第2話 白い忌み子
時は大正。西欧の文化が融合した華々しい時代。
東京のような都心では日夜活気があふれ、生き生きとした人々の往来を垣間見ることができる。
反面、郊外は豊かな自然に覆われ、農村で暮らしている人々も慎ましい生活を送っている。絃葉もその一人だった。
「わらび、タラの芽、ふきのとう、たけのこ……。明日は山菜ご飯ね」
絃葉はうきうきしながら山菜を採取していく。
白雪が溶け込んだかのような純白の長髪に、血のように赤い双眸。全体的に色素が薄く、その横顔は繊麗で儚い。森閑とした山野の緑も相まって、精霊のような神秘的な雰囲気さえ感じられるほどだった。
籠いっぱいに採取できたところで、絃葉は帰路につく。
「ただいま」
「おかえり。絃葉」
「おかえりなさいませ。お嬢様」
玄関のすぐ近くにある台所で夕餉の用意をしていた女性二人が絃葉を出迎えた。
一人は絃葉の母である絃江だ。黒髪睛眸で絃葉とは似ても似つかないが、柔和な面持ちや穏やかな声音が彼女と通ずる部分がある。もう一人は使用人の佐奈子で、絃江と同じ三十代くらいの女性だった。彼女はきりっとした目つきをしており、佇まいも凛としている。
「見て。お母さま、佐奈子さん。山菜がいっぱい穫れたよ」
「あら、ほんとね。大収穫だわ」
「明日はごちそうですね」
「うん。さっそく下準備するね」
山菜は灰汁抜きをしないと鮮度や味に影響が出る。そのため下準備として一日要さなければならない。
明日の夕餉が楽しみだと、絃葉は口元を綻ばせながら下準備に取りかかった。
絃葉が下準備を終える頃には今日の夕餉が出来上がっていた。
裏庭の畑で穫れた野菜の味噌汁、雑穀米、卵焼き。夕餉というより朝餉に近い質素な献立だが、少なくとも絃葉が物心ついた時からこのような食事が日常茶飯事だった。特に卵はなかなか手に入れることができず、何かの祝い事でしか食卓に出てこないものだ。
「わあ、卵だ!」
「今日はあなたの十八歳の誕生日でしょう。誕生日おめでとう。絃葉」
「おめでとうございます。お嬢様」
「ありがとう。お母さま、佐奈子さん。でも、どこでこの卵を?」
「近くの村に行商人が来る日だったから、野菜と交換してもらったの。本当はもっとたくさんあなたに食べてもらいたかったのだけど、二つしかいただけなくて……。ごめんね」
「謝らないで、お母さま。充分、立派なごちそうだから。それに、わたしのために大好物を用意してくれたことが何よりも嬉しい」
健気に笑む娘に、絃江は哀切な表情で彼女の頬に手を添える。
「私が不甲斐ないばかりに、あなたには小さい時からたくさん苦労をかけてしまっているわ。少なくとも、土御門の家ではもっと栄養のあるものを食べさせてあげられたのに……。本当にごめんなさい」
至極申し訳なく言う絃江に、絃葉は返す言葉が見つからなかった。佐奈子もやるせない思いを持て余すかのように俯いている。
絃葉の父方の実家、土御門家は退魔職の一つ陰陽師の名家であり、それなりの財力がある。
退魔職は文字通り、妖退治を生業とする職種だ。善神を絵として描いて召喚し、使役する退魔絵師、妖に有効な歌唱術式で戦う狂歌師、五気の力で妖を祓う陰陽師。他にも様々な退魔職があるが、とりわけ陰陽師は最も歴史が古いうえに人数も多い。土御門家は陰陽師の筆頭ともいうべき存在で、今の農家じみたみすぼらしい生活とは無縁だ。だが、絃葉は今の暮らししか知らない。
「……謝るのはわたしのほうよ。お母さま」
絃葉の沈痛とした声音に、絃江と佐奈子ははっとして彼女を見た。
「わたしのせいで、お母さまと佐奈子さんは土御門の家を離れざるを得なくなった。わたしよりも辛い思いをすることになってしまった……」
この呪われた容姿のせいで。
人を誑かす妖術を持っているせいで。
自身は忌み子として一族中から嫌悪され、挙句の果てには殺されそうになった。その忌み子を産んだ絃江もまた喧々囂々と非難を浴びせられた。最終的に絃江は始末の対象である絃葉を死守するため、秘かに我が子を連れて土御門家を脱した。母付きの下女だった佐奈子もまた彼女の背を追い、厳しい逃亡生活を選んだ。
「違う……違うわ。絃葉」
かぶりを振って、絃江はとっさに娘を抱擁した。
母の温かさに絃葉の涙腺が緩む。
「あなたのせいじゃない。あなたが気に病む必要はまったくないの。これは私が下した決断。あなたを守ると決めたから、私と佐奈子はあの家を出たのよ」
「お母さま……」
「私も自分の意志で土御門家を出たのです。絃江様とお嬢様をお守りすると誓いましたから」
「佐奈子さん……」
絃江は真摯な眼差しで我が子を見据える。
「あなたは忌み子なんかじゃないわ。私の一等大切な愛し子――掌中の珠なのだから」
慈愛に満ちた言葉に、絃葉は耐え切れず涙を流した。
嗚咽する娘の背を絃江はゆっくりと摩る。佐奈子もまた涙をこらえながら母娘の愛を優しく見守っていた。
「さあ、夕餉が冷めてしまいます。何より今日はお嬢様のお誕生日なのですから、しんみりとした雰囲気は似合いません。早くいただきましょう」
「そうね」
佐奈子の声に絃江は頷き、抱擁を解いた。
三人は両手を合わせて、団欒とした食卓を囲んだ。
豊かな暮らしとは決して言えない。周囲の目に常に気を配り、必要に応じて転居しなければならない時もある。それでも、絃葉から笑顔が消えることはなかった。
一族から、世間からどれほど忌み嫌われようとも、自身の傍には無償の愛を注いでくれる大切な家族がいる。
「はあ、美味しい」
安堵の息をつき、絃葉は幸福を噛み締めた。




