13
——そのときが来る。
月のない夜だった。星さえどこかに置き忘れたように、夜空は真っ暗に染まっている。星の代わりとでも言うように、会場の電飾や、街明かりが、夜の中に輝いていた。
舞台袖の小さな階段の前に、コンテストの終盤を飾る出場者たちが、三十人ほど集まっていた。
だれもかれも、自慢の足を見せつけるように、丈が短く、裾の切れた服を着ていた。
スゥの出番は最後だ。
なんとも思わないようにしようと思っていたのに、いざ自分の番が近づいてくると、まったく緊張しないわけにもいかず、少しずつ心臓が高鳴っていった。
そのとき、どんっ、とスゥの右肩を押される。
毒々しい化粧をした女性が、とがった顎を上げて、スゥを見下ろしていた。
女性は、スゥの衣裳と、スカートの下にのびる足を見て、
「すっぴんのガキンチョが出るような舞台じゃないの。さっさと帰りな」
にやりと笑う。
返事するのも面倒で無視したら、女性は不服そうな顔をして、
「コンテストの趣旨、理解してないでしょ。このコンテストは、あの着飾った足に由来して開催されてるの。あなたの足は、ルール違反よ」
運営の男性が「八十番の方、どうぞ!」と呼ぶ。
毒々しい女性は、「はぁい」と声を高くして、ステージに上がっていった。
他の参加者たちが、気づかわしそうに、スゥを見つめる。その視線の中には、スゥの飾り気のない足を、不思議そうに見つめる目もあった。
スゥは、かわいそうなものを見ているような気分で、
「そんなルール、どこにもないのに」
とつぶやいた。
「一〇七番さん、どうぞ!」
男性に呼ばれて、スゥが階段をのぼる。
やることは単純。
ステージに上がって、ランウェイを歩いて、帰るだけ。
いつものランニングの百分の一にも満たない距離と時間。
しかし、スゥの緊張はピークに達していて、いつもより足取りが重かった。
(このスカートのせいだ)
素足を見せるために歩くなんて、どうかしてる。細い脚がえらいとか、太い脚は嫌いだとか、どうしてそう、自分の見た目を気にして生きていかなければいけないのか。
スゥはフェレアをうらんだ。
自分が出ない代わりに、たかが旅人の自分を、こんな舞台に立たせるなんて。
わたしもわたしだ。
出たくないなら、ジェフにでも、ほかの運営の人にでも、もうすぐ旅立つんで、の一言で、棄権できたはずなのに。
それなら……どうしてわたしは、ここに立っているんだろう。
ランウェイが近づくわずかな距離で、スゥは考えた。
答えは、すぐに出た。
ジェフに言ったことが、そのままスゥの気持ちだった。
それに、スゥの中にも、ジェフと同じような気持ちがあった。
脚が細かろうと、太かろうと、飾っていようと、素足だろうと、どうだっていい。
そんな、どうだっていいことに、優劣をつけているこの街に、少しだけ、腹がたっていたのだ。
まばゆいスポットライトが、スゥを照らし出す。
スゥがランウェイに足をかけると、最後の出場者を歓迎する拍手が、沸き起こった。
拍手の波にゆられながら、スゥが背筋をまっすぐにして、ランウェイを歩いていく。
残り三十秒。
それで、スゥの出番は終わる。
スゥは前を向いて、ランウェイの端を目指した。
……え?
だれかのつぶやきが、スゥの耳にとどいた。
だれのものとも知れないつぶやきは、午後の温かさをさらう夜風のように、会場の熱気を冷ましていく。
音量が引きしぼられていくように、拍手が減り、ついに聞こえなくなった。
音のなくなったステージに、スゥの足音だけが響く。
スゥが歩くたび、スリットが揺れて、スゥの白い脚がちらついた。
静かな会場に、観客のつぶやきが響いた。
「すっぴんだ」
スゥが、ランウェイの終点に立つ。
歩いているあいだに、スリットの前側が太ももの後ろに隠れて、自然と、スゥは太ももをさらすような格好になっていた。
決めポーズなんてない。
ただ、立っているだけ。
ほかの出場者のように、自慢の脚を見せびらかすわけでも、会場の熱気をあおるようなパフォーマンスをするわけでもない。
スゥは、ランウェイの端に数秒のあいだ、立ち尽くして、きびすを返した。
最後の出場者が、あっさりとランウェイをもどっていく。
スゥが舞台袖に消えて、ようやくそれに気づいたように、まばらな拍手が起こった。
——え、これだけ?
——あの子で終わり?
——もっと派手なのが来るかと思った。
大々的なお祭りの終盤にしては、あまりにあっけない幕引き。
会場には困惑の声が広がっていく。
スゥはそれでいいと思った。
この街の人は、たかが一旅人に、いったいなにを期待していのやら。
今日が終われば、スゥはこの街に用がない。スゥが去った後、大会荒しだとか、空気が読めないとか、いくら風評が広まろうとかまわなかった。スゥにはいくらでも目的があって、同じ街にくりかえし訪れる余裕はない。
おそらく、スゥがこの街にやってくることは、金輪際ないだろう。
スゥが舞台袖の階段を降りる。閉会式を待つ出場者たちは、会場から聞こえてくるざわめきに、戸惑っていた。隣同士でひそひそと話しあったり、スゥになにがあったのか尋ねようとしたり……その中で、あの毒々しい化粧をした女性だけは、スゥの醜態を察したように、ほくそ笑んでいた。
まばらな拍手が止む。
巨大な足の周りには、波の消えた夜の砂浜のような、重く落ち着かない静寂が広がった。
「待って!」
静寂を破るその声は、舞台裏の奥から聞こえた。
大勢の出場者の列をかき分けて、真っ赤な衣装を着た少女が、スゥの前に飛び出した。
急いで来たのか、少女は荒い息を吐いて、肩を上下させている。
それでも、すぐに呼吸を落ち着かせて、少女は顔を上げた。
フェレアだ。
胸元からむこうずねにかかるくらいの、鮮やかな赤色のドレス。
ドレスに合わせるように、真っ赤な靴を履いている。
そして、ドレスの切れた裾からは、フェレアの筋肉質な脚がのぞいていた。
スゥはたずねた。
「来ないんじゃなかったの?」
「えっと、その……気が変わった、というか」
フェレアは、まごつく気持ちを払うように、首を横に振って、
「ここで来ないと、わたし、ずっと、変われないような気がしたので」
フェレアの目が、まっすぐ、スゥに気持ちを伝えてくる。
スゥは、階段の上にいた、司会役の男に振り向いた。
「棄権します」
「え?」
「最後の出場者は、彼女です。運営のジェフさんにも推薦されているので、出場資格は満たしていると思います」
スゥは、フェレアの横を通りすぎながら、フェレアの肩に軽く触れる。
フェレアは、「ありがとうございます」とうなずいて、階段へと向かう。
ふたりのやり取りを見ていた司会が、ふたたび舞台の上に立った。
「おおっと! ここで飛び入り参加だああ! 祭りはまだ、終わりそうにないらしい! 皆様、盛大な拍手を、お願いします!」
わあああ!っと、祭りの熱気を思い出したように、会場が沸きたった。
フェレアは、意思を固めたような表情で、階段をのぼっていく。
スゥは、それを見送ると、出入り口に置いていた荷物を持って、舞台裏を出た。
「あれ?」
近くの着替え部屋で、いつもの服装に着替える。
ブーツを履くと、いまさっき目が覚めたみたいに、ブーツが言った。
「なんだ、もう終わったのか?」
「まだだけど、もういいかなって」
「てことは、負けたのか?」
「そういうこと」
「残念だったねえ」
ブーツの声はうれしそうだった。自分の役目が、新しい靴にうばわれなくて、ほっとしているくせに。
なんだか腹が立って、スゥはブーツの底を、思いきり踏みつけた。
——街中は静かだった。
街のみんな、コンテスト会場に行っている。
人のいない街中を、スゥはひとり、歩いていく。足取りは軽かった。だれにも見られず歩ける、それがとても自由なことだと、改めて気がついた。
ほどなく、会場の方から、わあああ!と、拍手が響き渡った。
スゥは、お世話になった衣装店を見つけた。
その扉の取っ手に、今日着たドレスを一式、袋につめて、かけておいた。




