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6


 壇上の左脇に木の扉があって、その扉の先は、長い廊下になっていた。

 神父につづいて、スゥは廊下を行く。

 廊下の窓から、屋敷の中庭が見えた。手入れされた芝生の真ん中に、丸石で囲まれた水汲み場がある。水汲み場の水は、常に新しい水が入ってきているらしい。水汲み場の真ん中には、足型の石像があって、石の爪から、透明な水があふれていた。

 廊下の先に、また扉がある。

 その扉を抜けると、砂地の庭に出た。吹きさらしと言っていいくらい、広く、荒涼としている。館を囲んでいた塀が大きかったのは、この敷地を取り囲んでいたからだ。ほとんど手入れされていないのか、庭じゅう凸凹で、雑草も生え放題だった。

 スゥが、顔を上げる。

 ——それまで見切れていた、巨大な足の全貌が、あらわになった。

 巨大な右足は、吹きさらしの庭の真ん中に立っていた。太ももから爪先まで、ズボンも靴下も、穿いていない。裸足だ。屋敷の外から見ていたときにはわからなかったが、巨大な足の太ももは、かなり筋肉質で、あちこちに、筋肉の影をつくっていた。

 浅く日に焼けた、成年の男性の右足——というのが、適しているだろう。

 スゥが視線を下げていく。

 裸足の足首には、太い縄が何重にも巻かれていた。縄の先端は地面に——およそ八か所で、大きな杭で止められていた。足首から上が、健康的な焼け方をしているのに対し、足首から爪先にかけて、血色の悪くなった肌のように、青黒くなっていた。

 神父は、巨木のようにそびえる足を前に、立ち止まった。

「はじめます」

 神父が腕を組み、ひざまずく。

 そして、なにやらぶつぶつと、念仏のようなものを唱えはじめた。

 そう待つことなく、神父は顔を上げて、スゥに振り向いた。

「裸足になっていただけますか?」

 スゥは言われたとおり、ブーツと靴下を脱いだ。

 神父はかたく目をつむり、スゥの頭の上に手をかざして、なにやらまた、うにょうにょと唱えはじめる。徐々に姿勢を低くしていって、神父は、スゥの足元にひざまずく。スゥの素足に両手をそえて、三回さすり、低い姿勢のまま、巨大な足に向き直った。

「はぁ!」

 と、神父は一気に立ち上がって、甲高い声を上げた。組んだ両手を大きく開き、全身をぷるぷるとふるわせている。

 足元で吹きだすような声がした。

「こいつ、なにしてんだ?」とトレッキングブーツ。

「黙ってて」と、スゥは、胸の中で言った。

 ほどなく、

「……お疲れさまでした」

 と、神父が振り返った。神父は、禿げ頭にも、額にも、滝のような汗を浮かべている。

「足神様の御加護と、スゥ様への啓示を承りました」

「神様はなんと?」

「はい」

 神父は息を整えて、

「スゥ様の未来は、けして、暗いものではございません。悩みが尽きない、それはすなわち、人として生きているということでもあります。ぜひ、このまま旅をつづけてください。足神様はいつも、スゥ様の行いを見ておいでです。もし、道半ばでくじけそうになったときは、足神様がそばにいると、思い出してください。そのうえでなお、挫けそうになったならば、いつでも、この街に帰っていらしてください。この街はいわば、スゥ様の第二の家です。私たちは、スゥ様を心やすい家族として、お迎えしましょう」

 神父の言葉が終わる。

 だれもが、スゥの返答を待っていた。

 ……しかし、スゥからの返事がない。

 神父はいぶかしんで、スゥを見やった。

 スゥはかすかにうつむいて、なにやら考えているようすだった。

「どうかなさいました?」

「……神父様」

 スゥはおもむろに顔を上げ、神父を見つめた。

 あどけない顔。

 それでいて、感銘を受けたあとのように、両目をうるませていた。

「もし……仮の話なのですけれど」

「なんでしょう」

「仮に、この街の住人ではない、一介の旅人が、足神様に身をささげたいとしたら、どう思われますか?」

 神父が不思議そうにまばたいた。

 しかしすぐ、神父は巨大な足に振りむいて、やわらかく微笑んだ。

「ええ、神様も喜んでおられます。ですが、」

 神父が心配そうに言った。

「スゥ様、旅はいかがなさるのですか? 旅人は、旅をしてこそ、旅人と呼ばれます。旅をやめた者を、他者も、あなた自身も、旅人と呼ぶことはできないのではありませんか?」

「神父様」

 スゥはか弱い、疲弊したような顔を浮かべて、

「わたしは、もう、疲れてしまいました。長く歩くことも、雨風に打たれることも。ですが、いま、神父様がおっしゃられた言葉が、わたしの胸から、とても離れそうにありません。足神様は、わたしのような放浪人にも、慈悲の言葉をくださった。その神様に、わたしの生涯をささげようと、そう思うのは、間違っているでしょうか」

「……いいえ、間違いなどではございません」

 神父は言った。

「じつのところ、シスターはひとりでも、多い方がいいと、常々思っていたのです。スゥ様のような敬虔さを持ち合わせた女性こそ、足神様の間近で、仕えるべきと思います」

 神父はシスターたちを見回して、

「修道服と経典の準備を。新しいシスターに、足神様の祝福を」

 シスターたちは厳かに一礼して、スゥの手を取った。

 スゥは、裸足のまま、シスターに連れられて、館にもどった。

 その後ろから、神父がついていく。

 神父は、だれに知られるでもなく、スゥを頭からお尻にかけて、じっくり、なめるように見つめていた。


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