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第4話 救いの雷刀

「この森林を抜ければ村に通じている道に出ます」


 生い茂る木叢《こむら》のなかを絃葉たちは突き進む。雨も降り始め、ざああと雨音が木霊していた。

 荒い呼吸とともに、絃葉の声にならない悲哀が零れ出る。


「お母さま……っ」


 涙が止まらない。その場で頽《くずお》れて声をあげて泣き出してしまいそうだった。だが、佐奈子の手がそれをよしとしなかった。

 彼女の意志が絃葉を引っ張ってくれている。絃葉も彼女の想いに応えるべく、自身を叱咤した。


「いたぞ! あそこだ!」


 すると、後方から陰陽師たちの声が聞こえた。どうやら絃江の術式を掻い潜ってきたらしい。


「お嬢様、こっちです!」


 衣服が汚れ、破れてもなお獣道をひたすら走る。

 息をするたびに肺が痛む。足も鉛のように重くなっていく。けれど、一度立ち止まってしまえばもう後がない。


「お嬢様っ!」


 森林を抜け、開けた道に出た時。突然、佐奈子が絃葉を突き飛ばした。

 佐奈子のほうを振り返った瞬間、絃葉の血の気が引いた。佐奈子の全身を数多の鋭利な鏃《やじり》が貫いていた。


「佐奈子さんっ‼」


 佐奈子は苦悶の声をあげ、倒れ込んだ。

 全身からだくだくと血が流れ、彼女の生気を奪っていく。


「お嬢、様……早、く……」


 絶え絶えの息で逃げろと催促するが、絃葉は涙ながらにかぶりを振った。


「いや! 佐奈子さんも一緒に逃げるの!」

「そんな体で逃げれるわけないでしょう」


 いつの間にか紅華と朱雀が陰陽師たちと合流し、こちらへ近づいて来ていた。酷薄な現状が絃葉の心をますます蝕んでいく。


「どうして……あなたが、ここに……」

「決まっているじゃない。お前の母親を始末し終えたからよ」

「う、そ……」


 母の微笑が脳裏を過る。


「あたしの火で焼いてやったわ」


 母の優美な声音が脳内に響く。


「感謝してちょうだい。死体を動物や妖に喰われないよう、火葬してあげたんだから」

「っ――!」

「せめてもの慈悲として、お前たちも母親と同じやり方であの世に送ってあげる。来世は普通の人間として生まれることができるよう、祈っておくことね」


 最愛の人の死。そして、自分と佐奈子に近づく死。

 絶望に呑み込まれ、力が抜けていく絃葉を前に紅華は妖艶に笑う。


「さようなら。葛葉」


 紅華の呼びかけとともに、朱雀が咆哮をあげて火炎の息吹を吹きかけた。

 すべてを燃やし尽くす神の炎が、視界を焼く。

 反射的に木の術式を発動させようとするが、本能で悟ってしまう。

 もう、自分は助からないのだと。


「っ……!」


 声にならない絶望と慨嘆に苛まれながら、その時を覚悟した瞬間――

 何者かが絃葉の前に立ち、神炎を刀で斬り裂いた。


「何っ⁉」


 紅華同様、絃葉も信じられない光景に息を呑んだ。

 闖入《ちんにゅう》した人物がこちらを振り返る。かの者はどこか憂いを帯びた美しい青年だった。


 金色が混じった黒髪に怜悧な金瞳。長身痩躯を包むのは雄壮な漆黒の軍服で、携えられた黄金の刀は雷光を帯びている。

 また彼と同じ軍服をまとった軍人たちが絃葉と佐奈子を守るように囲み、同じく銘々の武器を掲げた。


「これを彼女に」


 青年は膝をつき、絃葉に緑色の呪符を渡した。


「これは……」

「木気で作られた回復用呪符だ。体の一部分に貼りつけると傷が治る」


 言われて、絃葉は佐奈子の腕に呪符を貼った。すると緑色の光が放たれて佐奈子を包み、みるみるうちに傷が塞がっていく。


 ――これほど高度な回復術式、見たことがない……。


 呪符の力は術者の力量に大きく左右される。深手を負った佐奈子を完治させるとは、作成者は相当優秀な陰陽師に違いない。


 ――この方が作ったのかしら?


 絃葉は紅華たちと対峙する青年を見上げた。


「その制服は妖伐局《ようばつきょく》⁉ どうして妖伐局員がこんなところに……」


 紅華のそばにいた男性陰陽師が、青年たちの素性を発した。

 妖伐局は妖退治専門の軍組織だ。日本各地に一から十番隊の部隊拠点が敷かれ、悪妖の討伐や妖と契約した極悪人――鬼人衆《きじんしゅう》の拿捕《だほ》に勤しんでいる。


 ――あの刀、すごい妖気だわ。


 青年が持つ刀は一目見ただけで妖刀であることがわかった。眩《まばゆ》い雷光を放つそれからは畏怖せずにはおられないほどの濃い妖気が放たれている。そして、妖が封じられた武器や道具――妖具《ようぐ》を持つ者は陰陽師ではない。つまり呪符の作成者は別の者ということだ。


「この娘をおいて去れ」


 低く、沈着とした声音が耳朶を震わせた。


「娘の身柄は妖伐局が預かる」

「獲物を横取りする気? させないわ。朱雀」


 主の命を受け、朱雀が青年に猛進した。


「危ない!」


 絃葉が叫ぶと同時に、青年はあろうことか朱雀に向かって疾駆した。そして、妖刀を振り薙ぐ。

 放たれた一閃から強烈な稲妻が弾け、朱雀の体躯を一刀両断した。

 あっさりと十二天将を討ったその剣術と異能に、周囲は唖然とする。


「まさか、あたしの朱雀が一振りで……!」


 この青年はいったい何者なのか。紅華が悔しさを露わにしていると、青年は彼女の意を察して名乗った。


「俺は妖伐局二番隊、副隊長――鳴神《なるかみ》剣《つるぎ》」

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