ブラウの言葉にツバキのことを思い出した。
ツバキに何て説明しよう。まあ、なるようになるかー。
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