第十二章 門
「紅、俺ちょっとパトロール言ってくっから。」
蒼が首をぐるぐる回しながら言った。
「このところ運動不足で、体がなまっちまって仕方ねえ。」
遅い夕飯を終え、紅は食器を片付けているところだ。
「それはご苦労様。気を付けて行ってきてよ。」
「わかったー。」
そう言うと、蒼は家を出て行った。
大きくジャンプして真言坊の屋根に飛び乗ると、青鬼の姿へと変身する。腕や足を伸ばして軽くストレッチすると、
「パトロール開始。」
と言って、真言坊を後にした。家々の屋根から屋根に飛び移っては、辺りを見回し異常がないかを確認する。何事もなく戸板神社までたどり着いた時、奥の院の方で“ギ―”と戸が閉まるような音が聞こえた。
「ん、何の音だ。」
蒼は音のした方へと木を伝って移動した。本殿から奥の院までは細い坂道になっている。蒼が坂道を少し上ると、
「何だこれ。」
思わず声が出た。細い坂道の左手に突如大きくて立派な門が建っていた。そこは土砂を防ぐための石垣が組まれている場所のはずだ。
よく見ると、観音開きの屋敷門は長い年月を経て黒々と重厚感のある木材で造られており、扉の左右には鳳凰の豪奢な彫り物が施され、屋根には艶やかな瓦が敷き詰められていた。月夜にぬらぬらと浮かび上がる屋敷門、雲の切れ間から月灯が門を照らすと、彫り物に銀の筋が浮かび上がった。あまりの威圧感と美しさに蒼は鳥肌が立った。
「いったいこの門はどこに通じてんだ。」
蒼は門を押してみたが、門は微動だにしない。しばらくの間門を眺めていたが、何の変化もなく、蒼は真言坊へ帰ることにした。
「ただいまー。」
戸板神社で異様な門を見つけ、釈然としないまま帰って来た蒼である。
「お帰り。パトロールご苦労様、何事もなかった。」
風呂上りの紅が聞いてきた。
「それが、」
何から話したものか蒼が思案している。
「神社に門があったんだ。」
「えーと、戸板神社に門はなかったよね。皆に開かれている神社だから。」
また蒼が変なことを言っていると紅は子供を諭すように話した。
「そうじゃなくて、門が出来てたんだよ。奥の院に行く途中に。」
蒼が思ったことが通じなくてイライラぎみに言った。
「奥の院に行く途中に門が出来たの。あそこは石垣が組んであるよね。」
「そう、その石垣のところにでっかい門があったんだ。あれは普通じゃなかった。」
蒼の真剣な様子を見て、やっと紅もただ事ではないと理解できた。
「本物の門だった。影だけとかじゃなくて。」
「本物だった。押してみたけど、俺の力でもピクリとも動かなかった。」
思い出して蒼は眉間に皺を寄せている。
「とにかく、明日朝一で行ってみよう。」
紅が言うと、蒼は頷いた。
次の日の朝、この日は宿泊客がいなかったので、紅と蒼は早めに朝食を済ませ歩いて戸板神社に向かった。
「いったい、あの門は何なんだ。またあの門があったらどうしたらいい、紅。」
いつになく弱気な蒼である。
「悪さをしなけりゃいいんだけどね。まあ、一緒に見てみようよ。」
紅は蒼の肩をぽんぽんとたたき、奥の院へと進んだ。
紅と蒼が細い坂道を進むと、そこには、門はなかった。
蒼は石垣に向かったまま立ちつくしている。
「本当にあったんだからな、ここに、こーんなにでっかい門が、ぬらぬらって。」
蒼は紅に向かって必死に身振り手振りしながら話す。
「もちろん、蒼が見たんだから昨夜は門があったんだよ。」
そう言って紅は蒼の背中をさすった。蒼は悔しそうに肩を落としている。
「もしかしたらさ、夜しか見えないのかもしれないね。今晩、一緒に来てみようよ。」
紅が言うと、蒼はしょんぼりと頷いた。
遅い夕飯が済むと、二人は出かける準備をした。準備と言っても、元の鬼の姿に戻るくらいだが。この日も真言坊の屋根に飛び乗ると、家々の屋根を伝い戸板神社の奥の院へと向かった。
「あっ、」
紅が声をあげた。
奥の院に続く坂道を紅と蒼が上って行く先に、月あかりに照らされ圧倒的な威圧感
を持つ大きな門が建っていた。門は蒼が言った通り、とても大きく立派な造りで月あかりに照らされた鳳凰の彫り物が銀色に波打っている。門の迫力に紅も背筋がゾクゾクした。
「な、本当にあっただろ。すごい門だろ。」
蒼が紅の方を向いて興奮気味に言う。
「本当にあったね。思った以上に迫力満点。ていうか、これどういうこと。昼間は消えてしまって夜だけ現れるってことだよね。」
いったいこの門は何なんだろうと紅が頭をかしげる。
「そうだよね。何のための門なんだろうな。」
蒼も不思議に思うと同時に訳が分からない。
「何にしても、ただの門ではないってことよね。何しろ昼間は消えてしまうなんて。」
「そうだよな。まあ、常世の門ってことだな。」
蒼は自分が言ったとおりに門があって、満足したようだ。
「何も悪さをしなけりゃいいんだけど、それにしても気持ちよくはないわね。」
紅はこの門のせいで何か悪いことが起こらなければいいがと心配している。
「確かに、気味が悪いよな。」
何とはなしに二人は顔を見合わせると、
「こんな時は宮司さん、だな。」
と言って笑いあった。
次の日、お客様のお見送りが済むと紅と蒼は宮司さんに話を聞くため二人で社務所に向かった。
「こんにちは。」
二人が社務所の戸を開けると、宮司はお札書きをしているところだった。
「こりゃこりゃ、紅ちゃんに蒼ちゃん、いらっしゃい。」
宮司は筆を止めて二人の方を向くと優しく微笑んだ。
「実は、宮司さんに教えてほしいことがあって、忙しい所申し訳ないんですが。」
そう言って紅が頭を下げた。
「教えてほしいこと、はてさて何じゃろうな。」
そう言って、宮司は筆を置いた。
「実は、奥社に上がる途中の坂道に、昨夜大きな門が建っているのを見たんです。でも朝には影も形もなくなっていて。おそらく夜にはまた現れると思うんです。この門が何なのか、宮司さんなら何か知っているかと思って。」
そう言って紅と蒼は宮司を見た。
「夜だけ見えて昼間は消える門ねえ、えー、」
そう言って宮司はあごひげを撫でつけながら何やら考えている。
「立派な門なんだよねえ。」
斜め上を眺めながら宮司が聞く。
「大きくて立派な門だった。な、紅。」
「ええ、観音開きで瓦の屋根もついていたし、何か鳳凰みたいな彫刻も確かあったような。」
紅と蒼は思い出しながら宮司に説明する。
「立派な鳳凰のある門ねえ、うーん。」
そのまましばらくの沈黙の後、
「わしもうる覚えなのじゃが、昔聞いたことがあるようなないような、神移りの門だったかな。」
宮司は目を閉じ記憶をたどりながら話した。
「確か、神様が場所を変えるときに通る門があると聞いたような…。」
「神様が通る門。」
紅と蒼は同時に言って顔を見合わせた。
「わしの記憶が正しければじゃがの、神様が別の場所や新しい社に移る時に門を通って行くと聞いたことがあるんじゃ。」
「だったら、悪い門ではないですね。」
紅が宮司に尋ねる。
「そうじゃの、神様が通る門ならば悪いことはないの。」
それを聞いて紅と蒼はほっとした。
「やっぱり宮司さんに聞いて良かったです。安心しました。」
「頼りになるのは宮司さんです。」
二人は宮司によくお礼を言うと、気持ちも軽くなり真言坊へと帰って行った。
そうは言ったものの、あの門は気になるので毎日二人は交代で夜のパトロールをすることにした。相変わらず夜には立派な門が現れ、昼には跡形もなくなる。門を見つけてから一か月が過ぎたが、夜になればまた門が現れる。
「なあ、紅。門見つけてからもう一か月だよな。神移りって、時間かかんだな。」
蒼が朝ごはんを食べながら大きなあくびをした。鬼といえども毎晩のパトロールが続いて少し疲れているようだ。
「確かに長いよね。門が現れたらすぐに神様が門をくぐって行くのかと思ったけど。」
紅もつられてあくびをしている。二人とも疲れがたまっているが、戸板村に何かあっては困るので、門が消えるまではパトロールを続けることにしてある。
その晩のパトロールは紅が当番になっていた。夕食後赤鬼となった紅はいつもの様に真言坊の屋根に飛び乗り、家々の屋根を伝って神社の奥社へと続く坂道にやって来た。
今晩も月灯に照らされ、威圧感たっぷりの門が堂々と構えている。
「まだ、健在ですねー。」
紅が門を眺めながらつぶやくと、
「そうなのよ、ほんっとに困った地主神だわ。」
と、天から聞き覚えのある声が降って来た。
思わず紅が天を見上げると、
「あら鬼、久しぶりね。」
ずっと昔、神界で聞いた声が返って来た。
「天之御中主神様。」
そう言って紅は硬直した。この神様ちょっと怖いのだ。
「あら、ちゃんと覚えていたのね。おりこうさん。」
紅が神様の名前を憶えていたことが嬉しいらしく、ご機嫌だ。
「ちょうどいいわ。鬼、深谷村の神社に行って、地主神に速くこの門を通って神移りするように説得してきてちょうだい。」
神様は地主神のことを思い出して、またイライラし始まった。
「私がですか。」
紅が突然のむちゃぶりに驚いていると、
「隣村だから、ちょっと行って、何なら引きずってきてもいいから。この門だってこのままにしておくわけにいかないし、移り先だって神様不在で治安が悪くなってんのよ。」
天之御中主神は言いながらまた怒りがぶり返してきたようだ。
「あー、またイライラしてきた。そういう訳だから、鬼宜しく頼んだわよ、いいわね。」
そう言って、神様の声は聞こえなくなった。以前もそうだったが、お忙しいようだ。
「隣の深谷村って言ってたな。地主神。地主神。」
紅は忘れないようにぶつぶつ言いながら、真言坊に帰った。
「やっぱりあの門は神移りの門だったんだな。」
蒼が朝ごはんの卵焼きを頬張りながら言った。
「そう、宮司さんの予想は当たっていたのよ。ところが、その神移りする神様が移動しないせいで門がいつまでもあそこにあるってことらしい。」
紅はご飯を食べ終わってお茶をすすっている。
「それで、その神移りする神様を俺たちが連れてきて、あの門から移動させろっていうことなんだな。」
蒼は二杯目のご飯を口にかき込んでいる。
「そうそう。深谷村の地主神だって。深谷村ってもう人は住んでないよね。」
「ああ、過疎の村だよな。人がいなくなったんで神移りするってことか。」
「何でも、神様が移動しないから、移動先が神様不在で治安が悪くなってるって言ってた。」
そう言って紅が眉をひそめた。
「神様のくせに、人騒がせだな。そんなことなら、今日にでも深谷村に行ってその地主神引きずってきて、あの門の向こうに送り込めばいいわけだな。」
そんなことはお安い御用と蒼はやる気満々だ。
「ただね、相手は神様だから。そう簡単にいくかな。」
紅は少々不安なようだ。
朝食の片付けが終わると、紅と蒼は早速深谷村に向かうべく家を出た。車で行っても良いが、深谷村は歩いても三十分程度の距離。お天気も良く散歩日和なので歩いて行くことにした。このところ雨や曇りが多かったが、今日は朝から日が差して気持ちの良い青空が広がっている。
「久しぶりに天気いいなー。」
蒼が伸びをしながら言う。
「本当ね。天気がいいと気分もいいよね。」
紅も腕のストレッチをしながら歩く。幹線道路を渡り、深谷村に近づくにつれ車の通りはなくなり辺りが静かになる。しばらく歩くと木々が増え鳥や虫の声が聞こえ始める。人がいなくなった分、自然が豊かになっている。
道を進むとぽつりぽつりと空き家が目に入る。何件かの空き家を通り過ぎた頃、林に続く小道の入口に木の鳥居が見えてきた。
「あれだな。」
蒼が顎で鳥居を指した。
「間違いないね。行ってみよう。」
紅と蒼は鳥居をくぐり先に進んだ。村に人がいなくなり神社の手入れもされていないので、境内は雑草が生い茂っている。雑草をかき分けて行くと、林の中に小さな木の社があった。本来ならば大木に囲まれ、こじんまりとしながらも居心地の良さそうな社だが、今は伸びた雑草やツルに今にも全部が飲み込まれてしまいそうだ。
「ひどいわね。」
あまりの荒れように紅が眉をひそめる。
「さっさと神移りすればいいのに、な。」
蒼が大きな声で言って、紅に“しっ”怒られる。
社までたどり着くと、二人は地主神に声をかけた。
「こんにちは。地主神様。天之御中主神様に言われて、お迎えに来ました。」
紅が言って、二人はしばらく反応を待つ。しかし地主神は現れず、声も聞こえない。
「地主神様、偉い神様に言われて迎えに来ました。」
今度は蒼が言うが、やはり地主神は現れない。何も反応がなくて二人は顔を見合わせる。
「地主神は本当にここにいるのか。」
蒼が頭をくしゃくしゃかきながら紅に聞く。
「天之御中主神様が隣村の神社に行けって言ったから、間違いないよ。」
「じゃあ、地主神はどっかにでかけてるのか。」
二人は顔を近づけて、こそこそと話し合った。
「もしかして、神移りしたくないから居留守してるんじゃない。」
紅がひそひそと言うと、
蒼がなるほどと頷いた。
「なら、何か作戦が必要だな。一芝居打つか。」
蒼はそう言うと、
「なんだ、地主神はもうここにいないのか。だったらこの社はもういらないな。ひとつ俺の破壊力抜群のケリで壊してしまおう。」
わざと大きな声でそう言うと、社の端の方を軽く蹴飛ばした。それでも地主神は出てこない。
「よーし、今度はもっともっと強く蹴ってみよう。今度こそ社はぶっこわれるぞ。」
蒼はますます大きい声でそう言うと、足を大きく後ろに振り上げた。その時、どこからともなく声が聞こえてきた。
「ちょっと待ってー。」
蒼は一瞬止まったが、
「何か聞こえたけど、よくわかんなかったな。やっぱり地主神はいないようだから、社をぶっこわそーっと。」
そう言って蒼がまた後ろに足を振り上げると、
「わかった、わかりました。もう降参です。」
と言って、地主神が二人の前に現れた。
小さいうえにやせ細って、ぼろぼろの着物をまとっている。白い髪と髭がぱらぱらと生え、目も眉も頬も全体が垂れてしょぼくれた様相だ。
蒼がくるっと地主神に背を向け、紅の耳元で、
「こいつ本当に神様か。」
と聞いている。紅にわき腹をつねられ、アイタタと地主神の方に向き直った。
「地主神様、天之御中主神から言付かってきました。神移りの門がもう現れているので、今夜にでも新しい土地に移ってください。」
紅がそう言うと、
「………。」
地主神が何か言ってようだが、あまりにも小さい声でほぼ聞こえない。鬼は耳もよく聞こえるのだが、それでもだ。
「すみません、聞こえなかったのでもう一度お願いします。」
そう言って紅が頭を下げると
「私は、ここにいたいから、神移りはしない。」
小さい声だが今度は聞きとれた。この神様声が小さいうえに、とても早口なのだ。
「そう言われても、もうここには人がいなくて神社も荒れ放題ですよ。神様が来てくれないので、新しい土地も治安が悪くなってるって言ってました。新しい土地に移って人々を助けてあげて下さい。」
紅がお願いしても、神様は俯いて首を横に振っている。
「神様、どうして神移りが嫌なんですか。」
今度は蒼が聞いた。
「………。」
また声が小さくて聞こえない。
「すみません、俺耳が悪いようで、もっと大きい声でお願いします。」
そう言って蒼が頭を下げる。
「知らない土地は怖いから…。」
今度は聞こえたが、神様からこんな言葉がでるなんてと、紅と蒼はあきれて口をあんぐりと開けたままだ。
蒼が再び地主神に背を向けて紅に聞く、
「こいつ、本当に神様なのか。」
今度は紅も首を垂れるしかない。しばらく紅は何やら考え込んでいたが、
「もしかして、この神社に参拝する人間がいなくなって地主神様はエネルギー不足なんじゃありませんか。」
「そうか、それで弱気になってんのか。」
蒼もなるほどと手を打った。
「………。」
地主神も何か言ったが、やはり声が小さく聞き取れない。
「神様、大きい声でお願いします。」
蒼に促され、地主神は息を吸い込むみもう一度、
「そうなのかな。」
と言った。
「きっとそうですよ、新しい土地に行ってたくさんの人が参拝すればもっと元気になって、声だって大きくなりますよ。さあ、行きましょう。」
紅が促した。地主神は一瞬行ってみようかという素振りを見せたが、また俯くと首を横に振った。その時、ドドーンと天から雷が落ちてきて、地主神の社を直撃した。社は粉々になって辺りに飛び散った。紅、蒼、地主神は突然のことにまず驚いて目を見開き、次に粉々になった社を見た。地主神の目に涙が浮かんだ。
「地主神、いいかげんにしなさい!」
辺り一帯に天之御中主神の怒りの声が響き渡った。
あまりの大音量に地主神は耳を塞いでいる。
「あなた、いったいどれだけ人に迷惑かけているかわかってるの。あなたのせいで、神移りの門は戸板村から動かせないし、他でもね門を早く貸してくれって急かされてるのよ。待たせてごめんなさいねって、なんでこの私が謝らなければならないわけ!しかも新しい土地には人が増えているのに、あなたが行かないから悪いのがはびこっちゃって治安が悪くなってんのよ!ねえ、この状況わかってる?」
地主神は俯いて目を潤ませるばかり。
「それにあなた、そんな貧相ななりで。こんな人のいない所にいつまでもいつからエネルギー切れなわけでしょ。」
天之御中主神はハアーっと大きなため息をつくと、
「社は私がぶっこわ…、始末してあげたから、もうここには居られないわよ。今から戸板神社に行って、今晩門から神移りなさい、わかった!」
地主神はうなだれたまま小さく頷いた。
「鬼、もし地主神が動かないようなら、本当に引きづって行っていいから、お願いね。じゃあ。」
そう言うと、天之御中主神は天界へと帰って行った。
「じゃあ、戸板神社に行きましょうか。」
そう言って紅が歩き出すと、地主神はうなだれたまま紅の後に続いて歩き出した。地主神を挟むようにして蒼が後に続く。
「神様って、歩くんだな。」
ぽつりと蒼が言う。そう、この地主神はエネルギ―切れで歩いて移動するしかないのである。ちょっとかわいそうだ。もちろん、神様の姿は人間には見えない。
昼前に戸板神社に着いたが、神移りの門は夜にならないと開かない。地主神には夜まで境内で待ってもらうことになった。
日がとっぷりと暮れ、紅と蒼は戸板神社の奥の院へと続く坂道に向かった。
今夜も神移りの門が月の光に照らされ、威圧感たっぷりに建っている。地主神は既に門の前に来ていた。
「地主神様、いよいよですね。」
紅が声を掛けると、神様は俯きながらもコクっと頷いた。ここまできたら決心もついたのだろう。地主神が門の前に立つと、一瞬門のふちが金色に輝きギギーという木がきしむ音とともに、門がゆっくりと開いた。門の向こうは温かい光に満たされている。地主神は紅と蒼の方を向くと二人にペコっと頭を下げ、再び門に向き直ると今度は俯いていた顔を上げて門の中へと消えて行った。
地主神が門の中に進むと、門は再びギギーという音をたててゆっくりと閉まった。そして門全体がユラユラと滲んだかと思うと、下からだんだんと消え始めまるで何事もなかったかのように、そこには神社の石垣が残った。
「地主神、行ったな。」
蒼が苦笑いしている。
「行ったね。社を壊されたから、行くしかないよね。」
紅も今日のことを思い出しやはり苦笑いだ。
「まあ、神様なんだから、行けば何とかなんだろ。」
蒼は地主神が新しい土地でうまくやっていけるのか少し心配なようだ。
「そうよね。それになんだかんだ言って、天之御中主神様が見守ってくれているから。何かあればきっと助けてくれるわよ。」
「そうだよな。口は悪いけど、ああ見えて面倒見は悪くないよな。」
「蒼、雷落とされるよ。」
紅に言われ、蒼が体を縮める。
二人は任務を終了し、真言坊に帰って行った。これで門のパトロールも終了だ。
それから一か月もたった頃、紅と蒼、郁人の三人が朝ごはんを食べていると、テレビからニュースが流れてきた。
「浅谷市に新しい警察署が完成しました。近年の急激な人口増加に伴い、所属する警察官の人員数も見直され大幅な増員となりました。軽犯罪の増加が懸念されていましたが、これで治安の悪化抑止となることが期待されています。」
「蒼、もしかして。」
二人は顔を見合わせ微笑んだ。
「あの地主神はここに行ったのかもしれないな。」
「神様が鎮座して、治安がこれから良くなっていくね。」
人々が安全に暮らせるようになりそうで紅と蒼も一安心。
「浅谷市の神社、今度行ってみようか。」
紅が提案すると、蒼も乗り気だ。
「あの神様、たくさんの人に参拝してもらって元気になってるかもな。声もでかくなったかもよ。」
そう言って蒼が笑った。




