4_夜這いめいた手紙
その日の夜、用意された壮麗な賓客用の寝室でのことです。
分厚い絨毯と天蓋付きのベッド、そして暖炉の火が赤々と燃えるその部屋で、わたしはレインハルト様の腕の中でまどろんでいました。
数週間の船旅を経て、異国での初めての夜に少し興奮していたわたしを、彼は自らの魔力と濃厚な口付けで徹底的に甘やかし、疲れを癒してくれたのです。
愛する夫の匂いと体温に包まれ、このまま深い眠りに落ちようとしていたその時。
コンコン、と控えめなノックの音が響きました。
「誰だ。今は取り込み中だと言ってあるはずだが」
レインハルト様は不機嫌さを隠そうともせず、冷ややかな声で応じました。
「夜分遅くに申し訳ございません。ヴァルテンベルク公爵夫人へ、ジュリアン殿下よりお手紙をお預かりしております」
扉の向こうから、恐縮しきったような使者の声が聞こえます。
わたしは驚いて身を起こそうとしましたが、レインハルト様はそれを片手で制し、ゆったりとした動作で立ち上がりました。
ガウンを羽織る彼の背中は、酷薄な死神のように冷気を纏っています。
扉が開き、震える手で王家の封蝋がなされた封筒を差し出した使者を、彼は見下ろしました。
「妻はもう休んでいる。僕が代わりに受け取ろう」
彼は手紙を受け取ると、「いいよね、僕が開封しても?」と背中越しに問いかける振りをしながらも、わたしの了承も待たずに乱暴に封を切りました。
一瞬咎めようかとも思いましたが、そのあまりにも有無を言わせない圧に言葉を飲み込みました。
「あっ……、必ずご夫人に渡すようにとご命令されており……っ」
「当代公爵である僕を通り越して妻にだけ書状とはまた……、舐められたものだね」
「…………」
使者は青ざめながらその場に立ち尽くしていました。
そして、レインハルト様は淡々とその手紙の内容を読み上げます。
「『我が国の内情について、少し夫人に相談したいことがある。明日の昼下がり、庭園の東屋で二人きりでお会いできないだろうか』……だそうだよ、シャルロット」
レインハルト様は極上の微笑みを浮かべたまま、振り返ってわたしに告げました。
「……わたしに、ご相談ですか?ええと……であれば」
「ああ。だが、残念ながら君は明日も僕の腕の中から出る予定はないからね」
お受けすべきかしら……と紡ぎかけた言葉は、主人たるレインハルト様の容赦ない言葉に遮られました。
彼は手の中の羊皮紙をバチンと荒々しく指で弾きました。
次の瞬間、ボッ、という音と共に、手紙は青白い炎に包まれ、一瞬にして微塵の灰となって宙に消えたのです。
「ひぃっ……!」
使者が短く悲鳴を上げ、その場にへたり込みました。
「殿下にお伝えしてくれ。妻はひどく人見知りで、僕以外の男と二人きりになるなど、考えただけで卒倒してしまう繊細な性質なのだと」
レインハルト様は足元で震える使者に向かって、あくまで優雅に笑みを崩さず、そして氷のように冷たい声で言い放ちました。
「それと、僕の妻に夜這いめいた手紙を寄越すのは、これが最後にしていただきたい。次は紙ではなく、送り主の首が灰になるかもしれないからね」
バタン、と静かに扉が閉められました。
「レインハルト様……あんなに脅してしまって、大丈夫でしょうか。本当に、わたしにしか相談できない事案だったのかも……」
「まったく……、それは本気で言っているのかい?明らかな口実だろう」
わたしが不安げに尋ねると、彼はベッドに戻り、再びわたしを腕の中に閉じ込めました。
「心配はいらないよ。君を狙う害虫を払っただけだ。さあ、もう一度僕に口付けをしておくれ。あの不愉快な手紙の気配を、君の甘い唾液で上書きしてしまいたい。はあ……、いいよね?」
彼は甘く重厚な声で囁き、わたしの唇をゆっくりとなぞり、思考を溶かすような深いキスを落とします。
外の世界の不穏な気配も、他国の王太子の思惑も、すべては彼の強大な愛と魔力によって遮断されていきます。
黄金の檻は、ここ異国の地であっても、決してわたしを逃すまいとその囲いを強めていくのでした。




