第11話 王宮に潜む黒い影と、もふもふたちの決意
いつも読んでくださり、ありがとうございます!
前話では、聖ラマが何者かによって薬を与えられ、苦しんでいることが判明しました。さらに、聖ラマはエルマに「王宮に……黒い……」という謎めいた言葉を残しました。
果たして、王宮に潜む黒い影の正体とは?
今回は、エルマたちが聖ラマを救うため、いよいよ本格的な調査に乗り出します!
それでは、第11話をどうぞ!
「……んん、朝……?」
私は、窓から差し込む柔らかな日差しを浴びながら、ゆっくりと目を覚ました。
ベッドの中はぽかぽかと暖かく、できることなら、もう少しだけ眠っていたい。
しかし。
「きゅふっ!」
「きゅうっ!」
「ひゃっ!?」
突然、頬にふわふわしたものが押しつけられた。
目を開けると、そこにはおこげとソラがいた。
二匹とも、私が起きたことが嬉しいらしい。
おこげは尻尾を振り、ソラは小さな角をきらきらと輝かせている。
「ふふっ。おはよう、二人とも」
私は二匹を抱きしめた。
もふもふ。
ふわふわ。
……ああ、幸せ。
昨日はいろいろなことがあったけれど、この子たちと一緒にいると、自然と心が落ち着いてくる。
けれど、すぐに私は表情を引き締めた。
聖ラマ。
王宮で苦しんでいた、あの子の姿が脳裏に浮かんだのだ。
「……聖ラマ、今頃どうしているのかな」
思わず呟く。
すると、ソラがぴたりと動きを止めた。
「ソラ?」
ソラは私の顔を見つめると、小さな角を淡く光らせた。
『……エルマ』
「……えっ?」
胸の奥に、かすかな声が響いた。
聞き覚えのある、弱々しい声。
『……たすけて』
「聖ラマ!?」
私は思わず身を乗り出した。
けれど、その声はすぐに途切れてしまった。
『……くろい……ものが……』
「待って! 聖ラマ! もう少しだけ、教えて!」
必死に呼びかけたものの、返事はなかった。
私は呆然としたまま、ソラを見つめた。
「……今の、聞こえた?」
「きゅう……」
ソラは心配そうに鳴いた。
どうやら、ソラにも何かを感じ取っていたらしい。
「そう……。聖ラマは、まだ助けを求めているのね」
私は二匹をぎゅっと抱きしめた。
胸の奥が痛かった。
すぐにでも王宮へ駆けつけたい。
けれど、今度こそ感情だけで動いてはいけない。
聖ラマを助けるためには、何が起きているのかを知る必要がある。
そして、私自身も無事でいなければならない。
「……待っていてね、聖ラマ」
私は小さく呟いた。
「必ず、助けに行くから」
朝食を終えた私は、ラインハルト様の執務室を訪れた。
「ラインハルト様、おはようございます」
「ああ、エルマ。おはよう」
彼は書類から顔を上げ、優しく微笑んだ。
「よく眠れたかい?」
「は、はい。おかげさまで……」
昨夜のことを思い出し、私は少しだけ顔を赤くした。
昨夜は、ラインハルト様がそばにいてくださったおかげで、安心して過ごすことができた。
……ただ。
『君が安心して眠れるまで、ここにいるよ』
そんなことを優しく言われたら、なかなか眠れなくなってしまう。
もちろん、悪い意味ではない。
むしろ、その反対だ。
「エルマ?」
「は、はい! 何でもありません!」
「そうかい?」
ラインハルト様は不思議そうに首を傾げた。
そして、ふっと微笑んだ。
「顔が赤いようだけれど……体調でも悪いのかな?」
「だ、大丈夫です!」
「それならいいのだが」
絶対に分かっていて言っている。
私は赤くなった顔を誤魔化すように、話題を変えた。
「そ、それより、聖ラマのことでお話があります!」
「……何か分かったのかい?」
彼の表情が真剣なものに変わった。
私は今朝、聖ラマの声が聞こえたことを説明した。
『たすけて』
『くろいものが』
その二つの言葉を聞いたラインハルト様は、しばらく考え込んでいた。
「……やはり、王宮には何かがあるようだね」
「はい。聖ラマは、まだ苦しんでいるんです」
「ああ。だからこそ、急いで調査する必要がある」
ラインハルト様は机の上から、一枚の書類を取り出した。
「実は、昨夜のうちに部下へ調査を命じておいたんだ」
「もう、ですか?」
「君が見せてくれた映像は、決して無視できるものではないからね」
彼は書類を私に渡した。
そこには、王宮の神獣管理局についての情報が記されていた。
「神獣管理局では、ここ数か月、聖ラマの治療記録の閲覧権限が変更されているらしい」
「閲覧権限……?」
「ああ。以前は複数の治療師が確認できた記録が、現在では限られた者しか閲覧できなくなっているそうだ」
私は目を見開いた。
「どうして、そんなことを?」
「理由は分からない。ただ、聖ラマの容体が悪化している時期と重なっているのが気になるね」
ラインハルト様は、もう一枚の書類を取り出した。
「そして、ローデンという男についても情報が入った」
「グレゴール卿の側近……ですよね?」
「そうだ。彼は神獣管理局との連絡役を務めているが、正式な治療担当者ではない。それなのに、聖ラマに与える食事や薬品の管理に関与しているらしい」
「……やっぱり、あの人が」
私は拳を握りしめた。
映像の中で、聖ラマが嫌がっているにもかかわらず、食事に何かを混ぜていた男。
その姿が、今でも目に焼きついている。
「ただし、今の段階でローデンが何を企んでいるのかは分からない。彼が独断で行動しているのか、それとも誰かの指示を受けているのかも不明だ」
「……グレゴール卿が関係している可能性もあるんですね」
「可能性はある。しかし、証拠がないうちに決めつけるわけにはいかない」
私は頷いた。
そうだ。
疑わしいからといって、すぐに犯人だと決めつけてはいけない。
本当に必要なのは、確かな証拠を集めることだ。
「……私、王宮へ行きたいです」
私は、はっきりと告げた。
「聖ラマを助けたい。そして、何が起きているのか、自分の目で確かめたいんです」
ラインハルト様は、私をじっと見つめた。
「危険があるかもしれない。それでもかい?」
「はい」
私は頷いた。
「でも、一人では行きません。ラインハルト様にも相談しますし、勝手な行動もしません」
「……そうか」
彼は、安心したように微笑んだ。
「ならば、私も一緒に行こう」
「えっ?」
「大切な君を、危険かもしれない場所へ一人で送り出すわけにはいかないからね」
「で、でも、お仕事は……?」
「部下たちが優秀だから問題ないよ」
「また、それですか!?」
思わず声を上げてしまった。
ラインハルト様は楽しそうに笑った。
「冗談だよ。もちろん、必要な仕事は片づけてから出発するさ」
「も、もう……」
私は頬を膨らませた。
けれど、すぐに笑顔になってしまった。
この人は、本当に私を大切にしてくれる。
だからこそ、私は自分の意思で行動したい。
守られるだけではなく、大切な人を守るために、自分にもできることをしたいのだ。
「……ありがとうございます、ラインハルト様」
「ああ。こちらこそ、話してくれてありがとう」
彼は私の手を優しく握った。
「君の意思を尊重する。それだけは、何があっても変わらないよ」
その言葉に、私は深く頷いた。
***
その日の午後。
辺境伯邸に、一人の来客があった。
「閣下。神獣の研究をされているミレーユ様がお見えになりました」
執事の報告に、ラインハルト様は顔を上げた。
「ミレーユ? ……分かった。応接室へお通ししてくれ」
「かしこまりました」
私は首を傾げた。
「神獣の研究者、ですか?」
「ああ。神獣の魔力や生態を専門に研究している人物だ。王宮の神獣管理局とは、独立した立場で活動している」
「もしかすると、聖ラマのことについて何か知っているのでしょうか?」
「それは、話を聞いてみないと分からないね」
私たちは応接室へ向かった。
そこには、栗色の髪を後ろでまとめた女性が立っていた。
深緑色のローブをまとい、腕には古びた本を抱えている。
「初めまして。ミレーユと申します」
彼女は丁寧に一礼した。
「突然の訪問をお許しください。本日は、聖ラマ様について、どうしてもお伝えしたいことがありまして」
「聖ラマについて?」
私は思わず身を乗り出した。
ミレーユさんは真剣な表情で頷いた。
「はい。実は、ここ数か月、王宮の神獣管理区画から、奇妙な魔力の反応が観測されているのです」
ラインハルト様の表情が険しくなった。
「奇妙な魔力?」
「通常の神獣が発する魔力とは異なるものです。特に、聖ラマ様が暮らしている区画では、その反応が強くなっています」
私は息を呑んだ。
「……それは、黒い魔力なのでしょうか?」
ミレーユさんは驚いたように目を見開いた。
「エルマ様。どうして、そのことを?」
私は、ソラを抱きしめながら説明した。
聖ラマが『王宮に黒い何かがある』と伝えてきたこと。
そして、ソラも黒い匂いを感じ取っていたこと。
話を聞き終えたミレーユさんは、深く息を吐いた。
「……やはり、無関係ではなさそうですね」
彼女は抱えていた本を机の上に置いた。
「古い神獣の記録に、興味深い記述が残されています。神獣の魔力を弱め、その感覚や意思に干渉する特殊な物質についてです」
「神獣の魔力を弱める……?」
「はい。記録では、黒い結晶のような物質として描かれています。ただし、実物がどのようなものだったのか、詳しいことは分かっていません」
ミレーユさんは、本のページを開いた。
そこには、黒い結晶の絵と、複雑な魔法陣が描かれていた。
「この物質が神獣の近くに存在すると、魔力の流れが乱れ、本来の力を発揮できなくなる可能性があるとされています」
「それが、聖ラマに使われている可能性があるということですか?」
「現時点では断定できません。しかし、王宮で観測された魔力の変動とは、いくつか共通点があります」
私は、拳を握りしめた。
もし、その物質が本当に存在するのなら。
聖ラマが弱っている原因も、それなのだろうか。
「……助ける方法はあるんですか?」
ミレーユさんは、真剣な表情で頷いた。
「まずは、原因となっている物質を特定する必要があります。そのうえで、神獣への影響を取り除く方法を調べなければなりません」
「原因を取り除けば、聖ラマは元気になる可能性があるんですね?」
「はい。ただし、長期間にわたって影響を受けていた場合、回復には時間がかかるかもしれません」
私は、胸の前で手を握りしめた。
まだ、間に合うかもしれない。
聖ラマを救えるかもしれない。
「……ありがとうございます。私、絶対に聖ラマを助けたいです」
「エルマ様……」
ミレーユさんは、優しく微笑んだ。
「そのお気持ちは、きっと聖ラマ様にも届いていることでしょう」
その言葉に、私は小さく頷いた。
しかし、ラインハルト様は、まだ何か考えているようだった。
「ミレーユ殿。一つ質問がある」
「何でしょうか?」
「その黒い物質は、どのようにして神獣の魔力に干渉するのだろうか?」
「詳しい仕組みは分かっていません。ただ、古い記録には、物質そのものだけでなく、特定の薬品と組み合わせて使用された例も記されています」
私は、はっと顔を上げた。
薬品。
ローデン卿が、聖ラマの食事に混ぜていたもの。
「……もしかして、薬と黒い物質は関係しているのでしょうか?」
「その可能性はあります」
ミレーユさんは慎重に答えた。
「しかし、映像に映っていた薬品の正体が分からない以上、まだ何とも言えません。実際の薬品や記録を確認する必要があります」
ラインハルト様は頷いた。
「分かった。王宮へ向かう前に、こちらでも可能な限り調査を進めよう」
「私も協力いたします」
ミレーユさんは、力強く答えた。
「神獣の命を脅かす行為が行われているのなら、研究者として見過ごすわけにはまいりません」
私は、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。どうか、よろしくお願いします」
これで、協力してくれる人が増えた。
一人では分からないことも、みんなで力を合わせれば、少しずつ明らかにできるかもしれない。
そう思うと、心強かった。
……けれど。
そのとき、ソラが突然、私の腕の中で震え始めた。
「ソラ!?」
小さな角が、今までにないほど強く青く光っている。
「どうしたの? 大丈夫!?」
ソラは、私の胸元に顔を押しつけた。
そして。
『……いや……』
かすかな声が、私の心に響いた。
『……こわい……』
「……聖ラマ?」
『……エルマ……』
私は、息を呑んだ。
今までよりも、はっきり聞こえる。
『……きて……』
「聖ラマ! 今、どこにいるの!?」
必死に呼びかけた。
すると、ほんの一瞬だけ、脳裏に映像が浮かんだ。
白い石造りの部屋。
金色の檻。
そして、その奥にある、黒い扉。
扉の向こうから、何かが淡く光っている。
黒い結晶。
そのすぐそばに、一人の男が立っていた。
黒い衣服。
冷たい横顔。
ローデン卿だった。
彼は誰かに向かって、静かに告げていた。
『……準備は整いました』
その向こうから、別の男の声が聞こえた。
『よろしい。では、次の段階へ進めろ』
「……っ!」
映像が途切れた。
私は、思わずソラを抱きしめた。
「ソラ! 大丈夫!?」
「きゅぅ……」
ソラは、疲れたように小さく鳴いた。
おこげも心配そうに寄り添っている。
ラインハルト様が、すぐに私のそばへ来た。
「エルマ、何が見えたんだい?」
私は、震える声で説明した。
黒い扉。
黒い結晶。
そして、ローデン卿の言葉。
『準備は整いました』
それを聞いたラインハルト様の表情が、一気に険しくなった。
「……次の段階、か」
ミレーユさんも、青ざめた顔で呟いた。
「もし、あの結晶が記録にある物質だとしたら……」
彼女は言葉を切った。
「何か、分かったのですか?」
私が尋ねると、ミレーユさんはゆっくりと顔を上げた。
「古い記録には、その物質を使った実験についても記されていました。ただし、成功例はほとんどありません。神獣の魔力を弱めるだけでなく、強い干渉を加えると、予想外の現象が起きる可能性があるとされています」
「予想外の現象……?」
「具体的なことまでは分かりません。しかし、もしローデンが意図的にその物質を使用しているのなら、聖ラマ様の健康を害するだけではない、別の目的があるのかもしれません」
私は、唇を噛みしめた。
聖ラマを苦しめるだけではない、別の目的。
いったい、何をしようとしているのだろう。
「……急がなければ」
私は呟いた。
「聖ラマを助けるためにも、これ以上、何かが起きる前に」
ラインハルト様は、力強く頷いた。
「ああ。明朝、王宮へ向かおう」
「はい!」
「ただし、正面から堂々と向かう。相手を刺激するためではなく、正式な説明を求め、聖ラマの状態を確認するためだ」
私は頷いた。
焦ってはいけない。
確かな証拠を集め、聖ラマを救う。
それが、今の私にできることだ。
ラインハルト様は、私の手をそっと握った。
「大丈夫。君を一人にはしない」
「……ありがとうございます」
私は、彼の手を握り返した。
その温かさに、少しだけ心が落ち着いた。
けれど、私たちはまだ知らなかった。
王宮の地下深く。
厳重に封鎖された一室で、黒い結晶が静かに輝いていることを。
そして、その結晶の前に立つ人物が、ゆっくりと口元を歪めたことを。
「……聖女が戻ってくる、か」
男は、手元の書類を閉じた。
「ならば、計画を早める必要があるな」
黒い結晶が、一瞬だけ強く光った。
その光は、まるで何かの目覚めを待っているかのようだった。
第11話を最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
今回は、聖ラマを苦しめている原因に、少しずつ迫るお話でした。
ローデンが与えていた薬、王宮で観測された異常な魔力、そして古い記録に残されていた黒い結晶。
これらは、いったい何を意味しているのでしょうか?
さらに、ローデンが口にした「準備は整いました」という言葉。
彼らが進めている計画とは……?
次回はいよいよ、エルマとラインハルトが王宮へ向かいます!
聖ラマを救うことはできるのか。そして、王宮に潜む黒い影の正体とは?
ぜひ、次回も読んでいただけると嬉しいです!
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!
それでは、また次のお話でお会いしましょう!




