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岩山を下った先——麓のあたりに、守衛の詰め所があった。
詰め所にいた若い衛兵は、だれも上らないはずの岩山から、軽装の女性が降りてきて、目をむいた。
女性は気さくに挨拶をして、街に入る許可を取った。
衛兵の男は、狐に包まれたような気持ちになりながらも、ほかの旅行客に対するのと同じように、たずねた。
「巡礼の方ですか?」
「巡礼?」
「ああ、ちがいましたか。拝足教の教徒くらいしか、この街に来ませんので」
衛兵は咳払いをして、
「ということは、旅行ですか?」
「まあそんなとこ。それより、聞いてもいい?」
「ええ、なんなりと」
女性は、入街許可証の下に名前を書いて、
「この街って、いつからこんなに工場ができたの?」
「そうですね……」
守衛は宙を見つめて、
「採石場ができたのは、ずいぶん昔のことです。それこそ、この街ができたときからあります。それ以外の、金属関連の加工工場は、五年ほど前ですかね……工場に興味があるのですか?」
「そうじゃないよ。話しに聞いていた街と、雰囲気がちがったからさ」
「というと?」
女性は、灰色に煙った街を見て、
「色とりどりの建物があって、山頂からの眺めがサイコーだ!って聞いたから」
「……ああ」
守衛は、わずかに目をふせて、
「そうですね。おっしゃるとおり、昔は、とてもきれいな街でした。いまほど人は多くありませんでしたが、山から吹いてくる風は豊かで、透明で……」
守衛は、女性に見つめられているのに気づいて、表情を改めた。
「いや、お恥ずかしい。いまのは聞かなかったことに……私はこの街が好きですよ。いまも昔も、変わらずです」
守衛は言った。
「もし街の景色をご覧になるなら、早朝をおすすめします。工場の煙は、夜のあいだに飛んでいきますし、霧で煙っていますが、日が上りはじめたら、晴れてきますので」
「ありがとう」
女性は、パンフレットのような、簡単な街の地図をもらって、詰め所を出た。
地図を開く——街を頭上から見下ろしたような、平面の地図だった。街中の、主だった店々が、黒い点で示されている。地図のど真ん中には、大きな穴が開いたようなスペースがあって、「フットル神の御神足」と書いてあった。
「神様ねえ」
女性はつまらないものを見たような、退屈そうな息をついて、地図を閉じた。
守衛の詰め所からつづく通りを、女性は進む。
通りをつくる家々は、どれも古い造りをしていた。様々な色合いの石や、木や、粘土で出来ていて、晴れた青空の下にあれば、これほど異国情緒に満ちた街並みもなかっただろう。しかしいま、岩山に囲まれた空はいま、工場の煙がおおっている。風情を楽しむには、景色は暗く、どんよりとしていた。
しばらく進むと、古びた石碑を見つけた。
この通りは、街の北側にあって、「歴史通り」と呼ばれているらしい。
石碑には、『多様な遊牧民と旅人によって、長い年月をかけてつくられた』と書いてある。ここは、住宅地であると同時に、歴史保存地区でもあるようだ。
石碑の隣に、木製の立て看板が置いてある。
看板には、赤く、大きな字で、
『工業化反対地域!』
と書いてあった。
女性は、ぐるりと、通りを見回した。
灰色に煙った、人気のない通りには、いまも遠くから、大小高低、様々な金属音が響いている。
「神様がいるにしては、ずいぶん科学的じゃないの」
女性はつぶやいて、また歩きだした。
古い通りを抜けると、大きな広場に出た。
植木も茂みもない、まっさらな砂地の広場で、子どもたちが遊んでいる。
鬼ごっこをしたり、ボール蹴りをしたり、砂の上に絵を描いたり。
あいかわらず、空は灰色に煙っていて、あちこちで機械音が響いているが、子どもたちの楽しそうな声が、太陽に温められた風のように、広場の空気を明るくしていた。
「さて、どうしよう」
子どもたちの明るさに当てられたように、女性が言う。
やはり、だれかがそばにいて、その人に話しかけるような調子で、
「そうね。街を軽くぶらついてから、やるべきことをやりましょう」
と言って、歩き出した。
広場の近くに、宿がある。
女性は素通りした。
宿に入ってしまうと、体がお休みモードになって、動けなくなる。
だから先に、街の中央にある、巨大な足を見ておきたかった。
——ひとりの子どもが、砂場遊びから顔を上げた。
その子は、広場を離れていく女性に気づいて、友達の輪から外れて、するするっと、通りに出た。
小さな体に、ぎらついた目。
煤と灰でよごれた羊毛の服は、その子が着るには大きすぎる。雑な作りのせいで、薄い生地の隙間から、冷たい風が入ってくる。服の下にある手も足も、骨が浮いて見えるくらい、細かった。
その子は、女性をじっと見つめて、暗い青色のフラットキャップをかぶった。




