第5話 雷の大妖
その正体に、絃葉と佐奈子以外の全員が息を呑んだ。
「二番隊副隊長⁉」
「鳴神剣って、天妖五劉器〈雷電〉の契約者じゃないか!」
「二番隊の管轄は京都のはず……。なぜ東京郊外に⁉」
陰陽師たちが驚きを隠せないなか、剣は沈着とした声音で答えた。
「諸事情でこの娘――葛葉の力を持つ幸徳井絃葉を探していた。彼女は我々妖伐局が保護する」
「保護? 拿捕じゃなくて?」
胡乱げに問うた紅華に、剣は「そうだ」と淡々と返した。
「彼女は何も罪を犯していないからな」
「はっ、罪なら犯しているわよ」
嘲笑する紅華に、剣は眉間に皺を寄せた。
「化け狐の存在自体が罪なんだから。それが生きている限り、人間は変化の妖術によって惑わされ、苦しみ続ける。そんな悪妖を保護するなんて、妖伐局も地に落ちたものね」
「実際、彼女が妖術で人々に害を与えたところを見たのか」
「いいえ。あたしが生まれる前、そいつは母親と一緒に土御門を去っていたから見ていないわ。でも、絶対に人を誑かしているに違いない」
紅華の鋭い視線に、絃葉は気圧された。
幼かった頃は術をうまく扱えないこともあったが、もともと人目を避けて生きてきたので被害はほとんどなかった。当然、意図的に誰かを傷つけようと思ったこともない。
「……結局は私怨からなる根拠のない憶測か」
吐き捨てるように言った剣に、絃葉ははっとして伏せかけていた顔を持ち上げた。
「彼女が事を起こしていたら妖伐局に通報が入り、とっくに縄についているはずだ。だが、彼女が生まれてからの十八年間、そういった通報は入っていない」
「だとしても、今後そいつが人間に危害を加えないとも限らない。脅威となる可能性が捨てきれない以上、放置はできないわ」
「ならば、俺や君たち陰陽師もまた放置できない存在と言える」
「は?」
「君たち陰陽師は五気、俺は妖刀。特異な力は使い方を誤れば脅威となり得る。それは彼女以外の人間全員に言えることだ。彼女だけが特別ではない」
強く断言した剣に、絃葉はどこか救われたような気がした。
家族以外で、自分を擁護してくれた人はいなかった。ましてや、彼と自分は初対面だ。なおさら敵意を向けられてもおかしくないというのに、絃葉を守ろうとしてくれている。
紅華はきつく唇を噛み締め、恨みがましく剣を睨めつけた。
「詭弁を! そんなにあたしたちの邪魔をしたいなら、力ずくで止めてみなさいよ」
紅華は三枚の呪符を取り出し、朱雀を三柱同時に召喚した。他の陰陽師たちも強力な式神を複数差し向けんとする。
陰陽師の本領はこの式神召喚にある。呪符さえあれば何度でも式神召喚が可能で、強大な陰陽師だと複数の式神を同時に召喚することができた。
「この数を倒すのは……!」
流石の剣たちも数十体の式神を相手にはできまい。そのうえ紅華が召喚した朱雀が三柱もいる。
「俺は朱雀を片づける。君たちは他の式神を」
『はっ』
剣の部下たちは他の式神と応戦した。
絃葉が不安を隠しきれないでいると、剣がこちらを振り返った。
「大丈夫だ」
「え……?」
「すぐに終わる」
その人を頼む、と剣は佐奈子を絃葉に預け、〈雷電〉を構えた。
「雷電」
剣が呼ぶと、妖刀から器の主である妖が姿を現した。
虎に似た容姿で、尾には蛇のような鱗がついている。全身は稲妻を帯び、その濃密な妖気は油断すると気を失ってしまいそうなほどだ。
「鵺……!」
紅華が妖の正体を発した。
最高位にあたる大妖。雷の妖力をもち、雷属性の妖のなかでは頂点に位置する。
『お呼びですかな、剣殿。おや、雨が降っておりますな』
「ああ。お前の十八番で朱雀の相手を頼む」
『ほう。陰陽師の使役神――それも十二天将とはまた珍しい』
鵺は朱雀たちを見渡したあと、得意げに言う。
『なるほど。相手をするほどのものでもありませんな』
刹那、鵺は渋くて低い声から一変、甲高い鳴声を発した。同時にごろごろと不吉な音が鳴り始め、空に黒い雷雲が垂れ込めていく。
その場にいた全員が空を見上げた瞬間、苛烈な稲妻がほとばしった。
聞いたことのない轟音に絃葉や紅華たちは耳を塞ぐ。その刹那、鵺の雷霆が朱雀たちの胴部を穿った。
炎鳥は苦悶の鳴声をあげて呆気なく消滅した。やがて雷雲も霧散し、晴れ間がのぞき始める。雨も小雨になっていた。
他の式神もほとんどが戦闘不能となり、陰陽師一同は茫然と佇むことしかできなかった。
「すごい……」
絃葉も愕然とする一方で、紅華は悔しげに唇を噛んだ。
「……仕方ない。今回は退くしかなさそうね」
「紅華様!」
「あたしたちの式神がことごとくやられてしまったのよ。分が悪いわ。少なくとも、あたしたちだけじゃ連中には敵わない」
部下たちを諭し、紅華は剣のほうへ視線を戻す。
「葛葉はあたしたち土御門一門が確実に仕留める。政府直属の機関だからって関係ないわ。妖狐の保護は絶対に認められるべきじゃない」
返り討ちにされる覚悟をしておくことね。
凄みを利かせてそう言い残し、紅華は部下たちを引き連れて撤退していった。




