第3話 【悲報】陰陽寮、全焼
コメント欄は「殺す」や「死ね」で埋まっていたが、ひとつだけ全く違う反応があった。
「これ消しますね-」
「待て。それは高額課金の色じゃないか?」
俺は絶界から情報端末を取り上げる。
配信を強制的に終了させてから、色が違うコメントに載っていたアドレスへ連絡する。
動いているのを自分で使うのは初めてだが、直感的に操作できたので問題なく回線が繋がった。
「私の友人を救って下さって感謝いたします」
スーツを着こなした少女が頭を下げる。
空気が引き締まり、俺は無意識に姿勢を正した。
「私の名は……」
「猿吉さま! そいつ敵です! ラスボスです! だから会話終了してください!」
絶界が俺に張り付くようにして叫ぶ。
近くで叫んでいるので耳が痛い。
「ねーねー」
礼儀正しい少女の態度が変わった。
怒りに満ちた声に、絶界が慌てて俺の後ろに回り込もうとする。
少女は俺に対しては申し訳なさそうに目礼するが、絶界に向ける目はやらかした悪友を死なない程度にぶちのめす寸前の態度だ。
「生きてるなら連絡しなさいよ! あたしのことそんなに信用できない?」
「え、そうじゃなくて、だって、ライバルでしょ?」
「競い合う気はあっても殺す気なんてないわよ馬鹿! 意地張ってないで命は大事にしなさいよ!」
涙を浮かべて絶界を叱りつけるのを見て、俺は素直に「まともな奴だ」と思った。
「んんっ。恩人が聞いている場所で騒いでごめんなさい。私は織田エーテル。あなたは新人異能者の猿吉さんで間違いないですね」
少女の気配がまた変わった。
今度は、初対面の同業者との距離感を図っているときのようだ。
しかし織田エーテルか。
ずいぶんと個性的な名前だ。
「おだっ、えーてるっ」
絶界が悪ガキの表情で、織田エーテルが映った画面を指差す。
それをカメラと回線経由で見た織田は、白い歯を剥き出しにして怒りを露わにした。
「遠隔呪詛対策の仮名に決まってるっしょ! ……念のために聞きますが猿吉さんは本名ですか? 異能者の世界には呪詛が実在します。本名は隠してください」
「ほんみょ……んんっ」
驚いて思わず本当のこと口走りそうになった。
絶界は慌てて俺の口を手で塞ごうとして失敗し、織田は『なんで伝えてないんだ』という目を絶界に向ける。
「助言に感謝する。……だが少し遅かったかもしれん」
肌がちりちりする。
自動反撃が始まる直前のような感覚だが、魔物のときより数倍は強い。
「絶界! 自動反撃のタイミングで全力で押し返す。街が燃えないように結界だけ頼む」
俺は絶界に情報端末を押し付けた。
「どこから来るか分からない、ってことはだ」
視界全体が濃い青に染まる。
「全部燃やせば必ず当たるってことだ!」
殺意には殺意を。
どこにいても殺すつもりで、特大の魔物が数十いようと焼き尽くせるだけの炎を全方位に叩きつける。
青い火柱が空高く伸び、何もない場所でいきなり消えた。
まるで絶界の管だ。
目には見えないが俺の炎をよく通す。
途中で何かがぶつかったが、炎はそれを焼き尽くし、そのまま遠くへ突き進む。
少し漏れた青い炎が、絶界のきらきらした結界で防がれているのが見えた。
「猿吉さまの本気、わたしの結界でも危ないです……」
巫女服を汗で濡らした絶界が、ほっと胸をなでおろす。
その手にある端末のカメラは、まだ配信モードで俺を映していた。
「また配信してたのか」
「ひとりひとり殴って上下を分からせるより、嘘をつけないリアルタイム配信で見せる方が、ずっと簡単ですから!」
ぴろん。
俺が文句を言う前に、端末からけたたましい速報の着信音が鳴った。
画面には、高額課金時の色とは違う、真っ赤な文字が表示されている。
「速報? 『日本最大手の異能者組織・陰陽寮の総本部、原因不明の大爆発により炎上中』ねえ」
全力を出した爽快感を味わいながら、俺は真っ赤な文字を読む。
画面の向こうで、県をいくつも跨いだ先にある豪華な高層ビルが、見覚えのある青い炎に包まれてドロドロに溶け落ちていた。
「猿吉さまって、遠隔呪詛の経路を使って、県外の総本部ごと燃やせるんですね」
「俺、そんなことしてたのか?」
ぴこん、と妙に可愛い着信音が響いた。
絶界が情報端末を覗き込んで、嬉しいのと面倒くさいのが混じった、変な表情をした。
「エーテルが来るみたいです。なんか怒ってます」
「いきなり通信を切ったら腹も立つだろ。こっちは無事だって伝えたか?」
「いま伝えたのに怒ってるんです。変ですよね?」
「友達は大事にしろよ。喧嘩別れに生き別れに死に別れと、いろいろあるんだからな」
のんびり雑談する俺たちは、地平線から迫る土煙に気付いていなかった。
☆
「異能者家系の一員として説明しときなさいよ!」
「猿吉さまの大火力なら全部燃やしておわりなの!」
装甲ワゴンから降り立った織田エーテルと絶界の間で、壮絶なキャットファイトが始まった。
殺意がないのだけは分かるので、俺も、織田に続いて降りてきた黒服たちも、手出しできない。
「全国制覇が口だけじゃないなら、殺した後のことも考えなさいっ!」
「あわわわ」
銀髪に変わった織田が、絶界を結界ごと地面に叩きつけていた。
「それ以上は喧嘩じゃなくて戦闘になるぞ? 絶界への文句や説教は止めないから、喧嘩はそこまでしてくれ」
「……ええ、分かりました」
「猿吉さま! 止めるなら文句や説教も止めてくれませんか!」
髪がもとに戻った織田がじろりと絶界を見る。
絶界は、俺を盾にしながら織田を威嚇している。
「助けにきてくれたことは感謝する。見ての通り、俺と絶界は無事だ」
交戦か。
交渉か。
どちらでも構わないつもりで、俺は自動反撃の異能だけを用意した。
「本当に時間がないから挨拶抜きで話すわよ。陰陽寮はクソであたしとねねの敵だけど、日本の秩序を最低限維持してきた組織でもあるの」
織田は俺の炎の威力を知っている。
目に微かな恐怖が浮かんでいるのに、俺から目をそらさない。
「そこが消し飛んだのよ。もう第二次戦国時代が始まったわ。序盤は秩序の破壊者であるあなたとねねの首の争奪戦よ」
「……は?」
絶界を見る。
俺の隣の狂犬は、これ以上ないほど輝く笑顔でピースサインを作っていた。
「向こうから来てくれるなんて、手間がはぶけてさいっこうです! どんどん燃やしちゃいましょう!」
織田を見る。
「じゃあね、ねね。生きてたらまた会いましょう」
「ちょっと待ってくれ! 俺たちだけでやれば街も人も全部燃やす戦いになる。それじゃ勝ってもジリ貧だ! あんたの傘下に入っていいからせめて不戦条約を頼む!」
「ねねの友人としての義理は果たしたでしょ! あたしを巻き込まないでよ!」
織田エーテルの人の良さに全力でつけ込んだのが良かった。
何故なら、地平線に多数の軍勢が現れるまでの時間を稼げたからだ。
少数突出してきた騎馬が放ったドローンが、俺たちを撮影してから回収されていった。
「今川の常備部隊? それもあの数。本拠地を空にしたの、正気?」
織田が焦るがもう遅い。
戦闘もせず俺と絶界と一緒にいる以上、一蓮托生だ。
「ありがとう織田さん!」
「一緒に頑張ろうね、エーテル!」
満面の笑みを浮かべる俺と絶界に、織田が怒りのチョップを繰り出す。
その背後で、騎馬を含む異能者の大軍勢が、俺と絶界の首を狙った進撃を開始した。




