第8話 神楽巫女
「どう? 落ち着いた?」
「はい。すみません、取り乱してしまって……」
「かまへんかまへん! あ、これ局長がお裾分けしてくれた紅茶! めっちゃ美味しいんよ~」
室内にあった来客用の椅子に腰かけ、絃葉は勧められた紅茶を飲み下す。
味わい深く、芳醇な香りがすっと鼻に抜け、絃葉は感嘆の息をこぼした。
「おいしい……!」
「やろ! 局長は紅茶がめっちゃ好きでな。たまにおすすめのやつこっちに送ってくれるんよ。逆に送られ過ぎて戸棚のなかでダメにしてしまうぐらいやったから、ちょうどええわ」
「そ、そんなに多く送ってくださるのですか?」
「こんなようけ要りませんーって言ったんやけど、二番隊の局員にもぜひってアホほどくれるねん。いや、気持ちはありがたいんやけどな? 局員も毎日紅茶飲むほど好きってわけじゃないし、ちょっと数減らしてくれるだけでええんやけど……。あ、気に入ったんなら分けてあげるで!」
「いいのですか?」
「もちろん! 局長も喜んでくると思うから、いっぱい持ってって! あとで渡すわ」
「ありがとうございます……!」
対座する荷風はうんうんと満足そうに頷き、自身もティーカップに口をつけた。絃葉の隣に腰を下ろしていた剣も、紅茶を飲んで小さく一息つく。
「絃葉ちゃんもリラックスできたとこで、そろそろ本題に入ろか」
荷風がカップをソーサーに置き、真剣な表情に変えたところで絃葉と剣も背筋を伸ばした。
「まずは、絃葉ちゃん。気持ちの整理がつかんなか、急にこんなとこに連れてきてしもて、ほんま申し訳ない。剣から契約結婚のことは聞いてる?」
「はい。亡くなられた奥様としてしばらく一緒に生活してほしい、と」
「そう。ほんまはこんなこと頼める義理はないんやけど、絃葉ちゃんの力を借りるしか御所の結界を維持する方法がなくてな」
「御所の結界?」
「うん。順番に説明するわ。剣」
「はい」
目配せされ、剣は懐から一枚の写真を取り出した。それを絃葉に手渡す。
写真には浴衣姿の剣と、彼の隣で微笑んでいる女性が映っていた。
「この方は……」
「俺の妻、梓だ」
この女性が、剣の妻。彼が化けてほしいと乞うた相手。
祭りに行った際の写真だろうか。梓もまた浴衣を着ており、髪も結い上げられていた。二人ともとても幸せそうな笑顔で、仲睦まじかったことが容易に察せられる。
「梓はもともと二番隊に所属してた局員でな。うちと剣の部下だった。……半年前に妖との戦いで殉職したんや」
「殉職……」
絃葉だけでなく、剣の顔も翳る。
妖伐局の局員はつねに危険と隣り合わせだ。強力な妖との戦闘において命の保証はない。
写真を見る限り、梓も剣とそう歳が変わらないぐらいの若さだ。もしかすると、自分と同じくらいかもしれない。同世代の女性がこの世を去ったと思うと、胸が苦しくなる。
「梓の実家は巫家ゆうて、京都で由緒ある退魔師一族なんや。退魔職種は神楽巫女。文字通り、神楽を舞うことで防護壁や結界を構築する、稀少な退魔師を輩出してる」
「じゃあ、梓さんも神楽巫女として局員に?」
「いや、梓は妖具を使って戦ってて、他の局員と同じやった。何でも、一族のなかでも神楽巫女になれるのは一握りらしくてな。素質ある人やないと術が構築できんらしい」
荷風の説明に相槌を打ち、絃葉は気になっていた疑問を投げかける。
「でも、その神楽巫女がわたしの変化の妖術が必要なこととどういう関係が?」
「実は、梓の妹――梛ちゃんが神楽巫女で御所に張り巡らせてる結界を維持してるんやけど、一週間後空いた時間できたから梓に会いたいって連絡がきてな」
「梛さんは、梓さんが亡くなられたことを知らないのですか……⁉」
「言えなかったんだ」
そこで、剣が重々しく口を開いた。
「梛は梓が大好きで、とても慕っていた。時間があれば梓に会いに行ってよく出かけたりしていた。そんな彼女に、梓の死を受け入れることは到底できない。そう思うと言えなかった」
「そんな……。でも……」
「言いたいことはめっちゃわかる。でもな、絃葉ちゃん。神楽巫女の術、つまり神楽そのものの質は本人の精神状態と深く関わってんねん」




