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2

 岩山を下った先——麓のあたりに、守衛の詰め所があった。

 詰め所にいた若い衛兵は、だれも上らないはずの岩山から、軽装の女性が降りてきて、目をむいた。

 女性は気さくに挨拶をして、街に入る許可を取った。

 衛兵の男は、狐に包まれたような気持ちになりながらも、ほかの旅行客に対するのと同じように、たずねた。

「巡礼の方ですか?」

「巡礼?」

「ああ、ちがいましたか。拝足教の教徒くらいしか、この街に来ませんので」

 衛兵は咳払いをして、

「ということは、旅行ですか?」

「まあそんなとこ。それより、聞いてもいい?」

「ええ、なんなりと」

 女性は、入街許可証の下に名前を書いて、

「この街って、いつからこんなに工場ができたの?」

「そうですね……」

 守衛は宙を見つめて、

「採石場ができたのは、ずいぶん昔のことです。それこそ、この街ができたときからあります。それ以外の、金属関連の加工工場は、五年ほど前ですかね……工場に興味があるのですか?」

「そうじゃないよ。話しに聞いていた街と、雰囲気がちがったからさ」

「というと?」

 女性は、灰色に煙った街を見て、

「色とりどりの建物があって、山頂からの眺めがサイコーだ!って聞いたから」

「……ああ」

 守衛は、わずかに目をふせて、

「そうですね。おっしゃるとおり、昔は、とてもきれいな街でした。いまほど人は多くありませんでしたが、山から吹いてくる風は豊かで、透明で……」

 守衛は、女性に見つめられているのに気づいて、表情を改めた。

「いや、お恥ずかしい。いまのは聞かなかったことに……私はこの街が好きですよ。いまも昔も、変わらずです」

 守衛は言った。

「もし街の景色をご覧になるなら、早朝をおすすめします。工場の煙は、夜のあいだに飛んでいきますし、霧で煙っていますが、日が上りはじめたら、晴れてきますので」

「ありがとう」

 女性は、パンフレットのような、簡単な街の地図をもらって、詰め所を出た。

 地図を開く——街を頭上から見下ろしたような、平面の地図だった。街中の、主だった店々が、黒い点で示されている。地図のど真ん中には、大きな穴が開いたようなスペースがあって、「フットル神の御神足」と書いてあった。

「神様ねえ」

 女性はつまらないものを見たような、退屈そうな息をついて、地図を閉じた。


 守衛の詰め所からつづく通りを、女性は進む。

 通りをつくる家々は、どれも古い造りをしていた。様々な色合いの石や、木や、粘土で出来ていて、晴れた青空の下にあれば、これほど異国情緒に満ちた街並みもなかっただろう。しかしいま、岩山に囲まれた空はいま、工場の煙がおおっている。風情を楽しむには、景色は暗く、どんよりとしていた。

 しばらく進むと、古びた石碑を見つけた。

 この通りは、街の北側にあって、「歴史通り」と呼ばれているらしい。

 石碑には、『多様な遊牧民と旅人によって、長い年月をかけてつくられた』と書いてある。ここは、住宅地であると同時に、歴史保存地区でもあるようだ。

 石碑の隣に、木製の立て看板が置いてある。

 看板には、赤く、大きな字で、

『工業化反対地域!』

 と書いてあった。

 女性は、ぐるりと、通りを見回した。

 灰色に煙った、人気のない通りには、いまも遠くから、大小高低、様々な金属音が響いている。

「神様がいるにしては、ずいぶん科学的じゃないの」

 女性はつぶやいて、また歩きだした。


 古い通りを抜けると、大きな広場に出た。

 植木も茂みもない、まっさらな砂地の広場で、子どもたちが遊んでいる。

 鬼ごっこをしたり、ボール蹴りをしたり、砂の上に絵を描いたり。

 あいかわらず、空は灰色に煙っていて、あちこちで機械音が響いているが、子どもたちの楽しそうな声が、太陽に温められた風のように、広場の空気を明るくしていた。

「さて、どうしよう」

 子どもたちの明るさに当てられたように、女性が言う。

 やはり、だれかがそばにいて、その人に話しかけるような調子で、

「そうね。街を軽くぶらついてから、やるべきことをやりましょう」

 と言って、歩き出した。

 広場の近くに、宿がある。

 女性は素通りした。

 宿に入ってしまうと、体がお休みモードになって、動けなくなる。

 だから先に、街の中央にある、巨大な足を見ておきたかった。


 ——ひとりの子どもが、砂場遊びから顔を上げた。

 その子は、広場を離れていく女性に気づいて、友達の輪から外れて、するするっと、通りに出た。

 小さな体に、ぎらついた目。

 煤と灰でよごれた羊毛の服は、その子が着るには大きすぎる。雑な作りのせいで、薄い生地の隙間から、冷たい風が入ってくる。服の下にある手も足も、骨が浮いて見えるくらい、細かった。

 その子は、女性をじっと見つめて、暗い青色のフラットキャップをかぶった。


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