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ショッピング街の先が、街の中心部になっている。
まっさきに目に入るのは、巨大な左足だ。
太ももから足先まで、おおうものはなにもない。見える範囲に傷はなく、灰色に煙る街中にあっても、きめ細かい肌は白く輝いてみえた。
ジェーンは崖の前に立って、足の周りを観察した。
左足が立っているのは、断崖から伸びる丸い柱のような土地の、てっぺんだ——雑技団の道化師が、細長い棒の上に片足で立つ芸を、見たことがある——それと同じような格好だと思った。
切り立った崖の下を見れば、どんよりとした暗闇が沈んでいた。まったく底が知れない。岩肌は、ところどころ突き出たところもあるが、鉱石の性質のせいか、つるっとしているところが多く、あの足がある地面まで橋をかけるのは、むずかしそうだ。
ジョンが言った。
「おねえさんは、巡礼の人なの?」
「いいや。ここに来たときも、衛兵のお兄さんに、同じことを聞かれたんだけど」
「ほら——」
ジョンが指さす先に、崖の縁にひざまずいている人がいた。
一人や二人じゃない。
断崖をはさんだ向こう側にも、同じようにひざまずく、白装束の人たちがいた。
「——お祈りをささげてるの」
ジョンは言った。
「あの足は、神様の足なんだって。おねえさん、知らないの?」
「ただの旅人だからね。そういう話には疎くって……よかったら、聞かせてくれない」
ジョンは「えっと」と前置いて、
「むかしむかし、この世界は、恐ろしい化け物に支配されていました。その化け物は、虎と象を合わせたような体をしていて、七つの首を持っていました。首がたくさんあるせいで、いつもおなかが空いています。その化け物は、手当たり次第に、人間や、獣や、草木を食べたり、殺したりしていました。そのせいで、このあたりは草木も生えず、生き物もいない、荒れた大地になってしまいました。
この化け物の行いを見ていた神様が、ついに怒ってしまいます。
神様は、鉛と銀の足具を、自分の左足にはめて、化け物を踏みつぶしました——そのときの衝撃で、まわりに大きな山ができました——これが、岩山の成り立ちです。
化け物がいなくなって、平和になった世界に、人間や、動物や、草木がもどってきました。世界がふたたび息をふきかえしたことに、神様は喜びました。それで、これからも世界が平和でいられるように、自分がついた左足を、そのまま地上に残すことにしました。
あの足が崖の向こうにあるのは、神様が足をついたときに、そのまわりの脆い地面だけが、ぼろぼろと崩れさったからなのです」
ジョンはふうっと息をついた。
「だからね、この世界を守ってくれた神様を、敬わないといけないんだって。そうじゃなかったら、いまごろこの世界は、化け物に滅ぼされていたからって」
「なるほどねえ」
ジェーンは、白装束の人たちを見た。
「あの人たちが、その巡礼者ってわけね」
「そうだよ。この街の人もいるし、おねえさんみたいに旅してきて、帰依? っていうのをした人もいるよ」
ジェーンは、なんともつかない相槌をうって、巡礼者を見回した。硬い地面にひざをついて、胸の前で両手を組む姿は、うつくしくもあり、同時に、おろかにも見えた。
「あ、見て!」
ジョンがまた、別の方を指さした。
遠く離れた道から、高貴な服を着た何者かを先頭にして、街人がぞろぞろと、断崖の前までやってきた。見ると、その何者かの隣には、白い布で目隠しをされた子どもがいる。ここからでは聞こえないが、街人たちは、祝詞のようなものを唱えていた。
ジェーンがたずねた。
「あれはなに?」
「お見送り」
ジョンが言う間に、目隠しをされた子の背中が押され、小さな背中が、暗い深淵に落ちていった。
ジョンは、にこにこと、暗い断崖を見下ろして、
「あの子はこれから、この街を救ってくれた神様のところで働くの。そのお給金は、神父様が出してくれるんだ。これからずっと、食べるのに困らないくらいのお金がもらえるの。そのお金があれば、家族はみんな、新しい街で幸せに暮らすことができる。すっごく名誉なことなんだ」
そうして、ジョンが顔を上げると——
——ジェーンの顔が、とても険しく、歪んでいた。
ジョンが首をかしげるなか、
「そうね……」
と、ジェーンはつぶやいた。
「まあ、別にいいんじゃない? 街の人たちが信じてるものを、外野からぎゃあぎゃあ言って、否定するつもりはないし。あれにどんな意味があるのか、知りたくもないけどね」
「え?」
ジョンはきょとんと、まばたいた。
「なに、ぼくに言った?」
「ううん、こいつ」
ジェーンは、とんとんっと、ブーツのつま先を蹴ってみせる。
ジョンは、不思議と、怪訝と、奇妙な気持ちで、ジェーンを見上げた。
「地面と話してたの?」
「ちがう。このブーツと話してた」
ジョンはしゃがんで、ジェーンのブーツを、じいっと見つめた。ジョンの知っているブーツと、少し違う。大まかな見た目は同じだけど、ジェーンのブーツは、すごく頑丈そうに見せる。ずっと使っているのか、茶色い革は色あせていて、ところどころすり傷ができている。ここまでいろんなところを歩いてきたのか、土や、煤や、雑草の汁で、汚れていた。
ジョンはむっと口をとがらせて、
「うそつき。ぜんぜん、声なんて聞こえない」
「じゃあ、あなたはまだ、認めてもらえてないってこと」
「認めてって、なにに?」
「この靴に」
ジョンが見上げると、ジェーンの微笑みがあった。嘘をついたあとの照れ笑いのようにも、何も知らない子どもをさとしているような、大人の微笑みのようにも見えた。
ジョンは立ち上がった。
「靴に認めてもらうとか、変なの」
宿の前で別れるとき。
ジェーンは、金貨を一枚、ジョンに手渡した。
ジョンは、これでもかと目を丸くした。渡されたものが何なのか、まるで忘れてしまったみたいに、ジェーンの顔と、手のひらの中を、交互に見つめた。
ジェーンは言った。
「私のために、一日使ってくれたんだから、相応の対価を払わなきゃね」
ジョンは、頬を真っ赤にして、大きくお辞儀をしたかと思うと、一息に走り出した。
夕暮れの、暗い煙の中に、小さな背中が消えていく。
ジョンがすっかり見えなくなるまで、ジェーンは、煙の先を見つめていた。




