第7話 王都から来た旧友と、聖女を追い出した本当の理由
王都からの使者を退け、ようやく穏やかな日常を取り戻したエルマ。
ところが、辺境伯領に現れたのは、かつて王宮で一緒に過ごした懐かしい人物でした。
彼女が持ってきたのは、王都で起きている異変と、エルマが追い出された理由に関する驚くべき情報で……?
もちろん、ラインハルト様の甘々な溺愛と、もふもふたちの可愛い活躍もあります♪
それでは、第7話をどうぞ!
「エルマ様に、お会いしたいという女性がいらっしゃっています」
朝食を終え、おこげにミルクをあげていた私は、執事さんの言葉に顔を上げた。
「私に、ですか?」
「はい。王都からお越しになったそうです」
王都。
その言葉を聞いただけで、胸の奥が少しだけざわついた。
昨日の使者が帰ったばかりなのに、また何かあったのだろうか。
「お名前は?」
「クラリス様とおっしゃっています」
「……クラリス?」
その名前には、覚えがあった。
王宮で聖女として暮らしていた頃、私の身の回りの世話をしてくれていた侍女さんだ。
私が体調を崩したときには、こっそり温かいお茶を用意してくれた。
周囲から冷たく扱われていたときも、何も言わずにそばにいてくれた、大切な人。
「すぐにお会いします!」
私は立ち上がった。
その勢いで、おこげの頭に乗せていた小さな帽子がぽとりと落ちる。
「きゅふっ!?」
「あっ、ごめんね、おこげ!」
慌てて帽子を拾い、頭に戻してあげる。
すると、隣で見ていたラインハルト様が、くすりと笑った。
「随分と嬉しそうだね」
「はい! クラリスは、私が王都にいた頃から仲良くしてくれた人なんです」
「なるほど。それは会うのが楽しみだ」
そう言ったラインハルト様は、なぜか私の手を取った。
「私も同席していいかな?」
「えっ? もちろんですけれど……」
「ありがとう」
その笑顔は優しかったけれど、私には少しだけ不思議に思えた。
……どうして、そんなに嬉しそうなのだろう?
◇
応接室に入ると、窓辺に立っていた女性が振り返った。
「エルマ様……!」
「クラリス!」
私は思わず駆け寄った。
彼女も涙ぐみながら私の手を握ってくれる。
「よかった……! 本当に、無事でよかったです!」
「クラリスこそ! どうしてここに?」
「どうしても、エルマ様にお伝えしたいことがあったんです」
クラリスは私の顔を見つめ、それからほっとしたように微笑んだ。
「お元気そうで安心しました。お顔の色も、王宮にいらした頃よりずっとよくなっています」
「そうかな?」
「はい! 以前はいつも疲れたご様子でしたから……」
そう言われて、私は少しだけ苦笑した。
あの頃は、毎日が必死だった。
聖女として祈りを捧げ、国獣のお世話をし、王宮の人たちの期待に応え続ける。
休みたいと言うことさえ、怖かった。
「今は、毎日とても楽しいの」
私がそう答えると、クラリスは安心したように目を細めた。
「……よかったです」
そのとき、ラインハルト様が静かに口を開いた。
「話を聞かせてもらえるかな。わざわざここまで来たのだから、何か事情があるのだろう?」
「はい、閣下」
クラリスは表情を引き締めた。
「実は、王宮で大変なことが起きているんです」
私は息を呑んだ。
「聖ラマ様が、今も落ち着かない状態なのです。王太子殿下のお部屋まで荒らしてしまい、神獣管理局も対応に追われています」
「やっぱり……」
私の胸が痛んだ。
聖ラマは、王国にとって大切な神獣だ。
私が王都にいた頃は、毎日のようにお世話をしていた。
あの子が苦しんでいるのなら、心配しないはずがない。
けれど、クラリスは首を横に振った。
「それだけではありません」
「え?」
「エルマ様が王宮を去られたあと、聖ラマ様の世話を担当する人たちが何度も交代したのですが、誰も原因を突き止められていないんです」
「原因……?」
クラリスは、懐から小さな紙片を取り出した。
「これは、王宮の神獣管理室で働いている友人から預かったものです」
紙片には、いくつかの薬草と、見慣れない魔法薬の名前が記されていた。
「聖ラマ様には、最近、新しい鎮静薬が与えられているそうです」
「鎮静薬ですって?」
私は思わず身を乗り出した。
「聖ラマは、昔から強い薬が苦手だったはずです。少量でも、体調を崩すことがあったのに……」
「はい。ですが、王太子殿下の側近が、特別に調合されたものだから問題ないと説明しているそうです」
胸の奥が冷たくなった。
もしかして。
聖ラマが暴れているのは、私がいなくなったからだけではないのだろうか。
「クラリス、その薬のことを、もっと詳しく調べることはできる?」
「はい。友人も、何かおかしいと感じているようです」
すると、ラインハルト様が静かに口を開いた。
「その薬の調合記録と、聖ラマの診療記録を入手できるだろうか」
「閣下?」
「原因が分からないまま神獣が苦しんでいるのなら、調べる必要がある。エルマも心配しているのだろう?」
私は思わず彼を見上げた。
ラインハルト様は、私が聖ラマを心配していることを責めなかった。
むしろ、私の気持ちを理解して、力になろうとしてくれている。
「……ありがとうございます」
「礼はいらないよ」
彼は私の頭を優しく撫でた。
「君が大切にしていた神獣なのだからね」
その言葉に、胸が温かくなった。
◇
クラリスが持ってきた紙片を詳しく調べるため、私は彼女と一緒に小さな応接室へ移動した。
そこへ、おこげがぽてぽてとついてくる。
「きゅふっ!」
「あら、おこげ。あなたも気になるの?」
おこげは紙片の匂いをくんくんと嗅いだ。
そして突然、ぴたりと動きを止めた。
「きゅ……?」
小さな鼻をひくひくさせ、紙片から少し離れる。
「どうしたの、おこげ?」
おこげは私の膝に飛び乗ると、紙片を見つめながら不安そうに鳴いた。
「きゅぅ……」
その様子を見たクラリスが、目を見開いた。
「この子、何か分かるのでしょうか?」
「どうかな……。でも、おこげは不思議な力を持っているみたいなの」
私はおこげの頭を撫でた。
すると、紙片の端に、小さな黒い染みが浮かび上がった。
「えっ?」
さっきまでは、こんなものはなかったはずだ。
黒い染みは、紙の上をゆっくりと広がっていく。
その瞬間、私の胸の奥が、かすかに熱くなった。
これは……。
以前、聖ラマの世話をしていた頃にも、似たような感覚を覚えたことがある。
神獣の体に負担をかける、邪気のようなもの。
「この薬……何か、よくないものが混ざっているのかもしれません」
私がそう呟くと、クラリスは青ざめた。
「そんな……!」
「まだ、はっきりとは分かりません。でも、調べる価値はあると思います」
おこげは、私の膝の上で小さく鳴いた。
「きゅふっ」
まるで、私の言葉を肯定してくれているみたいだった。
◇
その日の夕方。
私は庭で、おこげとフェザーウサギたちにおやつをあげていた。
クラリスは、辺境伯領に数日滞在して、王都の様子を詳しく調べてくれることになった。
聖ラマのためにも、原因を突き止めたい。
そう思いながらクッキーを小さく割っていると、隣にラインハルト様が腰を下ろした。
「エルマ」
「はい?」
「君は、聖ラマを助けたいのだね」
「……はい」
私はクッキーを見つめた。
「昔、あの子は私がそばにいると安心してくれたんです。だから、今も苦しんでいると聞くと……どうしても気になってしまって」
「そうか」
ラインハルト様は、少しだけ考えるように目を伏せた。
「もし本当に君の力が必要なら、協力しよう。ただし、君自身が無理をする必要はない」
「ありがとうございます」
「それから」
彼は私の顔を覗き込んだ。
「君が王都へ戻らなければならない、という話にはならないからね」
「えっ?」
「神獣を助けることと、君が王都に戻ることは別の話だ」
その言葉に、私ははっとした。
そうだ。
聖ラマを助けたいからといって、もう一度あの場所へ戻らなければならないわけではない。
私には、私の暮らしがある。
私を大切にしてくれる人たちがいる。
「……はい。私、自分にできることを考えてみます」
「うん。それでいい」
ラインハルト様は、私の手にそっと触れた。
「君がどこにいても、私は君の味方だよ」
その優しさに、胸がきゅっと締めつけられた。
私はこの人のそばにいたい。
そう思う気持ちが、日に日に大きくなっている。
「きゅふっ!」
おこげが私の膝によじ登ってきた。
その頭を撫でながら、私は小さく笑った。
王都で何が起きているのか。
聖ラマに何が起きたのか。
まだ、分からないことばかりだ。
けれど、もう一人で悩む必要はない。
私は顔を上げ、夕焼けに染まる空を見つめた。
この穏やかな日々を守るためにも、真実を知りたい。
そして、もし聖ラマが本当に助けを必要としているのなら――。
今度こそ、あの子を救う方法を見つけたい。
そう、心に誓ったのだった。
第7話をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、王都でエルマを支えてくれていたクラリスが登場しました♪
昔からエルマを気にかけてくれていたクラリス。久しぶりの再会に、二人の間にあった温かな絆を感じていただけたら嬉しいです。
そして、聖ラマの異変には、どうやら別の原因が隠されている様子……。
おこげが不思議な反応を示したことも、今後の重要な手がかりになりそうです。
エルマは聖ラマを救うことができるのでしょうか?
そして、そんな彼女を支えるラインハルト様の優しさにも、ぜひ注目してください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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次回もどうぞお楽しみに!




