16_歪んだ執着と生意気な子ども レオノーラside
非番の時間を満喫しようとシルバードの街を歩いていると、やたらと華やかな飾り付けが目に留まった。
至るところのショーウィンドウに、「ターラント、夫婦の日に感謝のプレゼントを」という甘ったるい文言のポスターが貼られている。
どうやら『ターラント』というのは、このシルバード王国特有の行事らしい。
年に一度、夫から妻へ日頃の感謝と愛を込めてプレゼントを贈る、いわゆる「夫婦の日」というやつだ。
通りを行き交う男たちが、真剣な顔で宝石店や花屋の品定めをしている姿がちらほらと見える。
ポスターの日付を見ると、今年のターラントはちょうど一か月後だった。
(……一か月後。これは、利用しない手はないわね)
あたしは真っ赤な唇の端を吊り上げ、公爵邸へと踵を返した。
邸に戻ったあたしは、すぐさま本館の執務室へと向かった。
渡しそびれていた書類を差し出しながら、デスクに向かう公爵に極上の作り笑いを向ける。
「閣下、街はターラントの準備で随分と賑わっておりましたわ」
書類から顔を上げた公爵の黄金の瞳が、少しだけ興味を惹かれたように動いた。
「ああ、来月はターラントか。すっかり失念していたよ」
「奥様も、閣下からの贈り物をさぞ楽しみになさっていることでしょう。ですが、お忙しい閣下のことですから、贈り物を選ぶお時間もなかなか取れないのでは?」
あたしは紅茶のカップをそっと置きながら、わざと憂いを含んだため息をついた。
「もしよろしければ、僭越ながらあたしがプレゼント選びのお手伝いをいたしましょうか」
公爵はわずかに眉を寄せた。
「君が?」
「ええ。奥様は現在ご懐妊中でいらっしゃいますよね。身重の女性の肌に合う柔らかい素材のショールや、流行りの匂い香などは、同性であるあたしの方がお見立てしやすいかと存じます」
すべては「愛する奥様のために」という大義名分だ。
妻に異常な執着を持つこの男なら、妻が喜ぶという言葉には絶対に抗えないはず。
案の定、公爵の冷ややかな瞳に迷いの色が浮かんだ。
「……確かに、身重のシャルロットに贈るものは、普段以上に気を使う必要があるな」
「はい。明日の午後でしたら、あたしも非番ですので、ご案内できますわ」
言葉巧みに誘導し、あたしはついに「明日の午後、一緒に街へプレゼントを選びに行く」という約束を取り付けることに成功した。
(ちょろいものね。大義名分さえあれば、こうして二人きりで出かけることもできる)
街に出れば、いくらでも偶然を装って密着できるし、甘い雰囲気を作り出すこともできる。
勝利の予感に胸を躍らせながら執務室を退室すると、廊下の角で小さな影とばったり出くわした。
見下ろすと、そこには公爵と瓜二つの黒髪に黄金の瞳を持つ、小さな男の子が立っていた。
「おばさん、新しい顔だね。父上いる?」
「え……っ」
『おばさん』という単語に、あたしのこめかみでピキッと青筋が立つ音がした。
ノルディア一の美女、高級娼婦として男たちからちやほやされてきたこのあたしに向かって、おばさんですって!?
「え、ええ……いらっしゃいますわよ」
引きつる笑顔を必死に顔に貼り付けて答えると、ガキは興味なさそうに鼻を鳴らした。
「そう。じゃ……」
リオンという名の公爵家の長男は、あたしと入れ違いに、執務室へと入っていった。
腹立たしさを抑えきれず、あたしは閉まりかけた扉の隙間から、親子の会話に聞き耳を立てた。
「父上、母上と買い物に行きたいのですが、いいですよね?」
息子の無邪気な声に対して、公爵の声は氷のように冷たかった。
「ダメに決まってるだろう。執事と行ってきなさい。シャルが邸を出る時は僕と一緒でなければならない」
「けち!」
「ケチじゃない、我が家のルールだ」
「……父上の結界なんて、僕が解除してやります!」
「はぁ……リオン、父を本気で怒らせるんじゃない。1か月おやつ抜きの刑に処されたいか?」
「!!……くっ、……なんて卑怯な……」
「本当に、どこでそんな言葉を覚えてくるんだか……」
どこまでも妻を自分の支配下に置いておきたい男の、歪んだ執着心が垣間見える会話だった。
あたしはおばさんと呼ばれた屈辱を思い出し、ギリッと奥歯を噛み締めた。
(生意気なお子様ね!たしかまだ六歳だったかしら……)
高級娼婦のプライドをずたずたにされた気分だが、こんなガキに構っている暇はない。
(……まあいいわ。舞台は整ったのだから)
重要なのは、明日の午後、公爵と二人きりで街に出るという事実だ。
あたしは乱れた金髪を指先で梳き、深呼吸をして気を取り直した。
明日はあたしの極上の魅力で、公爵様の理性にたっぷりと綻びを作って差し上げるわ。
あたしは勝利の笑みを浮かべ、コツコツとヒールを鳴らして廊下を歩き出した。




