↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
29/50

13

 ——そのときが来る。

 月のない夜だった。星さえどこかに置き忘れたように、夜空は真っ暗に染まっている。星の代わりとでも言うように、会場の電飾や、街明かりが、夜の中に輝いていた。

 舞台袖の小さな階段の前に、コンテストの終盤を飾る出場者たちが、三十人ほど集まっていた。

 だれもかれも、自慢の足を見せつけるように、丈が短く、裾の切れた服を着ていた。

 スゥの出番は最後だ。

 なんとも思わないようにしようと思っていたのに、いざ自分の番が近づいてくると、まったく緊張しないわけにもいかず、少しずつ心臓が高鳴っていった。

 そのとき、どんっ、とスゥの右肩を押される。

 毒々しい化粧をした女性が、とがった顎を上げて、スゥを見下ろしていた。

 女性は、スゥの衣裳と、スカートの下にのびる足を見て、

「すっぴんのガキンチョが出るような舞台じゃないの。さっさと帰りな」

 にやりと笑う。

 返事するのも面倒で無視したら、女性は不服そうな顔をして、

「コンテストの趣旨、理解してないでしょ。このコンテストは、あの着飾った足に由来して開催されてるの。あなたの足は、ルール違反よ」

 運営の男性が「八十番の方、どうぞ!」と呼ぶ。

 毒々しい女性は、「はぁい」と声を高くして、ステージに上がっていった。

 他の参加者たちが、気づかわしそうに、スゥを見つめる。その視線の中には、スゥの飾り気のない足を、不思議そうに見つめる目もあった。

 スゥは、かわいそうなものを見ているような気分で、

「そんなルール、どこにもないのに」

 とつぶやいた。


「一〇七番さん、どうぞ!」

 男性に呼ばれて、スゥが階段をのぼる。

 やることは単純。

 ステージに上がって、ランウェイを歩いて、帰るだけ。

 いつものランニングの百分の一にも満たない距離と時間。

 しかし、スゥの緊張はピークに達していて、いつもより足取りが重かった。

(このスカートのせいだ)

 素足を見せるために歩くなんて、どうかしてる。細い脚がえらいとか、太い脚は嫌いだとか、どうしてそう、自分の見た目を気にして生きていかなければいけないのか。

 スゥはフェレアをうらんだ。

 自分が出ない代わりに、たかが旅人の自分を、こんな舞台に立たせるなんて。

 わたしもわたしだ。

 出たくないなら、ジェフにでも、ほかの運営の人にでも、もうすぐ旅立つんで、の一言で、棄権できたはずなのに。

 それなら……どうしてわたしは、ここに立っているんだろう。

 ランウェイが近づくわずかな距離で、スゥは考えた。

 答えは、すぐに出た。

 ジェフに言ったことが、そのままスゥの気持ちだった。

 それに、スゥの中にも、ジェフと同じような気持ちがあった。

 脚が細かろうと、太かろうと、飾っていようと、素足だろうと、どうだっていい。

 そんな、どうだっていいことに、優劣をつけているこの街に、少しだけ、腹がたっていたのだ。

 まばゆいスポットライトが、スゥを照らし出す。

 スゥがランウェイに足をかけると、最後の出場者を歓迎する拍手が、沸き起こった。

 拍手の波にゆられながら、スゥが背筋をまっすぐにして、ランウェイを歩いていく。

 残り三十秒。

 それで、スゥの出番は終わる。

 スゥは前を向いて、ランウェイの端を目指した。


 ……え?


 だれかのつぶやきが、スゥの耳にとどいた。

 だれのものとも知れないつぶやきは、午後の温かさをさらう夜風のように、会場の熱気を冷ましていく。

 音量が引きしぼられていくように、拍手が減り、ついに聞こえなくなった。

 音のなくなったステージに、スゥの足音だけが響く。

 スゥが歩くたび、スリットが揺れて、スゥの白い脚がちらついた。

 静かな会場に、観客のつぶやきが響いた。

「すっぴんだ」

 スゥが、ランウェイの終点に立つ。

 歩いているあいだに、スリットの前側が太ももの後ろに隠れて、自然と、スゥは太ももをさらすような格好になっていた。

 決めポーズなんてない。

 ただ、立っているだけ。

 ほかの出場者のように、自慢の脚を見せびらかすわけでも、会場の熱気をあおるようなパフォーマンスをするわけでもない。

 スゥは、ランウェイの端に数秒のあいだ、立ち尽くして、きびすを返した。

 最後の出場者が、あっさりとランウェイをもどっていく。

 スゥが舞台袖に消えて、ようやくそれに気づいたように、まばらな拍手が起こった。

 ——え、これだけ?

 ——あの子で終わり?

 ——もっと派手なのが来るかと思った。

 大々的なお祭りの終盤にしては、あまりにあっけない幕引き。

 会場には困惑の声が広がっていく。

 スゥはそれでいいと思った。

 この街の人は、たかが一旅人に、いったいなにを期待していのやら。

 今日が終われば、スゥはこの街に用がない。スゥが去った後、大会荒しだとか、空気が読めないとか、いくら風評が広まろうとかまわなかった。スゥにはいくらでも目的があって、同じ街にくりかえし訪れる余裕はない。

 おそらく、スゥがこの街にやってくることは、金輪際ないだろう。

 スゥが舞台袖の階段を降りる。閉会式を待つ出場者たちは、会場から聞こえてくるざわめきに、戸惑っていた。隣同士でひそひそと話しあったり、スゥになにがあったのか尋ねようとしたり……その中で、あの毒々しい化粧をした女性だけは、スゥの醜態を察したように、ほくそ笑んでいた。

 まばらな拍手が止む。

 巨大な足の周りには、波の消えた夜の砂浜のような、重く落ち着かない静寂が広がった。


「待って!」


 静寂を破るその声は、舞台裏の奥から聞こえた。

 大勢の出場者の列をかき分けて、真っ赤な衣装を着た少女が、スゥの前に飛び出した。

 急いで来たのか、少女は荒い息を吐いて、肩を上下させている。

 それでも、すぐに呼吸を落ち着かせて、少女は顔を上げた。

 フェレアだ。

 胸元からむこうずねにかかるくらいの、鮮やかな赤色のドレス。

 ドレスに合わせるように、真っ赤な靴を履いている。

 そして、ドレスの切れた裾からは、フェレアの筋肉質な脚がのぞいていた。

 スゥはたずねた。

「来ないんじゃなかったの?」

「えっと、その……気が変わった、というか」

 フェレアは、まごつく気持ちを払うように、首を横に振って、

「ここで来ないと、わたし、ずっと、変われないような気がしたので」

 フェレアの目が、まっすぐ、スゥに気持ちを伝えてくる。

 スゥは、階段の上にいた、司会役の男に振り向いた。

「棄権します」

「え?」

「最後の出場者は、彼女です。運営のジェフさんにも推薦されているので、出場資格は満たしていると思います」

 スゥは、フェレアの横を通りすぎながら、フェレアの肩に軽く触れる。

 フェレアは、「ありがとうございます」とうなずいて、階段へと向かう。

 ふたりのやり取りを見ていた司会が、ふたたび舞台の上に立った。

「おおっと! ここで飛び入り参加だああ! 祭りはまだ、終わりそうにないらしい! 皆様、盛大な拍手を、お願いします!」

 わあああ!っと、祭りの熱気を思い出したように、会場が沸きたった。

 フェレアは、意思を固めたような表情で、階段をのぼっていく。

 スゥは、それを見送ると、出入り口に置いていた荷物を持って、舞台裏を出た。

「あれ?」

 近くの着替え部屋で、いつもの服装に着替える。

 ブーツを履くと、いまさっき目が覚めたみたいに、ブーツが言った。

「なんだ、もう終わったのか?」

「まだだけど、もういいかなって」

「てことは、負けたのか?」

「そういうこと」

「残念だったねえ」

 ブーツの声はうれしそうだった。自分の役目が、新しい靴にうばわれなくて、ほっとしているくせに。

 なんだか腹が立って、スゥはブーツの底を、思いきり踏みつけた。


 ——街中は静かだった。

街のみんな、コンテスト会場に行っている。

 人のいない街中を、スゥはひとり、歩いていく。足取りは軽かった。だれにも見られず歩ける、それがとても自由なことだと、改めて気がついた。

 ほどなく、会場の方から、わあああ!と、拍手が響き渡った。

 スゥは、お世話になった衣装店を見つけた。

 その扉の取っ手に、今日着たドレスを一式、袋につめて、かけておいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。