第7話 二番隊隊長・南雲荷風
二番隊の局員たちと合流し、ついに京都へ出発する時が来た。
車、あるいは鉄道で移動するのかと思いきや――
「雲外鏡の力を使って、二番隊の本拠地まで行く」
「雲外鏡?」
「鏡型の付喪神だ。すべての鏡に通じていて、鏡間の移動が可能になる。鏡堂」
「うす」
呼ばれて、一歩前に進み出たのは灰色の髪の青年局員だった。
中肉中背で長い前髪からは大きな猫目が覗いている。少し気だるげそうな雰囲気を醸し出している彼の隣には、ふわふわと浮遊している鏡が。赤ん坊ぐらいの大きさはあった。
「恵射。二番隊基地、おれの部屋まで」
『かしこまり~』
陽気な若い男性のような声が鏡から発せられた瞬間、突如、鏡の大きさが大人ほどの丈になった。どうやら自由自在に大きさを変えることができるらしい。
絃葉がその光景に驚いていると、雲外鏡が淡く光り出した。
「俺は彼女と一緒に入る。先に行ってくれ」
剣が近くにいた局員にそう指示したので、男性局員が雲外鏡のなかへと入っていく。鏡のなかへ溶け込むようにしてすんなりと消え、絃葉は目を瞠った。いつの間にか自分と剣、そして鏡堂の三人以外の局員が全員転移していた。
「副隊長」
鏡堂がこちらに目配せしたので、剣は頷いて絃葉のほうを振り返る。
「俺たちも行こう」
「は、はい」
剣が手を差し出してきてくれたので、絃葉はおずおずと彼の手をとり、鏡のなかへと入った。
「わあ……」
雲外鏡のなかは白亜の空間になっており、真正面に姿見が一つあった。おそらくこれが二番隊の本拠地に繋がっている鏡なのだろう。
剣とともに姿見のなかを通り抜けると、内装が木造の洋風部屋に辿り着いた。
洋風タンスやランプなど、目にしたことのない華やかな調度品が並んでいる一方で、壁には海外のアーティストと思しきポスターが所狭しと貼られていた。グッズなども調度品のうえに置かれていたりする。
「じろじろ見んな。ここ、おれの部屋だから」
「す、すみません……!」
絃葉が興味津々で見つめていたので、部屋主である鏡堂が睨みを利かせた。
「鏡堂」
「……すいません」
剣に咎められ、鏡堂は小さく謝意を述べてそっぽを向いた。
――わたし、嫌われているのかしら……。
だが、それもそうかと思い直す。
自身は妖狐の血が濃く反映されている。絃葉に悪意がないとはいえ、脅威となりえる妖の力を保有している限り他者から警戒されるのは何らおかしくない。
「申し訳ない。部下が失礼な態度を」
「大丈夫です。気にしていませんから」
「佐奈子さんは部下が医局に連れていく。目が覚めたらすぐに事情を伝えられるよう、部下を警護にあたらせるから安心してほしい」
「ありがとうございます」
剣は佐奈子を抱えている部下に目配せした。彼らもまた頷いて、先に退室して局寮と隣接している医局へと向かった。
「他の者は通常任務につけ」
『はっ』
敬礼した後、鏡堂を含めた局員たちもその場を去っていった。
「本当は君にも休んでもらいたいが、先に俺の上司と会ってほしい。契約結婚の目的もその人から説明してもらう」
「わかりました」
剣の先導のもと、絃葉は鏡堂の部屋を出て木造の回廊を進んだ。
局員たちの生活の場である局寮を後にし、絃葉は向かい側にあった二番隊基地を見上げる。
局寮同様、こちらも洋風の外観でレンガ造りになっていた。
「綺麗……」
感嘆の息をこぼしながら、剣の背を追って建物内に足を踏み入れる。
赤い絨毯に華やかなシャンデリア。二階へと繋がる木造階段には手すりがついており、窓ガラスにはアールヌーヴォー風のデザインが施されていた。
剣が階段を登っていくので、見惚れている場合ではないと絃葉もあわてて後をついていく。二階に上がり、奥へと繋がる回廊を進んだ。
最奥の部屋に辿り着いたところで、剣は足を止めてドアをノックした。
「どうぞ~」
若い女性の声が返ってきたところで、「失礼します」と剣がドアを開けた。絃葉もわずかに緊張しながら入室するが、どういうわけか部屋の主はいない。だが――
――何、この妖気……!
剣が持つ〈雷電〉と同じ、強大な妖気が部屋に満ちていた。
不安と警戒が全身を拘束し、体を強張らせる。
この妖気はどこから、とあたりを見渡していたその時――
「わっ!」
「きゃっ!」
突如、天井から顔が現れて絃葉は驚きの悲鳴をあげた。
「あっははは! びっくりした?」
関西弁かつ陽気な口調で話す女性は、「よっと」と華麗な身のこなしで床に着地する。どうやら屋根裏に繋がっている開口部に身を潜めていたらしい。
「ようこそ絃葉ちゃん! 妖伐局、二番隊基地へ。うちは南雲荷風。二番隊の隊長やらせてもろてます」
両手をあげて絃葉を歓迎した女性局員、南雲荷風は女性にしては短い髪が特徴的な佳人だった。
髪は肩に届かないくらいまでに切りそろえられ、薄い水色している。眼鏡をかけており、両耳には赤色のタッセルピアスをつけていた。
そして、彼女の背には雄壮な槍があった。少し変わった形状で、天狗の羽団扇のごとく五叉槍になっており、白と水色を基調とした色合いだった。この槍こそが濃密な妖気の発生源だった。
「荷風さん」
少し低くなった声で呼びかける剣に、荷風は「んー?」と呑気な面持ちで彼のほうを向く。
「何や剣。えらい怖い顔して」
「俺たち局員はともかく、客人まで驚かせるとは……。あなた、それでも隊長ですか」
「普通に迎え入れるのも面白くないやん。それにほら、絃葉ちゃん緊張してるかもしれんし。せやから緊張ほぐれるようにしたってわけ」
「緊張がほぐれるどころか、怖がって変質者扱いされますよ」
「そんなことあるかいな。なあ、絃葉ちゃん」
荷風が視線を寄越すと、絃葉は案の定おびえと恐怖を隠しきれていなかった。
「ほら」
「うそやろ……。サプライズ大失敗」
「これに懲りて、入室者全員を驚かそうなんていう悪趣味かつ馬鹿げた遊びはやめてください」
剣は小さく嘆息し、絃葉に向き直る。
「荷風さんの代わりに非礼をお詫びする。申し訳なかった」
「いえ……! 鳴神様が悪いのではありませんから。それに、びっくりはしましたが、南雲様もこちらの気を遣ってこのような少々変わった出迎え方をしてくださったのです。非礼なんてとんでもありません」
「何この子、めっちゃええ子やん。天使か」
荷風は感極まったようにそう呟き、終いには絃葉に抱き着いた。
「ありがとうな、絃葉ちゃん! そう言ってもろてほんま嬉しいわあ!」
「荷風さん! 絃葉さんが困っているでしょう」
「こんなかいらしい子を化け狐だの葛葉だの騒ぐ連中の気がしれんわあ。あ、うちのことは荷風って呼んでくれてええからな。うちも絃葉ちゃんって勝手に呼ばせてもろてるさかい」
「聞けこの奔放娘!」
耐え切れず、上司に対しての言葉遣いが荒くなってしまった剣。彼が深々と呆れの溜息をついているあたり、日頃から荷風の傍若無人ぶりに振り回されているのだろう。
彼の心中を察しつつも、絃葉は荷風の歓迎に安堵した。それと同時に心から歓喜する。
――温かい。
人の温もり。自分に向けてくれる笑顔。
荷風の姿が母と重なり、つい涙腺が緩んでしまった。間断おかず涙が零れ落ちる。
「おわ! 絃葉ちゃんどうしたん⁉ あっ、もしかしてハグされるの嫌やった? かんにん! さすがに配慮が足りんかったな……」
咄嗟に絃葉を解放し、荷風はあわあわと狼狽えた。ほら見たことかと言わんばかりに剣は彼女を睨めつける。
「違うんです。むしろ、嬉しくて……」
すみません、と絃葉は涙を拭うが、視界がまたすぐに揺らいでしまう。
嗚咽も止まらず、絃葉はただただ泣くことしかできなかった。
絃葉の胸中を察した荷風は神妙な面差しになり、ひときわ強く彼女を抱きしめた。
「我慢することない。泣いてええんよ。辛かったな」
ほんまに、よう頑張った。
頭を優しく撫で、労いの言葉をかけてくれる荷風に感謝が尽きない。
彼女の温情に、絃葉はさらに声をあげて泣いた。剣は一抹の悲哀を帯びて視線を伏せた。




