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——スゥが館に来て、三日が経つ。
スゥはつつがなく、シスターの仕事をこなしていった。
三日もあれば、一通りの仕事は覚えられる。
ほかのシスターとも、よく話すようになった。さいしょは、突然やってきた新参者に、シスターたちは警戒していた。しかし、スゥが敬虔な足神教徒で、シスターの嫌がる力仕事を、率先してやるようになると、彼女たちはスゥを迎え入れた。
しかし、ひとり、ディリアだけは、口を聞かなかった。
どうしてそんなに嫌うのか、他のシスターたちにはわからなかった。
「だれにでも好かれるわけではありませんから」
スゥが謙虚にそう言うと、他のシスターの株は、上がる一方だった。
——また二日ほど経って。
庭で掃き仕事をしていると、修道長に声をかけられた。
「シスター・スゥは、とても仕事に励んでいらっしゃいますね。他のシスターにも見習ってほしいくらい。辛くありませんか?」
「いいえ、マザー・サレア、辛いことなんてありません。体を動かすのは得意なんです」
スゥはおどけて、力こぶを作ってみせた。
修道長はうれしそうに微笑んで、
「いかがでしょう。新しいお仕事をやってみませんか?」
スゥは快くうなずいて、修道長についていった。
エントランスを進み、左奥の扉を開ける。
中庭の見える廊下を抜けると、巨大な足のある庭に出た。
スゥがここに入るのは、一週間ぶりだった。スゥは、いつでもここに来ることはできたが、シスターとしての動き方がわかるまで、下手なことはしないでおこうと、しばらく距離を置いていたのだ。
修道長は、荒れた小路を行きながら、
「シスター・スゥは、私たちにとって、そして、足神様にとっても、敬虔で素晴らしい教徒です。そんなあなたであれば、足神様の怒りに触れることなく、神様の庭を掃除できると思います」
「どういうことですか?」
修道長が言った。
「ご覧の通り、この庭は、長らく人の手が入っていません。シスターたちは、みな、神様をひそかに恐れているのです。いつか、あの大きな足が動きだして、自分たちを踏みつぶしてしまうんじゃないかと」
「そんなことがあるんですか?」
修道長はわずかにうつむいて、
「……一度だけ。と言っても、私がシスターになる前ですから、何十年も昔の話です」
修道長は、荒地の半ばで立ち止まって、巨大な足を見上げた。
修道長は、スゥに振り向いて、荒地全体を示すように、両手を広げた。
「ほかのシスターは、神様を恐れて、ここに近づきません。私だって、おびえている者を、無理やり連れてくるつもりもありません。これまでは、私がひとりで、ここの掃除をしていました。ですが、ひとりの手では、どうしたって限界があります。ひとまず、入信の儀で歩く、この道だけでも、雑草が生えないようにしていました」
彼女の言うように、巨大な足へと続く小道だけは、きれいに掃除されていた。
しかし、それ以外の敷地は、荒れ放題……むき出しの地面は、凸凹に荒れていて、あちこちに雑草が生えている。
修道長が言った。
「いかがでしょう。スゥさんに、神様の庭のお手入れを、お願いしてもよろしいですか? ひとりでやれとは言いません。これまでどおり、私は手入れをつづけますし、それに、スゥさんがやっているのを見れば、ほかのシスターも、心を改めると思うのです。すぐに恐怖が抜けなくても、いまの神様は、民草に心やすい存在だと、気づくと思います」
スゥは、敬虔な修道女がそうするように、両手を組んで、ひざまずいた。
「お任せください、マザー・サレア。わたしは、神様に仕えると決めたその日に、この庭をお掃除させてほしいと、思っていたくらいなのです」
「ありがとうございます」
修道長は、うれしそうにうなずいた。
——その日から、スゥは神様の庭を出入りするようになった。
館には、掃除道具が一式、そろっていた。軍手、スコップ、竹ぼうき、熊手、鉄の鍬……スゥはそれらを持って、神様の庭に向かった。
庭の荒れ具合は、かなりのものだった。草を取りつつ、凸凹をならし、土を埋めなおしていく。ふだんのトレーニングは、ランニングが主で、それ以外はあまりやらない。上半身や体幹を鍛えるのにちょどいいと思った。
スゥが神様の庭を出入りしているのを、他のシスターはこわごわと見ていた。
新人が、修道長に認められて、だれにも任されない仕事をしている。そのことへの嫉妬より、ずっと、あの巨大な足が動き出して、新人の小さな体をめちゃくちゃにしてしまうことへの恐怖心のほうが強かった。
スゥにとっては、都合がよかった。
ほかのだれに邪魔されるでもなく、巨大な足を観察できる。
——スゥが当たり前に、神様の庭を出入りできるようになった頃。
修道長もシスターも見ていないところで、スゥはこっそり、巨大な足に近づいた。
巨大な足は、はじめに見たときとなんら変わりなかった。
青空を衝く巨木のように、ただじっと、そこに立っている。
スゥは、足の周りをぐるっと巡った。
大樹の幹のように太い足首。
スゥの頭より高いところに、八本の荒縄が巻かれている。
縄の先は、テントで使うロープのように、鉄の杭で、地面に固定されていた。
あるところで、スゥは手を伸ばして、縄の表面をにぎってみた。縄の表面が、ぼろっとくずれる。長い年月、風雨にさらされた縄がそうなるのと同じで、この大きな縄も、あちこちにほつれができていた。
スゥは、手のひらについた屑を払って、
「どうしたものかな」
とつぶやいた。
しばらくつったって考えたけれど、たいしたことも思いつかなくて、掃除を再開した。
——夕暮れが近い。
作業に集中していたせいか、茜色の空が、ほんのりと夜の暗さをはらんでいるのに、気づかなかった。
スゥは、雑草を一か所にまとめてから、館にもどっていく。修道長はいなかった。一足先に、寮に帰ったらしい。
足早に館に向かって、エントランスにつづく扉を開けた。
「精が出ますね」
扉を開けた先——廊下の入り口に、神父が立っていた。
スゥはびくっと背筋を伸ばした。
「こんばんは、神父様」
神父は、スゥの脇を通って、神様の庭を見渡した。
「すばらしい」
神父は言った。
「神の御庭が荒れていることを、私は常々、問題に感じていたのです。ですが、スゥさんがシスターになってくれてよかった。ほかのシスターはみな、神様を恐れて、ここに入ろうとしませんから」
「神様を恐れるのは、当然ではありませんか?」
「ええ。ですが、畏怖はあっても、恐怖があってはいけません。だからこそ、スゥさんには感心させられるのです。神に仕えて、まだ一月と経っていないのに、あれほど親身に、神様の御庭を手入れされているのですから……ふみつぶされるかもしれない、と、怖くなりませんか?」
「……どうでしょう」
スゥは、生きることに憂いた少女がそうするように、目元をかげららせた。
「わたしはきっと、生きるとか、死ぬとか、そういうことに、あまり頓着がないのかもしれません。これまで旅をしてきて、幾度となく死にそうになりました。金に飢えた野盗にも、どう猛な野生動物にも、出会ったことがあります。何度も不快な思いをしました。……そのせいかもしれません。わたしは、いまのこの命が、明日には潰えてしまうかもしれないと、いつも思っています」
「ああ、いけません」
神父は振り向いて、スゥの肩に手を添えた。
「あなたはまだ若い。思い悩むことは、それこそ、星の数ほどあるのだと思います。ですが、だからこそ、悩み過ぎてはいけません。悩みとは闇のようなもの。闇に呑まれれば、光を見つけることすら叶わなくなる。どうかその胸に、生の光を忘れないでください」
神父の手は、ほのかに温かかった。それが、じっと持たれているうちに、いつしか強い熱を持ち、スゥの肩に伝わってくる。
スゥは、かすかに両目をうるませた。
神父は、じっと、スゥの目を見つめた。
やがて、ふたりの距離が、少し、また少しと、縮まって——
「ダメッ」
スゥは、わずかに腕に力をこめて、神父の胸を押し返した。
生娘がそうするように、両手を組んで胸に当て、つんのめりながら、廊下を走り抜けた。
神父は、暗んでいく空を背に、スゥを見つめた。
切れたスカートの端から、白い太ももと、わずかに下着が、ちらついている。
スゥがエントランスに消えても、神父は、なめるような視線で、スゥの背中を追っていた。
修道寮の二階。
スゥは自室に駆けこんで、後ろ手に扉を閉めた。扉越しに、だれも近くにいないことをたしかめて、考えこむように、天井を見つめる。
やがて、スゥは、書き物机に座った。
机に置いていたウエストポーチから、手帳とえんぴつを取り出して、新しいページに、今日見た足の状態を書きとめる。
「これで、仕事は終わり」
しかし、そう言ったにしては、スゥの表情は、すっきりとしていなかった。
なにやら悩まし気に眉をひそめて、
「人手が足りない」
「足ならあるぜ」と、トレッキングブーツが茶化した。
スゥはブーツをにらんで、
「だったら自分で歩いてみなよ」
「ひとりで歩けるわけねえだろ、靴なんだから」
スゥはため息交じりに腕を組み、じーっと、天井を見つめていた。
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*次エピソードは、本日13時ごろ投稿予定です。




