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——コンテスト当日。
ホテルのある通りも、ブティックやアクセサリーショップのある通りも、色とりどりの電飾やアートでかざられていた。朝だというのに、満点の星を見ているように、街じゅうがきらめいてみえる。街を行き交う人々も、不思議の国に迷いこんだように、いつもの日常とはちがう熱に浮かされていた。
スゥは、通りを行き交う人波を、見回した。
旅行客もいれば、スゥと同じような、旅人もいる。なかには、余所の街の要人も来ているらしい。豪華な衣装をまとった女性や、頭に王冠を乗せた男性など、わざわざこのコンテストを見るために、政務から抜け出してきたのだとか。
スゥが見たときは作りかけだった会場も、いまでは骨組みのひとつも見えないくらい、すっかり完成していた。
会場を囲む石垣のそばには、テントが張られた屋台が並んでいる。飲食店だけでなく、衣装やアクセサリーの類の屋台も見つかった。美脚コンテストと呼ばれているが、ある意味、街の服飾技術を披露する場でもある。店に行かなくても、会場でそれらを買えるのは、客にとってもありがたいだろう。
巨大な足の爪先、その正面には、組み立て式のステージと、長い通路のようなものが作られていた——ランウェイというらしい——こんな通路にまで名前があるなんて、スゥは知らなかった。
スゥは今日、きらびやかな電飾に照らされた、あのランウェイを歩く。
ランウェイの周りの客席は、数えるのも嫌になるくらい、用意されている。
つまり、あの椅子の数と同じだけの人々に見られるということで……なんだか逃げたくなってきた。
「なんで、こんなことになったかなあ」
「棄権しなかったからだろ」とブーツ。
「そりゃそうだけどさ」
ここまで来たら、後には引けない。
スゥは短く息をついて、腹をくくった。
午前のあいだは、会場の特設ステージで、マイクパフォーマンスや、ちょっとした芸が披露された。
石垣の外や、噴水の広場には、会場に収まりきらなかった出店や見世物がつらなって、大勢の客を呼びこんでいる。
楽し気なざわめきが、街全体をゆらし、お祭り特有の、頬から胸が熱くなるような空気が、街じゅうに満ちていた。
しかし、今日の目玉は、他にある。
騒がしい街中とは裏腹に、会場の舞台裏は、静まり返っていた。
美脚コンテストの出場者たちは、緊張の面持ちで、自分の出番を待っていた。
——午後。
夕暮れの空の下、まばゆいスポットライトに照らされたコンテスト会場に、何度目かの歓声が上がった。
きらびやかな衣装をまとった人たちが、ひとり、またひとりと、ランウェイを歩いて、舞台袖に帰っていく。出場者が舞台に立っている時間は、一分に満たない。たったそれだけのことなのに、舞台袖に帰った彼ら彼女らは、緊張が解けた反動か、重労働を終えたあとのように、大粒の汗を流していた。
くじ運がいいのか悪いのか、スゥの順番は、最後に回された。
自分の順番になるまで、ひりついた舞台裏の空気に当たっていたくなくて、スゥはブライ裏を出て、観客席のずっと後ろから、ランウェイを見物していた。
「スゥさん」
ジェフだ。
胸ポケットに、「運営」と書かれたバッヂをつけている。
会場の見回りをしていたらしい。
ジェフは、スゥの格好を見て、きょとんとまばたいた。
「衣装はどうされたんですか?」
スゥは、いつものジャケットに、ハーフパンツをはいていた。
スゥが言った。
「わたしの出番、最後だから、衣装は出る前に着ようと思って。あんな露出が激しいの、いつまでも着てられない」
客席から歓声が上がる。
ランウェイのど真ん中で、赤いドレスを着た女性が、自分の足を見せつけるようなポーズを取っていた。どうやら、彼女が優勝候補らしい。審査員たちも、堂々とした立ち振る舞いや、巨大な足を模した入れ墨について、前向きなコメントをしている。
ドレス姿の女性と入れ替わるように、幾何学的なデザインの服を着た男性が歩いてきた。折り紙でつくっているような薄っぺらな服は、あちこちに切れ目があって、男性がひとつ歩くたびに、裾が揺れて、入れ墨とアクセサリーを施した細い脚をのぞかせている。
その彼が舞台袖に下がって、また別の出場者が歩いてくる。
ジェフが言った。
「棄権していただいて、よかったのに」
「そうもいかなくなっちゃって」
スゥはふと、会場の出入り口を見つめる。
午前とくらべて、出入りする人間はゆるやかだ。
人混みの中に、フェレアの姿を探した。
が、見つからない。
外部の人間の出入りが激しかったから、もしかしたら、詰め所での仕事がいそがしいのかもしれない。
でも、きっと、それだけじゃない。
フェレアがここに来ない理由は、ひとつしか思いつかなかった。
拍手が起こって、会場が沸く。
スゥがステージに目を向けると、白い水着姿の女性が歩いていた。自分の足をよりきれいに見せられるなら、なんでもアリらしい。その女性も、他の参加者と同じく、左足に入れ墨とアクセサリーをつけていた。
スゥは、ランウェイに輝く細い脚を見つめて、
「ジェフさんは、どうして、フェレアを推薦したんですか?」
ジェフは、悲し気に目を細めて、
「フェレアの素晴らしさを、街のみんなに知ってほしかったから」
「自分の好きな人が、ほかの人に盗られるとか、思わなかったんですか?」
「ちっとも。だって、私は、この世界のだれより、フェレアのことが好きですから」
ジェフは、恥ずかしげもなく、言い切った。
が、すぐに、なんとも言えない顔を浮かべて、
「……でも、それがすべて、と言い切れません。ほんの少しだけ、打算もありました——努力してる人が、どれだけ素晴らしい体をしているか——それを知れば、みんな、細い体が素晴らしいなんて、思わなくなるかなって」
スゥが短く息をつく。
「そんな簡単に、人の見方は変わりません」
「わかっています」
「それに、デリカシーがないです。フェレアを推薦したいなら、フェレアがどう考えているか、ちゃんと聞いてから推薦するべきでした。フェレアもそうですけど、話すべきことを、ちゃんと話さないから、余計に面倒なことになるんです」
「ええ、わかっています。わかっていた、つもりなんですが……」
ジェフは、やるせなさそうに、ため息をついて、
「フェレアには、申し訳ないことをしてしまいました。それに、スゥさんにも」
「ジェフさんが謝ることはありません。どういう経緯だとしても、わたしを推薦したのはフェレアですし、わたし自身、棄権しないまま、ここに来ているんですから」
観客席から、また拍手が起こる。
ここで一度休憩らしい。審査員も観客も、高まった熱気を冷まそうと、散り散りになっていく。コンテストはまだ終わっていないが、みんな、ここまで素晴らしいものを見たとばかりに、満足そうな顔をしている。
ふと、ジェフがたずねた。
「スゥさんは、どう思いますか? 人の足は、細いほうがいいか、太いほうがいいか」
「ありえない質問です」
スゥは言った。
「正直に言って、人の足が細かろうと太かろうと、どっちでもいいです。その人が、いまの足に満足しているなら、それが一番じゃないですか」
「……そのとおりです」
ジェフは、自分の問いかけを反省するような、苦い顔を浮かべた。
スゥは、ジェフの横顔をちらっと見て、ランウェイに視線を移した。
これまで見てきた、細くしなやかな足を思い出しながら、スゥは言った。
「その上で、個人的なことを言うなら、わたしは、この街の人とは、あまり趣味があわなそうです」
「どうしてですか?」
スゥは、自分の足を見つめた。長く旅をしてきたから、太もももふくらはぎも、筋肉がついて、太くなっている。しかしそれでも、いま以上に長く歩いたり、険しい山道を進んだりしようと思ったら、スゥの足は、まだまだ年齢相応すぎる。
スゥは言った。
「わたしは、旅人だから。足が細かったら、途中で折れて、旅ができなくなっちゃう」
司会役の男と、審査員が、これまでの総括のような話をはじめた。
それを合図に、会場の外にいた観客が、続々ともどってくる。
会場がざわめきに包まれる中、スゥは重い足を前に出し、舞台裏に向かった。




