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 弧を描くようにして、広場を東に抜ける。

 路地を抜けた先に、煉瓦造りの建物の多い通りに出た。

 ここは街の東側で、「煉瓦通り」と呼ばれている。

 建ち並ぶ建物は、どれもアパートで、街の労働者が住んでいるらしい。この地区の設計者は、なにを考えていたのだろう——街中に一寸の隙間も許さないとばかりに、建物どうしのあいだは狭く、ほとんど密接しているような状態だった。

 それでも、わずかに人が通れるくらいの路地は見つかった。

 路地は、煙に反射した光さえ届かないほど、暗い。

 そんな路地の暗がりに、たくさんの人が横たわっていた。

 男か、女か、大人か、子どもか、どんな服を着ているのかさえ、わからない。

 女性は目を細めて、

「そうね」

 と、また独り言を言った。

「リジェルには悪いけど、あんまり長居したくないかも。足の状態を見たら、明日には発ちましょう」

 女性は、さっさと通りから離れるべく、路地から顔をそむけて、歩幅を大きくした。

 そのとき——


「こんにちは!」


 ——ふいに、後ろから元気な声がした。

 女性が振り向くと、小さな子どもがいた。

 背丈は女性の腰くらい……十歳かそこらだろう。つま先のやぶれた革靴は、見るからにぼろぼろで、やぶれたところから赤焼けた爪先がのぞいている。幅広の筒のようなジーンズを穿いていて、煤だらけの上着を着ている。暗い青色のフラットキャップの中に、前髪も後ろ髪もしまっていて、広い額と、大きな目と、やせた頬が、はっきり見えた。

 女性はにっこり笑って、「こんにちは」と返した。

 その子は、喉になにかが引っかかっているような、しゃがれた声で言った。

「おねえさん、この街の人じゃないだろ」

「お、よくわかったね」

 その子は得意そうに胸を張った。

「だって、おねえさん、さっきからずっと、あっちを見たり、こっちを見たり、忙しそうにしてるんだもん。街のことを知らないから、そういうふうにするって、知ってんだから」

「ほほう、やるねえ」

 女性はその子の前にしゃがんで、

「将来は警察とか、探偵になりな。あんたがいるだけで、街のみんなは安泰だ」

「あん、たい?」

「心配することがないってこと」

 へえ、とその子は関心そうにうなった。

 女性はたずねた。

「それで、なにか御用?」

「あ、そうそう」

 その子は言った。

「おねえさん、道に迷ってんだろ? だったら、街のこと、案内してやるよ」

「いいの?」

「もちろん! でもね……」

 その子はぎらつく目を細めて、人のよさそうな笑みを浮かべた。

「これ、お仕事なんだ。だから、タダってわけにはいかない。案内するんだから、そのお代をもらわないと」

「現金だねえ。そういうの、嫌いじゃないよ」

 女性はバックパックを下ろして、布製の財布を引っ張り出した。

 銀貨を二枚、取り出して、その子に渡す。

 その子は、まるで渡されたものがなにかわからなくなったように、両目をまばたかせて、銀貨を見つめていた。

 女性は言った。

「それは前金。街を案内してくれたら、追加でもう三枚あげる」

「任せて!」

 その子は、渡された銀貨を、大事そうにポケットに入れて、女性の前に立った。

「ぼくはジョン。おねえさんは?」

 女性は言った。

「ジェーン。よろしくね」


 ジョンに連れられて、街を歩く。

 煉瓦通りを抜けると、石造りの建物が多くなった。

 ショッピング街らしい。街人のための店が並んでいて、ここに来てはじめて、街人らしい街人が、人通りをつくっていた。しかし、活気はない。街人はみな、高地特有の厚手の服を着て、日焼けしていない白い顔を、うつむかせていた。

 ジョンは、通りの店々を、あっちこっちと指さした。

 服屋、靴屋、写真屋……絵画を売るアトリエなんていうのもあるらしい。

 どの店にも、格子窓と、すりガラスがはめられていた。

 露店や出店のような、軒先に店をかまえているところは、ひとつもなかった。

 ジェーンは感心そうに、

「ジョンがいてくれてよかった。どの店がどの店か、ぜんぜんわからないや」

「どこのお店も、やさしくないからね。お店の中が見えるように、透明なガラスにすればいいのにさ!」

 ジョンは、くるっと女性に振り向いて、

「おねえさん、行きたいお店とかある? 教えてくれたら、連れてってあげるよ」

「そうね」

 ジェーンは顎に手をあてて、

「じゃあ、雑貨屋さんみたいなところがあるかな? いろんな物を売ってそうなところ」

「ついてきて!」

 ジョンは、手と足を交互にふりながら、ジェーンの前を歩いた。


 ショッピング街の中ほどに、その雑貨屋はあった。

 格子窓や玄関の縁が、水色に塗られていて、どことなく可愛らしい見た目をしている。

 ほかの店と同じように、すりガラスがはめられていて、中が見えなくなっていた。

 ジョンは表で立ち止まって、

「外で待ってるよ」

 と言った。

 ジェーンはひとり、雑貨屋に入った。

 狭い店内に、大きな棚がいくつも敷き詰められている。棚の中には雑多に商品が並んでいて、棚に収まりきらなかった分は、棚の上や、床の端に置かれていた。

 店主の目は厳しかった。見たこともない客がふらっとやってきて、言葉も交わさぬまま、棚を見て回っている。店主はそっと、カウンターの下、長い金属の棒をにぎって、女の動向を見守った。

 ジェーンは、目的のものを見つけた。

「くださいな」

 新品のブラシといっしょに、銀貨二枚を、カウンターに置く。

 店主は、右手で銀貨を受け取り、重さと、手触りをたしかめてから、「まいど」と言った。女が外に出ていくと、店主はこらえていた息を、吐きだした。

 ブラシの柄をくるくる回しながら、ジェーンが店から出てくる。

 店の前で、ジョンが、力なく、首をぐらぐら、ゆらしている。

「ただいま」

 と、ジェーンが、ジョンの肩を叩く。

 ジョンは、うつろな両目を見開いて、ジェーンに振り向いた。

「お、おかえり」

「どうしたの? ぼうっとしてたけど」

「寝不足なだけだよ。それより——」

 ジョンは、ジェーンが買ったものを見つめて、

「それ、なにに使うの?」

「靴を洗うのさ」

 ジェーンは、ブラシの先で、足元を差した。

 黒いレギンスの下には、履きならしたブーツがある。

「ふーん」

 ジョンはちらっとブーツを見て、すぐに興味をなくしたらしい。

 ジェーンを見上げて、

「次、どこに行く?」

 とたずねた。

 ジェーンは、ブラシをバックパックにしまって、

「この街に、大きな足があるでしょ。そこまで連れてってもらおうかな」

「まかせて!」

 ジョンは二つ返事でうなずいて、ジェーンの前を歩いた。

 ジェーンは、この街の地図を、ぼんやりと頭の中で展開しつつ、ジョンの後につづいた。


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