第6話 愛なき求婚
ひとまず、命だけは助かった。佐奈子も一命をとりとめ、今は眠っているが、時間が経てば目を覚ますだろう。
力が抜け、その場に座り込んでいる絃葉に鵺こと雷電が近づく。
『お嬢さんからかつての旧友の気配がしますな。もしや、先の娘が言っていた葛葉とはお嬢さんのことですかな』
「え、ええ……」
『やはりそうか。魂が葛葉のそれと同じゆえ、実に懐かしい。容姿もよく似ている』
「わたしと葛葉が……?」
『いかにも。白い髪と赤い瞳――人妖を惹きつける美貌は生まれ変わってもなお健在というわけですな』
「鵺」
主たる剣に呼ばれて、「おっと」と鵺は絃葉から距離をとった。
『これは失敬。与太話が過ぎましたな。では吾輩は器に戻るとしよう』
「あの、助けていただいてありがとうございました」
『礼には及びませぬぞ。主の命に従ったまで』
では、と鵺は妖刀に吸い込まれるようにして姿を消した。同時に剣も〈雷電〉を納刀する。
「鳴神様も、ありがとうございました。佐奈子の命も救っていただいて……」
「いや、俺もただ任務を果たしただけだ。礼を言われるほどのことでは」
そこで、絃葉は血相を変えて後方を振り返った。
「お母さまがっ……!」
「どうした?」
「母が、わたしたちを逃がすために囮になって紅華たちに……」
剣はかすかに息を呑み、すぐに部下たちを振り返った。
「佐奈子さんを頼む。周囲を警戒しつつここで待機。俺と彼女で母君を探しに行く」
『はっ』
「案内してもらえるか」
「はい」
こっちです、と絃葉は森林のほうへと駆けた。剣もその後へ続く。
森林を抜け、家がある場所へと戻った。戸口のあるほうへ回ったその刹那――
「っっ――――!」
絃葉は咄嗟に口元を両手で押さえた。
剣もまた大きく目を見開き、視界に飛び込んできた惨状に絶句する。
両者の目には焦土に伏す白骨の遺体が映っていた。
「あ……そん、な……」
嘘よ、と薄弱とした声を零しながら、おぼつかない足取りで変わり果てた母の元へと歩み寄る。
本当は絃江だと信じたくなかった。けれど、遺体がある場所は先ほどまで絃江が立っていた場所だった。
「おかあ、さま……っ」
膝をつき、震える手で遺体に触れる。同時にこれまで母が見せてきた笑顔が走馬灯のように脳内を駆け巡り、ついに決壊した。
「おかあさまぁぁぁぁっっ‼」
滂沱の涙を流し、号哭する絃葉。剣は何かを堪えるような面持ちで顔を伏せた。
『梓っ! 頼む、目を開けてくれ!』
かつての自分の姿と重なり、胸が強く締めつけられる。
『ああああああああっっっ‼』
泣き叫ぶ音はあの時そのもので。
剣は唇を強く噛んだ。そして、声をあげて涙を流す彼女に辛うじて言葉をかける。
「……弔いをして差し上げよう。このままだとずっと雨に打たれたままだ」
剣の言葉はちゃんと絃葉に届き、彼女は嗚咽混じりに首肯した。
その後、絃江の遺骨を一部懐に入れ、あとの遺骨はすべて埋葬した。
小さな土山に丸い墓石を置いた簡素な墓に両者は手を合わせる。依然として雨は降り続け、合掌している間は雨音だけが耳朶に強く響いた。
「ありがとうございました。母の弔いまで……」
「いや……」
重い沈黙の後、剣は意を決して口火を切る。
「こんな状況のなか君に頼むのは忍びないが、俺と一緒に京都に来てくれないか。もちろん、佐奈子さんも一緒に」
「……京都」
「俺が所属している二番隊は京都を管轄としている。だから本拠地も京都にあるんだ。君を保護する名目上、このまま放っておくわけにはいかない」
「……どうして、妖伐局はわたしを?」
「君の変化の妖術が必要なんだ」
絃葉はおもむろに隣にいる剣を振り返る。
「わたしの術が、ですか……?」
「ああ。だが、その前に……」
剣が立ち上がったので、絃葉もまた両膝を伸ばした。
憂いを帯びてなお人を惹きつける美しい金瞳が、真っ直ぐにこちらを見据えている。
「俺の妻になってほしい」
突然の求婚に、絃葉は困惑した。だが、すぐに剣は訂正する。
「ああ、いや。それでは語弊があるな。俺の妻に化けてくれないか」
「化ける……?」
「君は葛葉の子孫――それも生まれ変わりとされている。土御門家の子孫で稀に葛葉の血が濃く反映された白い娘が生まれるという伝承は周知の事実だ。だからこそ、俺たちは君を探していた」
自身の境遇を改めて口にされ、絃葉は俯いた。
「これは契約結婚だ。亡き妻に化けてくれれば、妖伐局が責任をもって君を守る」
これが単なる幸せに満ちた結婚――好きな人と結ばれた瞬間であったなら。何度もたらればを心のなかで繰り返す自分に嫌気がさし、絃葉はかぶりを振った。
――そもそも妖狐の生まれ変わりであるわたしに、普通の幸せなんて得られない。
得られるのは己の境遇から生まれた悲しみと絶望。彼の依頼を受けなければ死があるのみ。自分にはあまりにも敵が多すぎる。
「……わかりました」
こんな呪われた命はないほうがいいと思っていた。けれど、自分を命がけで守ってくれた人たちがいる。大切な人たちの命を、想いを――無下にするわけにはいかない。
「喜んであなたの妻に化けましょう」
微笑みながら言う絃葉に、剣はわずかに息を呑んだ。
――まさか、素直に受け入れてくれるとは。
見知らぬ男の求婚、それも愛のない偽りの婚姻だ。普通なら馬鹿にしているのかと罵られてもおかしくない。だが、眼前の美しい少女は酷薄な運命を歩むことを決めた。愛する母を喪って間もないというのに。
――彼女は強いな。
その反面、俺は……。
わずかに苦悶の色を帯びて、剣は拳を握りしめた。
「……ありがとう。感謝する」
行こう、と剣は身を翻して部下たちが待つ方角へと足を進めた。
絃葉も最後に母の墓を見やって、剣の背を追った。




