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壇上の左脇に木の扉があって、その扉の先は、長い廊下になっていた。
神父につづいて、スゥは廊下を行く。
廊下の窓から、屋敷の中庭が見えた。手入れされた芝生の真ん中に、丸石で囲まれた水汲み場がある。水汲み場の水は、常に新しい水が入ってきているらしい。水汲み場の真ん中には、足型の石像があって、石の爪から、透明な水があふれていた。
廊下の先に、また扉がある。
その扉を抜けると、砂地の庭に出た。吹きさらしと言っていいくらい、広く、荒涼としている。館を囲んでいた塀が大きかったのは、この敷地を取り囲んでいたからだ。ほとんど手入れされていないのか、庭じゅう凸凹で、雑草も生え放題だった。
スゥが、顔を上げる。
——それまで見切れていた、巨大な足の全貌が、あらわになった。
巨大な右足は、吹きさらしの庭の真ん中に立っていた。太ももから爪先まで、ズボンも靴下も、穿いていない。裸足だ。屋敷の外から見ていたときにはわからなかったが、巨大な足の太ももは、かなり筋肉質で、あちこちに、筋肉の影をつくっていた。
浅く日に焼けた、成年の男性の右足——というのが、適しているだろう。
スゥが視線を下げていく。
裸足の足首には、太い縄が何重にも巻かれていた。縄の先端は地面に——およそ八か所で、大きな杭で止められていた。足首から上が、健康的な焼け方をしているのに対し、足首から爪先にかけて、血色の悪くなった肌のように、青黒くなっていた。
神父は、巨木のようにそびえる足を前に、立ち止まった。
「はじめます」
神父が腕を組み、ひざまずく。
そして、なにやらぶつぶつと、念仏のようなものを唱えはじめた。
そう待つことなく、神父は顔を上げて、スゥに振り向いた。
「裸足になっていただけますか?」
スゥは言われたとおり、ブーツと靴下を脱いだ。
神父はかたく目をつむり、スゥの頭の上に手をかざして、なにやらまた、うにょうにょと唱えはじめる。徐々に姿勢を低くしていって、神父は、スゥの足元にひざまずく。スゥの素足に両手をそえて、三回さすり、低い姿勢のまま、巨大な足に向き直った。
「はぁ!」
と、神父は一気に立ち上がって、甲高い声を上げた。組んだ両手を大きく開き、全身をぷるぷるとふるわせている。
足元で吹きだすような声がした。
「こいつ、なにしてんだ?」とトレッキングブーツ。
「黙ってて」と、スゥは、胸の中で言った。
ほどなく、
「……お疲れさまでした」
と、神父が振り返った。神父は、禿げ頭にも、額にも、滝のような汗を浮かべている。
「足神様の御加護と、スゥ様への啓示を承りました」
「神様はなんと?」
「はい」
神父は息を整えて、
「スゥ様の未来は、けして、暗いものではございません。悩みが尽きない、それはすなわち、人として生きているということでもあります。ぜひ、このまま旅をつづけてください。足神様はいつも、スゥ様の行いを見ておいでです。もし、道半ばでくじけそうになったときは、足神様がそばにいると、思い出してください。そのうえでなお、挫けそうになったならば、いつでも、この街に帰っていらしてください。この街はいわば、スゥ様の第二の家です。私たちは、スゥ様を心やすい家族として、お迎えしましょう」
神父の言葉が終わる。
だれもが、スゥの返答を待っていた。
……しかし、スゥからの返事がない。
神父はいぶかしんで、スゥを見やった。
スゥはかすかにうつむいて、なにやら考えているようすだった。
「どうかなさいました?」
「……神父様」
スゥはおもむろに顔を上げ、神父を見つめた。
あどけない顔。
それでいて、感銘を受けたあとのように、両目をうるませていた。
「もし……仮の話なのですけれど」
「なんでしょう」
「仮に、この街の住人ではない、一介の旅人が、足神様に身をささげたいとしたら、どう思われますか?」
神父が不思議そうにまばたいた。
しかしすぐ、神父は巨大な足に振りむいて、やわらかく微笑んだ。
「ええ、神様も喜んでおられます。ですが、」
神父が心配そうに言った。
「スゥ様、旅はいかがなさるのですか? 旅人は、旅をしてこそ、旅人と呼ばれます。旅をやめた者を、他者も、あなた自身も、旅人と呼ぶことはできないのではありませんか?」
「神父様」
スゥはか弱い、疲弊したような顔を浮かべて、
「わたしは、もう、疲れてしまいました。長く歩くことも、雨風に打たれることも。ですが、いま、神父様がおっしゃられた言葉が、わたしの胸から、とても離れそうにありません。足神様は、わたしのような放浪人にも、慈悲の言葉をくださった。その神様に、わたしの生涯をささげようと、そう思うのは、間違っているでしょうか」
「……いいえ、間違いなどではございません」
神父は言った。
「じつのところ、シスターはひとりでも、多い方がいいと、常々思っていたのです。スゥ様のような敬虔さを持ち合わせた女性こそ、足神様の間近で、仕えるべきと思います」
神父はシスターたちを見回して、
「修道服と経典の準備を。新しいシスターに、足神様の祝福を」
シスターたちは厳かに一礼して、スゥの手を取った。
スゥは、裸足のまま、シスターに連れられて、館にもどった。
その後ろから、神父がついていく。
神父は、だれに知られるでもなく、スゥを頭からお尻にかけて、じっくり、なめるように見つめていた。




