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黄金の檻 〜冷淡だった最強魔導師が理性を失った理由〜  第三部  作者: 雪白めると
【第四幕:生贄、そして凄惨なる最期】
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30_咲き誇る、美しき白百合

 冬のはじまりの陽だまりの中、わたしはふんわりと大きく膨らんだお腹を愛おしげに撫でました。

 あの一騒動から、早いもので半年という月日が流れていました。


 臨月を迎えたわたしのお腹の中では、五人目となる新しい命が元気いっぱいに動き回り、今か今かと外の世界へ出る日を待ちわびているようです。

 わたしは中庭に設けられた白い東屋の椅子に腰掛け、三歳になったばかりの末娘のリリアンと一緒に、午後のおやつである甘い焼き菓子を楽しんでいました。


「んー、おいしい!」

「ふふっ、お口の周りにクリームがついていますよ、リリ」


 わたしがハンカチでリリアンの小さな口元を拭ってあげていると、すぐ目の前の広い芝生の方から、激しい破裂音と元気な声が聞こえてきました。


「……甘いですね、父上! 防壁の展開が〇・一秒遅れていますよ!」

「口ばかり達者になったな、リオン。君の放った火球の魔力密度では、僕の防壁を破るのにあと百年はかかる」


 そこでは、七歳になった長男のリオンと、二十七歳になる父親――王国最強の魔導師であるレインハルト様が、恒例の魔法と舌戦のバトルを繰り広げていました。


 リオンの小さな手から放たれる火球や風の刃は、大人の魔導師でも顔を青くするほどの威力を持っています。

 しかし、レインハルト様は片手をポケットに入れたまま、もう片方の指先で指揮棒を振るうように軽く弾くだけで、そのすべての攻撃をこともなげにねじ伏せていました。


「くそっ、これならどうだ!」


 負けず嫌いなリオンがさらに魔力を高めようとした時です。


「にいさま、てつだう!」

「パパをやっつけろー!」


 芝生の端から飛び出してきたのは、五歳になった双子のアルテミスとサリエスでした。

 二人は小さな手を固く繋ぎ合わせると、息をぴったりと合わせて複雑な呪文を詠唱し始めました。

 ズズズッ、という地響きとともに、芝生の土が盛り上がり、大人の背丈ほどもある頑強な土のゴーレムが姿を現しました。


「行けー!」


 双子の号令とともに、ゴーレムがドスドスと重い足音を立ててレインハルト様へと突進していきます。


「ほう。二人掛かりとはいえ、五歳で召喚魔法の複合詠唱を成功させるとはね。……だが、少しばかり動きが遅い」


 迫り来るゴーレムの巨大な拳を、レインハルト様はひらりと優雅に躱しました。

 彼にとっては、ハムスターのパンチを受けている程度の威威でしかないのでしょう。

 それでも、彼の黄金の瞳には、子供たちの確かな成長と恐ろしいほどの才能に対する、誇らしげな苦笑が浮かんでいました。


「まあ、今日のところはこれくらいにしておいてあげよう。僕の愛しい姫君が待っているからね」


 レインハルト様が指をパチンと鳴らすと、ゴーレムは一瞬にしてパラパラと乾いた土に還り、芝生の上へと崩れ落ちました。


「あーっ、また負けちゃった!」

「父上、逃げる気ですか! まだ終わっていませんよ!」


 抗議する子供たちを軽く手で制し、レインハルト様はふわりと足元を宙に浮かせました。

 重力という概念を完全に無視し、風を操るわけでも魔道具を使うわけでもなく、ただ純粋な魔力のみで空中を自由に移動可能な「空中浮遊」。

 現在、この高度な魔法を息をするように扱えるのは、世界で彼ただ一人だけです。

 彼はそのまま滑るように空を飛び、東屋にいるわたしの元へと音もなく降り立ちました。


「お待たせ、僕の可愛いシャル。退屈していなかったかい?」

「ふふっ、子供たちの元気な姿を見ていたので、少しも退屈しませんでしたわ」


 わたしが微笑むと、彼はわたしの隣に腰を下ろし、慣れた手つきで大きなお腹を優しく撫でてくれました。


「もうすぐだね。君の身体に負担をかけるのは心苦しいが、君と僕の新しい絆が生まれる瞬間が、たまらなく待ち遠しいよ」


 彼の手のひらから、じんわりと温かく、甘い魔力が流れ込んできます。

 淫魔の血を引くわたしの身体は、彼の魔力に触れるだけで、とろけるような安心感と微かな熱情を覚えてしまいます。


「レインハルト様……っ、子供たちが見ていますわ……」


 わたしが少しだけ顔を赤らめて小声でたしなめると、彼はわたしの耳元で低く喉を鳴らして笑いました。


「構うものか。僕が君をどれほど愛しているか、彼らには教育としてしっかり見せつけておかないと」


 彼の香木の香りと魔力に包まれながら、わたしはふと、東屋の脇から中庭の端へと視線を向けました。

 そこには、彼が大切に育てている花壇があり、一面に真っ白な百合が咲き誇っていました。


「本当に、不思議ですわね」


 わたしがぽつりと呟くと、レインハルト様が「ん?」と眉を上げました。


「あの白百合たち。本来なら、とっくに季節外れのはずなのに、一年中あんなに見事に咲き誇っているなんて。……お邸の地下の温室でも、とても美しく咲いているとメイドたちが噂していましたわ」


 普通の花なら、とっくに枯れて散っているはずです。

 しかし、我が家の白百合たちは、雪の舞う日でさえも、枯れることなく、瑞々しく大きく甘い花を咲かせ続けているのです。

 まるで、特別な魔法でも掛けられているかのように。


「ノルディアの白百合ですから、冬花なのかしら。それにしても夏でも枯れていなかったわ」


 わたしの言葉に、レインハルト様は黄金の瞳を細め、この世で一番優しい、そしてどこか妖艶な微笑みを浮かべました。


「ああ。それはね、とても『良い養分』が手に入ったからだよ」


彼の指先が、わたしの薄紫の髪をそっと撫でました。


「良い養分、ですか?」

「そう。僕たちのこの幸せな庭を汚そうとする不純物を、すべて彼らが飲み込んで、こうして美しい花に還元してくれているんだ。……だから、君は何も心配せずに、この花のようにただ純粋に、美しく咲いて僕のそばにいればいい」


 良い養分が具体的に何を指しているのか、わたしにはわかりません。

 特殊な魔力を含んだ高級な肥料のことかしら、とぼんやり考えるだけです。


 でも、彼の声の奥に潜む、重く、底知れぬほど深い愛情だけは、痛いほどに伝わってきました。

 この人が、わたしと子供たちを守るために、どれほどのものを捧げ、どれほど完璧な聖域を作ってくれているのか。


「……ええ。わたしは、あなたのためだけに咲くお花ですもの」


 わたしは彼の言葉を素直に受け取り、その広い胸にそっと身を預けました。

 甘い白百合の香りが、春の風に乗って東屋まで運ばれてきます。


 わたしは彼に与えられる絶対的な安全という名の檻の中で、ただただ幸福に満ちた微睡みへと目を閉じたのでした。





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