14_『奥様』の影 レオノーラside
あたしが公爵邸に潜入して数日が経過した。
まずは情報収集だ。
新入りのメイドや、古参の者たちにさりげなく探りを入れることにした。
新入りの一人を捕まえて公爵の印象を聞くと、彼女は頬を染めてうっとりと両手を組んだ。
「レインハルトさまに憧れて……!ほら、あの方って、王国最強の魔導師なのに偉ぶらないし貴公子のなかの貴公子って感じで市井にも人気が高いのよねえ!」
なるほど、民衆からの支持も厚いというわけね。
次に、古参のメイドに的を絞って声をかけた。
「閣下は幼少期からその能力の高さは抜きん出ていましたが、学生時代に花開き、名誉勲章まで異例の早さで受賞されたのですよ」
彼女もまた、うっとりとした顔で公爵の輝かしい経歴を語り出した。
「そこまで素晴らしいお方なら、奥様もさぞかし素敵な方なのでしょうね」
あたしがさりげなく話題を「奥様」へと誘導した途端、メイドの顔からスッと表情が消えた。
「……え?奥様に関しては箝口令が敷かれているのでお答え出来ませんよ」
冷たくピシャリとはねつけられ、あたしは引き下がるしかなかった。
ならばと、公爵邸を仕切る初老の執事に探りを入れてみた。
普段は鉄仮面のように冷静な彼だが、何かポロリとこぼすかもしれない。
しかし、あたしの期待は見事に裏切られた。
「閣下の時代にお仕えできるとは、王国の執事の中でも誇りでございます……!ああ、私の美しくも賢く、お強い閣下……!!」
執事は普段の冷静な調子を完全に崩し、興奮した様子で天を仰いだ。
狂信的な信者のようなその姿に、あたしは思わず呆れてしまった。
なかなかに、使用人からの信頼が厚い主人のようだ。
あのジュリアン王子とは全然違うわね。
彼は外見は悪くはないけれど身分を傘に着て偉ぶる所があるし、お世辞にも平民に人気があるとは言えない。
男としての器の違いをまざまざと見せつけられた気分だ。
「邸内の女使用人たちからの人気も高いようですが、他の貴族の子女からも言い寄られているのではありませんか?」
「ははは。それはもう、貴族どころか王……いや、失礼。主人の女性関係に言及するのは失礼にあたります」
「まあ。……やはりそうですよね」
彼の周囲に女性の影があるのは間違いなようだけれど、しかし、肝心の夫人の情報がまったく手に入らないのは焦る。
どんな容姿で、どんな性格で、公爵とどんな関係を築いているのか。
敵の姿が見えなければ、効果的な引き離し工作の計画も立てられない。
焦りを感じ始めたあたしは、あの手この手で偶然を装って誘惑を仕掛けることにした。
すれ違いざまにわざとハンカチを落としてみたり、給仕の際に豊満な胸を彼の肩口に掠めるように押し付けてみたり。
紅茶のカップを差し出す時に、わざと指先をねっとりと絡ませてみたりもした。
どれも男なら絶対に視線を奪われ、下半身が熱くなるはずの、高級娼婦の高等テクニックだ。
しかし、公爵はなかなか落ちない。
それどころか、あたしの胸元にも、絡みつく指先にも、視線すら向けてくれない。
まるで道端の石ころか、動く家具でも見ているかのような、完全な無関心。
再度、回廊で彼と鉢合わせた際、潤んだ瞳で彼を見上げ、「閣下、お疲れのようですね……。あたしでよろしければ、お肩を……」と、甘い声で囁いてみた。
しかし、公爵の反応は、あたしの予想を遥かに裏切るものだった。
「……それは君の業務範囲ではない。下がりなさい」
彼は一瞥もくれず、ただ氷のような冷たい言葉を投げ捨てるだけだった。
「色男だからって、お高く止まってるわね」
あたしは誰もいない廊下で、ひとりごちて爪を噛んだ。
プライドをひどく傷つけられ、胸の奥で苛立ちの炎が燃え上がる。
絶対に、あの冷ややかな黄金の瞳を欲情に歪ませて、あたしの前で跪かせてやるわ。
そう決意を新たにした日の午後。
あたしは言いつけられた書類のお使いで、本館の執務室の前へとやってきた。
ノックをしようと手を上げたその時、分厚い扉の向こうから、信じられないほど甘く、蕩けるような男の声が聞こえてきた。
「……ああ、駄目だ。君がそんなに可愛い声で僕を呼ぶから、仕事なんかどうでもよくなってしまうじゃないか」
それは、使用人たちに向ける冷徹な声とも、あたしを無視した無関心な声とも違う。
男が極限まで欲情し、愛しい相手を貪ろうとする寸前の、夜の色気を孕んだ声だった。
(まさか、中に……例の『奥様』がいるの?)
あたしはごくりと息を呑んだ。
あの鉄壁の公爵をあんな声で鳴かせる女が、すぐこの扉の向こうにいるのだ。
足音を殺し、あたしはそっと扉の隙間に耳を押し当てた。




