表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/36

10_帰還後の静かな監禁

 国境を越える転移魔法は国際条約で固く禁じられているため、私たちは再び数週間の船旅を経て、故郷であるシルバード王国へと帰還しました。

 船上でのレインハルト様は、行きよりもさらに過保護で、片時もわたしから離れようとはしませんでした。

 ノルディアでのあの一件が、彼の独占欲にひどく油を注いでしまったのです。


 そして辿り着いたヴァルテンベルク公爵邸の別館は、以前にも増して厳重な魔法の結界に覆われていました。

 目に見えないはずの分厚い魔力の壁が、陽光をわずかに歪ませてきらきらと輝いているのがわかります。


「さあ、帰ってきたよ、僕の愛しい小鳥。ここが世界で一番安全な、君のための場所だ」


 馬車を降りるなり、わたしはふわりと抱き上げられ、足に土をつけさせてもらうことすらできませんでした。


 彼が用意してくれたこの「黄金の檻」は、外の世界のあらゆる悪意からわたしを守ってくれる完璧な聖域です。

 しかし、その愛の壁があまりにも分厚くなりすぎて、少しだけ息苦しさを覚えてしまうのも事実でした。

 邸内の使用人たちの数もさらに厳選され、わたしが自由に歩き回れる範囲は、彼の手の届く部屋と限られた中庭だけに制限されてしまったのですから。


「……レインハルト様、もう邸の中ですわ。自分で歩けます」

「駄目だ。君の柔らかな足の裏が冷たい床に触れるだけでも、僕は心配で気が狂いそうになる」


 彼はわたしの首筋に顔を埋め、甘く重厚な声で囁きながら、口付けを落としました。

 彼から途切れることなく流れ込んでくる過剰な魔力と精気が、淫魔リリスの血を引くわたしの身体を熱く蕩けさせていきます。


 ノルディアでの恐ろしい記憶も、彼にこうして抱きしめられている間だけは、愛欲の波に攫われて消え去ってしまいそうになります。


「父上、母上ーっ! おかえりなさい!」


 不意に、パタパタという可愛らしい足音とともに、元気な声が廊下に響き渡りました。

 重く息苦しい空気を切り裂いて飛び込んできたのは、黒髪に黄金の瞳を持つ六歳の長男、リオンです。


「あら、リオン! 良い子でお留守番、ありがとうね」


 わたしがレインハルト様の腕の中から身を乗り出して微笑むと、リオンの背後から、銀灰色の髪を揺らした双子のアルテミスとサリエス、そしてよちよち歩きのリリアンも満面の笑みで駆け寄ってきました。


「ママー! さびしかったー!」

「おみやげ、ある?」


 子供たちの賑やかな声に包まれ、わたしはようやく、心からの安堵の息を吐くことができました。

 この賑やかで純粋な天使たちの存在こそが、重すぎる愛の海で溺れそうになるわたしを繋ぎ止めてくれる、たった一つの浮き輪なのです。


「リオン。母上は長旅で疲れているんだ。僕が特別に魔力で癒やしてあげなければならないから、後にしてくれないか」


 レインハルト様が、露骨に不機嫌そうな冷たい声で息子たちを牽制しました。

 しかし、我が家の小さな騎士様は、そんな最強の魔導師の威圧に怯むようなヤワな男の子ではありません。


「だめです! 父上はいつも母上を独り占めして、お部屋から出してくれないでしょう!」


 リオンは小さな両手を広げ、わたしたちの前に立ちはだかってキッと彼を睨みつけました。

 黄金の瞳と黄金の瞳が、バチバチと激しい火花を散らしています。


「いいかい、リオン。外の世界には、君の可愛い母を狙う悪い虫がたくさんいるんだ。僕がこうして結界を張り、この手で抱きしめて守ってあげないと……」

「父上が一番、母上にベタベタしてるくせに!」


 リオンの的確すぎる指摘に、わたしは思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えました。


「さあさあ、お二人とも喧嘩はやめて。レインハルト様、わたしは子供たちとお茶の時間を楽しみたいですわ」


 わたしが優しく微笑みかけると、レインハルト様は渋々といった様子でわたしをふかふかのソファへと下ろしてくれました。


子供たちに囲まれ、ノルディアでの出来事をかいつまんで話しながら、穏やかなティータイムが始まります。

 しかし、子供たちが双子の召喚したミニゴーレムの不器用な動きに夢中になっている隙を突いて、背後からスッとレインハルト様の大きな手が伸びてきました。


「ひゃっ……」


 ドレスの背中の隙間から滑り込んだ熱い指先が、わたしの背骨をなぞるように這い上がり、ビクッと身体が跳ねます。


「レインハルト、様……っ、子供たちが、見ていますわ……っ」


 わたしは顔を真っ赤にして小声で抗議しましたが、彼は悪びれる様子もなく、わたしの耳朶を甘く食みました。


「見事な防壁を築いたリオンには感心するが、僕の魔法はそれを容易くすり抜けるからね。……君の温もりを直に感じていないと、あの男を殺さずに生かしておいた自分を、今すぐ呪ってしまいそうになるんだ」


 彼の囁きには、隠しきれない暗い情念と、危うい執着がねっとりと絡みついていました。

 わたしは子供たちに気づかれないよう必死に平静を装いながら、ドレスの下で彼の手のひらから注ぎ込まれる熱い魔力に、どうしようもなく満たされていく自分を感じていました。


 外の世界はあんなにも恐ろしかったけれど、この安全すぎる檻の中もまた、別の意味でわたしの理性を溶かしてしまう危険な場所なのです。








第三部一幕、ここまでお読みくださりありがとうございました。


第二部終幕から三年後。

外の世界へ憧れるシャルロットと、それを静かに恐れるレインハルト。

第三部は、ふたりの幸福な檻の外側から、少しずつ悪意が近づいてくる幕として始まりました。


次幕からは、夫婦の破局を狙う者たちと、彼女を守るためなら怪物へ堕ちていくレインハルトが、さらに大きく動き出します。


引き続き見守っていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ