第2話 残された記憶
慌てて家を飛び出したオレは、行先を確認するために見覚えのある場所を探す。
あった!
隣の家との壁の隙間、幅20センチほど、草がびっしり生えていた。
……通れるか!!
この先には何があった?
そこから先のルートから行先を推測する。
自然公園だな。
オレは人間のルートで自然公園に走って向かった。
自然公園は、整備はされているが樹木も多く、遊歩道からそれるとイタチなどの小動物を見かけることもある、それなりの規模の公園だ。
遊歩道からオレは迷わず茂みに飛び込んでいった。
ここじゃない。まだ先だ。
ずんずんと進んでいく。
草の丈も長くなり、木々の陰で少し薄暗くなってきた。
あった!
公園管理用の物置だろうか。古びた小屋がある。
オレは裏手に回った。
そこには、おそらくイタチ用の箱罠が積んであった。
そのうちのひとつを目指す。
そこには一匹の若い猫がうずくまっていた。
箱罠をねぐらにしようとし、誤作動で箱罠がしまり、閉じ込められてしまったのだ。
《生きてる、か?》
オレは猫語で話しかけた。
猫語は音だけではなく、ボディランゲージもセットだ。ボディランゲージを使えないオレは片言でしか話せない。
《誰だ?水……くれ》
間に合った。
幸い箱罠は留め具をはずすだけで開いた。
オレは持ってきた小皿に魔法で水を出して、猫に近づける。
《水、飲め》
弱っていた猫は、水の匂いをかぐとピチャピチャと飲み始めた。
水を飲んだ後は、猫は後ずさった。警戒心が戻ってきたようだ。
その様子にオレはほっとした。
《ニャーをどうする気だ!!捕まえるのか!》
オレは小皿の水にパンを浸しながら、どう伝えるか少し考えた。
《オレ、かぎしっぽ》
《かぎしっぽに何かしたのか!?何言ってるんだ!?》
猫はしっぽを膨らませて、威嚇してきた。
《かぎしっぽ、オレ、中、いる》
もどかしい。
魔法に失敗したオレは、近くにいるデータ、そう近くで亡くなったノラ猫「かぎしっぽ」の記憶を取り込んでしまったのだ。
かぎしっぽの最後の記憶は、この猫「ツバキ」を助けたい、それでいっぱいだった。
ノラ猫の中では、ああアイツかとわかる特徴が呼び名となる。
毛色だけでは特定できない、額に×の字があるトラ猫とかは、バッテンといった感じだ。
かぎしっぽは、このあたりでは珍しい尻尾が短く先が曲がった猫だった。
ツバキは、普段ツバキの生えたヤブをねぐらにしているトラ猫だ。おなかだけ白っぽい。
《お前何を言ってるの?かぎしっぽに何をしたんだ?》
いよいよ、ツバキは攻撃態勢になってきた。
《かぎしっぽ、死んだ、オレ、かぎしっぽ、記憶、ある、おまえ、助けたい》
これでわかってくれないか。頼むよ。
《かぎしっぽが死んだって、嘘いうな!!》
ツバキは苦しそうだ。虚勢を張っているが限界が近いんだろう。
《オレ、お前、助ける、したい、かぎしっぽ、願い、食べろ》
柔らかくなったパンを皿ごとツバキに差し出す。
ツバキは口を付けない。
《ツバキ、生きる、願い、かぎしっぽ》
頼む、信じてほしい。
かぎしっぽは、最期までツバキを心配していた。オレには生々しい記憶だ。
《オレ、おまえ、助ける、信じる、頼む》
……ツバキは、パンの匂いを嗅いだ。
そして、ちゃむちゃむと咀嚼しはじめた。
ツバキは、パンを食べ終えるとオレをじっと見つめた。
《ニャーは、かぎしっぽが死んだなんて信じない。だけど、ごはんありがとう。助かった》
かぎしっぽの記憶では、ツバキが閉じ込められて2日近い。
初日は、なんとか箱を開けようとした。
だが猫には、箱は開けられなかった。
かぎしっぽは、ツバキに食べ物を運んだ。
そして昨日、ツバキに食べ物を運ぶ途中に、何者かにぶつかった。
おそらくシルエットからして車だろう。
痛む体にむち打ち、かぎしっぽはオレの自宅付近まで逃げ、力尽きた。
かぎしっぽの記憶のせいか、オレにとっても、ツバキが死ぬのは嫌だ。
《ツバキ、オレ、家、来い。元気、なる、間》
ツバキは、少し考えた後、あっさりと言った。
《わかった。世話になる。どうせこのままじゃ、ニャーは危ない》
オレは、ほっとした。
持ってきた手提げカゴにタオルを引いて、ツバキに差し出した。
《オレ、おまえ、運ぶ》
ツバキは、カゴに近づいたが、少しよろめいた。
オレは支えるようにして、ツバキをカゴに入れた。
ツバキはされるがままだった。限界が近かったのかもしれない。
オレは、カゴをそっと抱えて移動する。
家に戻る前に、どうしてもやらなければならないことがあった。
ツバキの入ったカゴを持ったまま、自宅の裏庭に向かう。
窓のそばの茂み、そこのかぎしっぽはいた。
《かぎしっぽ!!!》
カゴでうつらうつらとしていたツバキが起きた!
カゴをかぎしっぽに近づけてやった。
ツバキはカゴから、体を必死に乗り出す。
かぎしっぽは、冷たかった。
やがてツバキにも、かぎしっぽは亡くなっていることがわかったのだろう。
しっぽが下がって、震えていた。
オレは、畑を耕す魔法を使って、穴を掘った。
《何をしているの?》
《墓、埋める、かぎしっぽ》
《なんでそんなことするんだよ?》
猫には埋葬の概念はない。かぎしっぽの記憶にもなかった。
《死体、荒らされる、悲しい、そのまま、悲しい》
「困る」と「悲しい」で、悩んだが悲しいを選択した。
《人間は、おかしなことするんだな》
ツバキは、ちょっとためらった後、つぶやいた。
《ありがとう》
ツバキをカゴに戻し、作業に戻る。
黙って見ていたツバキは、再び、うとうとしだした。
オレは、掘った穴にかぎしっぽを降ろした。
かぎしっぽの首には、ノラ猫らしくないピンク色の子豚がかかれたかわいらしい首輪が巻かれていた。
2日ほど前に、えさ場で人間につけられた記憶がある。
かぎしっぽの記憶でも初めて見た人間だった。
いや、初見の人間に何されてるんだよ。かぎしっぽとオレは心の中で突っ込んだ。
その首輪をそっとはずして、ツバキの寝ているカゴに入れた。
かぎしっぽの匂いがするのか、ツバキは寝ぼけながらも首輪を抱き込む。
その人間が何のために、かぎしっぽに首輪をつけたのかはわからないが、ツバキのために形見を残してくれたことにオレは感謝した。
かぎしっぽを埋葬し、今度こそオレは自宅に入った。
ツバキのための飲み水の入った小皿を用意して、オレもベッドに入る。
あっという間に意識が沈んでいくのを感じた。
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