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第9話 聖ラマから届いた助けを求める声! 辺境伯様の嫉妬が止まりません

森で出会った小さな神獣ソラを救い、不思議な力に目覚めたエルマ。


神獣の気持ちを感じ取れるようになった彼女は、王都で苦しんでいる聖ラマのことが気になって仕方ありません。


そんなある夜、エルマの夢の中に現れたのは、懐かしいあの神獣でした。


「……たすけて」


その声に隠された真実とは?


さらに、エルマと親しげに話すクラリスを見て、なぜか落ち着かない様子のラインハルト様。


いつもは余裕たっぷりの辺境伯様ですが、今回はちょっぴり嫉妬してしまうようです♪

「……たすけて」


 暗闇の向こうから、かすかな声が聞こえた。


「お願い……たすけて……」


 私は、ゆっくりと顔を上げた。


 目の前に広がっていたのは、見覚えのある王宮の庭園だった。


 白い石畳。


 美しく整えられた花壇。


 噴水のそばには、私がかつて毎日のように世話をしていた大きな神獣がうずくまっている。


「……聖ラマ?」


 呼びかけると、その子はゆっくりと顔を上げた。


 白銀の毛並みは薄汚れ、金色の瞳には疲れが滲んでいる。


 以前はあんなに堂々としていた聖ラマが、今はひどく弱々しく見えた。


「聖ラマ! どうしたの? 何があったの!?」


 私は駆け寄ろうとした。


 けれど、足が動かない。


 まるで、見えない壁に阻まれているようだった。


「待って! 今、そっちへ行くから!」


 必死に手を伸ばす。


 そのとき、聖ラマが小さく口を開いた。


『エルマ……』


「……え?」


『あの者たちを、信じるな……』


 次の瞬間、庭園がぐにゃりと歪んだ。


 地面に黒い染みが広がり、聖ラマの体を覆い尽くしていく。


『このままでは……王国が……』


「聖ラマ!」


 私は叫んだ。


 けれど、その姿は黒い霧の中へと消えてしまった。


「いやっ! 待って!」


 伸ばした手は、何もない空間を掴んだ。


 そして――。


「エルマ!」


 誰かの声が、遠くから聞こえた。


     ◇


「……っ!」


 私は、はっと目を覚ました。


 目の前に広がっていたのは、見慣れた寝室の天井だった。


 窓からは、朝の柔らかな光が差し込んでいる。


「……夢?」


 胸に手を当てる。


 心臓が、どくどくと激しく鳴っていた。


 夢だった。


 けれど、あまりにも鮮明だった。


 聖ラマの悲しそうな目も、助けを求める声も、はっきりと覚えている。


「……聖ラマ」


 私は毛布を握りしめた。


 あれは、ただの夢だったのだろうか。


 それとも……。


「きゅふっ?」


 枕元から、小さな鳴き声が聞こえた。


 見ると、おこげが心配そうに私を見上げていた。


 ふわふわの前足を、私の手にちょこんと乗せている。


「あ……おこげ」


「きゅふぅ……」


 おこげは、私の顔をじっと見つめていた。


 その様子に、私はようやく笑顔を取り戻す。


「大丈夫よ。ちょっと怖い夢を見ただけだから」


 そう言って抱き上げると、おこげは胸元に顔を埋めてきた。


 温かい。


 柔らかい。


 いつもの、安心する匂い。


 私は小さな背中を撫でながら、深呼吸をした。


「……ありがとう、おこげ」


 すると、扉の向こうから控えめなノックが聞こえた。


「エルマ、起きているかい?」


 ラインハルト様の声だった。


「は、はい! 起きています!」


「入ってもいいかな?」


「もちろんです!」


 扉が開き、ラインハルト様が部屋へ入ってきた。


 いつもどおり美しい銀髪に、整った服装。


 けれど、私の顔を見るなり、彼の表情が少しだけ曇った。


「……何かあったのかい?」


「え?」


「顔色がよくない。眠れなかったのかな?」


 私は一瞬、言葉に詰まった。


 この方は、本当に小さな変化にも気づいてくれる。


「……少し、夢を見たんです」


「夢?」


「はい。聖ラマが出てきて……助けてほしいって」


 ラインハルト様の表情が、真剣なものへと変わった。


「そうか」


「ただの夢かもしれません。でも、すごくはっきりしていて……」


「エルマ」


 彼は私のそばへ歩み寄ると、ベッドの端に腰を下ろした。


「君が感じたことを、簡単に否定するつもりはないよ」


「ラインハルト様……」


「だが、今すぐ一人で王都へ向かうことは許さない」


「えっ?」


 思わず目を見開いた。


 ラインハルト様は、少しだけ困ったように微笑んだ。


「君が聖ラマを心配しているのは分かっている。助けたいと思う気持ちもね」


 彼は、私の手を優しく包み込んだ。


「だからこそ、まずは何が起きているのか調べよう。危険があるなら、対策を整えてから動けばいい」


「……はい」


「それに、君まで倒れてしまったら、私は困ってしまうからね」


 最後の一言は、いつもより少しだけ甘かった。


 私は顔が熱くなるのを感じながら、小さく頷いた。


「ありがとうございます」


「礼はいらないよ。君を守るのは、私が望んでいることだから」


 ……朝から心臓に悪い。


 私はおこげを抱きしめ、熱くなった頬を隠した。


     ◇


 朝食のあと、私はクラリスと一緒に王都から届いた資料を整理することになった。


 ラインハルト様の許可を得て、王宮にいる彼女の知人から、聖ラマに関する情報を集めてもらっているのだ。


「エルマ様、この記録をご覧ください」


 クラリスが机の上に一枚の紙を置いた。


「聖ラマ様の体調が崩れ始めたのは、エルマ様が王宮を去られる少し前からだったようです」


「私が去る前から……?」


「はい。最初は食欲が落ちただけだったそうですが、その後、突然暴れたり、周囲の人に近づかなくなったりしたそうです」


 私は記録を読み進めた。


 そこには、聖ラマの食事内容や体調の変化が細かく記されていた。


 そして、ある日を境に、見慣れない薬の名前が何度も登場している。


「……この薬」


 私は眉をひそめた。


「前に見せてもらったものと同じですね」


「はい。神獣管理局では、体調を安定させるための薬だと説明されているそうです」


 けれど、私の胸の奥は、ざわざわと落ち着かなかった。


 聖ラマは、昔から薬の匂いに敏感だった。


 少しでも苦手なものが混ざっていると、食事に口をつけなくなることもあった。


 それなのに、こんなに何度も薬を与えられていたなんて。


「クラリス。この薬を調合しているのは、誰なの?」


「それが……」


 クラリスは声を落とした。


「王太子殿下の側近である、グレゴール卿の関係者だそうです」


「グレゴール卿……?」


 その名前には覚えがあった。


 王宮で働いていた頃、何度か顔を合わせたことがある。


 王太子のそばに常に控え、国政にも大きな影響力を持っていた人物だ。


 けれど、どうして彼が神獣の薬に関わっているのだろう。


「……まだ、何か隠されているのかもしれませんね」


 私が呟くと、クラリスは真剣な顔で頷いた。


「私もそう思います。だからこそ、慎重に調べたいんです」


「ありがとう、クラリス」


「いいえ。私は、エルマ様に幸せでいてほしいんです」


 その言葉に、胸が温かくなった。


 王都にいた頃、私は何度も孤独を感じていた。


 けれど、私を気にかけてくれる人は、確かにいたのだ。


「……私、もう少し頑張ってみるね」


「はい!」


 二人で顔を見合わせて微笑んだ、そのときだった。


「随分と楽しそうだね」


 背後から、聞き慣れた声がした。


 振り返ると、ラインハルト様が扉のところに立っていた。


「あ、ラインハルト様!」


「仕事の邪魔をしてしまったかな?」


「い、いえ! そんなことありません!」


 私が慌てて首を振ると、クラリスも立ち上がって頭を下げた。


「閣下。資料の整理をお手伝いしておりました」


「そうか。ご苦労」


 ラインハルト様は穏やかに頷いた。


 けれど、なぜか私の隣に座ると、当たり前のように手を伸ばしてきた。


「エルマ、少し休憩にしよう」


「えっ? でも、まだ資料が……」


「休憩も大切だよ」


 そう言って、彼は私の手を握った。


 ……あれ?


 いつもより、少しだけ距離が近いような。


 クラリスが、口元を押さえて微笑んでいる。


「ふふっ。エルマ様、閣下にとても大切にされているのですね」


「えっ!? そ、そんな……!」


「当然だよ」


 ラインハルト様が、さらりと言った。


「エルマは私にとって、とても大切な人だからね」


「……っ!」


 私は完全に固まった。


 クラリスの目が、きらきらと輝いている。


「まあ……!」


「クラリス、お願いだから、その顔で見ないで……!」


 私は真っ赤になって顔を覆った。


 すると、ラインハルト様が不思議そうに首を傾げる。


「何かおかしなことを言ったかな?」


「い、いえ! 何でもありません!」


 絶対に、分かっていて言っている。


 この方は、絶対に分かっていて言っているのだ。


     ◇


 昼過ぎ。


 クラリスが資料を取りに部屋を出ていくと、ラインハルト様は少しだけ考え込むような表情を浮かべた。


「……エルマ」


「はい?」


「クラリス嬢とは、ずいぶん仲がいいんだね」


「え? はい。王都にいた頃から、とてもお世話になっているんです」


「そうか」


 ラインハルト様は頷いた。


 けれど、なぜか少しだけ視線を逸らしている。


「……ラインハルト様?」


「いや。何でもないよ」


 そう言いながらも、彼は私の手を離そうとしなかった。


 私は首を傾げた。


 いつも優しいラインハルト様だけれど、今日は何だか様子が違う。


 まさか、何か心配事でもあるのだろうか。


「あの……何か、気になることがあるんですか?」


「……少しだけ」


「えっ?」


 ラインハルト様は、私を真っ直ぐに見つめた。


「君が、王都にいた頃の話を楽しそうにしていたから」


「……はい?」


「いや、君にとって大切な友人なのは分かっている。彼女が君を支えてくれたことにも感謝しているよ」


 そこで、彼は少しだけ言葉を切った。


「ただ……」


「ただ?」


「君が私以外の人に、あんなに嬉しそうな顔を見せるのを見ると、少しだけ落ち着かなくなるんだ」


「…………え?」


 頭が真っ白になった。


 今、何とおっしゃったのだろう。


 ラインハルト様が、落ち着かなくなる?


 あの、いつも余裕たっぷりで、何事にも動じない辺境伯様が?


「も、もしかして……」


 私は恐る恐る尋ねた。


「……嫉妬、ですか?」


 言った瞬間、ラインハルト様がぴたりと動きを止めた。


 そして、ほんの少しだけ耳を赤くした。


「……そうかもしれないね」


「えええっ!?」


 私は思わず声を上げた。


 まさか。


 まさか、この方が。


「す、すみません! 私、全然そんなつもりでは……!」


「謝らなくていいよ」


 ラインハルト様は苦笑した。


「君が大切な人と再会して喜んでいるのは、私にとっても嬉しいことだからね」


 彼は私の手を持ち上げ、そっと指先に口づけた。


「ただ、私も君にとって、特別な存在でありたいと思ってしまうんだ」


 心臓が、壊れそうなほど跳ねた。


 こんなに真っ直ぐに気持ちを伝えられたら、どうしたらいいのか分からない。


「……ラインハルト様」


「困らせてしまったかな?」


「い、いえ……!」


 私は必死に首を振った。


「困ってなんて、いません」


 むしろ。


 嬉しい。


 そう言えたらよかったのに、恥ずかしさで声が出てこなかった。


 私は小さく俯いた。


「……私にとっても、ラインハルト様は特別です」


 ようやく口にした言葉は、思っていたよりも小さかった。


 けれど、ラインハルト様にはちゃんと届いたらしい。


 彼は目を見開き、それから、今まで見たことがないほど幸せそうに微笑んだ。


「……ありがとう、エルマ」


 その声が、少しだけ震えているように聞こえた。


     ◇


 その夜。


 私は寝室の窓辺に座り、月明かりを眺めていた。


 聖ラマの夢。


 不審な薬。


 グレゴール卿の名前。


 考えなければならないことは、たくさんある。


 けれど、今の私には、もう一つ気になっていることがあった。


 ラインハルト様のことだ。


 今日、あの方は私に、特別な存在でありたいと言ってくれた。


 その言葉を思い出すたびに、胸が熱くなる。


「……私も、もっと素直になれたらいいのに」


 そう呟いたときだった。


「きゅぅ……」


 ベッドの上から、小さな寝息が聞こえた。


 おこげとソラが、ぴったりとくっついて眠っている。


 ソラは、おこげの背中に前足を乗せ、安心しきった顔で丸くなっていた。


「ふふっ。仲良しさんね」


 私は二匹の頭をそっと撫でた。


 すると、不意に胸の奥が温かくなった。


 あの不思議な感覚だ。


 神獣たちの気持ちが、かすかに伝わってくる。


 おこげの、満ち足りた安心感。


 ソラの、ここにいられることへの喜び。


 そして、その奥に――。


 遠く離れた場所から、苦しげな感情が流れ込んできた。


「……っ!」


 私は思わず胸を押さえた。


 これは……。


 聖ラマだ。


 間違いない。


 遠く離れた王都から、あの子の苦しみが伝わってくる。


 けれど、今までと違う。


 今回は、ただ苦しいだけではなかった。


 怒り。


 恐怖。


 そして、何かを必死に拒絶するような感情。


「……聖ラマ、何を伝えたいの?」


 私は目を閉じ、心を静めた。


 すると、かすかな映像が浮かび上がった。


 白い部屋。


 銀色の器。


 そして、黒い液体が入った小瓶。


 誰かの手が、その小瓶を聖ラマの食事へ近づけている。


「……まさか」


 目を開けた瞬間、背筋が冷たくなった。


 聖ラマが苦しんでいる原因は、やはり薬なのだろうか。


 それとも、もっと別の何かがあるのだろうか。


 まだ、はっきりとは分からない。


 けれど、これだけは確かだった。


 聖ラマは、何かを訴えている。


 そして、その声を聞き取れるのは、今のところ私だけなのかもしれない。


 私は窓の外を見つめた。


「……待っていてね、聖ラマ」


 今すぐに助けに行くことはできない。


 けれど、必ず真実を突き止める。


 あなたが苦しんでいる理由を、必ず見つけ出すから。


 そう心に誓った、そのとき。


 廊下から、慌ただしい足音が聞こえてきた。


「エルマ様! 失礼いたします!」


 執事さんの声だった。


「どうしたんですか?」


「たった今、王都から緊急の書状が届きました!」


「王都から……?」


 私は扉を開けた。


 執事さんが差し出した封筒には、王家の紋章が刻まれていた。


「……何が書かれているのでしょうか?」


「それが……」


 執事さんは、困惑したように眉を寄せた。


「王太子殿下が、エルマ様を王宮へ招待したいとのことです」


「……え?」


 招待。


 その言葉に、私は嫌な予感を覚えた。


 今さら、どうして?


 私が王都へ戻るつもりがないことは、すでに伝えているはずだ。


 それなのに、なぜ。


 私は震える指で封筒を受け取った。


 そして、封を切ろうとした、その瞬間。


「エルマ」


 背後から、落ち着いた声が聞こえた。


 振り返ると、ラインハルト様が立っていた。


 彼は私の手元の封筒を見つめ、静かに言った。


「……どうやら、向こうも本格的に動き始めたようだね」


 その琥珀色の瞳には、いつもの優しさとともに、冷たい決意が宿っていた。


 王都は、何を企んでいるのだろう。


 そして、聖ラマに隠された真実とは。


 私は封筒を握りしめた。


 もう、目を逸らすことはできない。


 大切なものを守るために、私は一歩ずつ前へ進まなければならないのだから。

第9話をお読みいただき、ありがとうございます!


今回は、夢の中で聖ラマから助けを求められたエルマ。


そして、聖ラマの体調不良には、やはり何か隠された事情がありそうです……。


不審な薬に関わるグレゴール卿とは、いったい何者なのでしょうか?


エルマの不思議な力が、少しずつ王都の闇へと近づいています。


一方、ラインハルト様は、エルマがクラリスと仲良くする姿にちょっぴり嫉妬!


普段は余裕たっぷりなのに、エルマのことになると素直な気持ちが隠せなくなってしまうところが、なんとも可愛らしいですね♡


エルマも少しずつ、自分にとってラインハルト様がどれほど特別な存在なのかを自覚し始めています。


そして、最後に届いた王太子からの招待状。


これは、ただの招待なのでしょうか。それとも、エルマを再び王都へ引き戻すための策略なのでしょうか?


次回、王都の思惑がさらに明らかになっていきます!


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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