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「あの、えと、その」
フェレアは、崩れそうになった笑顔を、すんでのところで留めた。
「や、やだなあ。なんでわたしが、スゥさんを騙すようなことしないといけないんですか。そんなことをする理由がないですよ」
「その理由があったとしたら?」
フェレアの笑顔が、完全に、崩れる。
ふっくらした頬が力を失くしたみたいに垂れ下がって。
薄く開いた口は、逆さまの三日月みたいな形をしていた。
スゥは言った。
「昨日、ジェフさんにさそわれて、このお店に来たの。そこで、いろいろと話してくれた。ジェフさんの想いを聞いたし、それに、コンテストの出場条件も……あのコンテスト、住民の推薦があった人しか、出場できないんですってね」
コンテストの出場条件を聞いたとき、スゥはずいぶん納得した。
もし、あのコンテストが、だれでも参加できるものだとしたら、どこから来たのかもわからない外部の人間がやってくることになる、その人間が善人だったらいい。しかし、そんな人ばかりではない。恐ろしいならず者がやってきて、お金や、無償提供される物資を奪っていくかもしれない。
ひとつの街の、ひとつのお祭り。
それは、いくつものルールによって運営されている。
そういったルールは、コンテストが生まれたときに作られるのが、とうぜんだ。
しかし、それ以上に、過去に行われたコンテストで、なにがしかの問題が発生したときに、作られたもののほうが、圧倒的に多い。
フェレアは、そのルールを利用したのだ。
スゥは言った。
「コンテストの勝敗は、審査員と一般客の投票で決まる。それは昔から変わらない。けど、昔、ある参加者を推薦した当人が、コンテストに参加したことがあった。それだけなら問題なかったけど、その推薦人が、優勝してしまった。推薦された出場者は、相当怒ったでしょうね。それ以来、参加者同士のいざこざをなくすために、新しいルールが作られた——参加者を推薦した人は、コンテストに出場できない、っていうね」
フェレアは、スゥの視線から逃げるように、目をふせた。
スゥは言った。
「あなたは、そのルールを利用した。ジェフさんに、コンテストの参加を持ちかけられたあなたは、自分が推薦人になることで、参加を放棄した。わたしを、ジェフさんの提案を断るための、都合のいい道具にしたんだよね」
「ちが……」
フェレアは顔を上げようとして、最後まで言いきることができなくて、またうつむいた。
丸く、元気な印象を受ける両目が、いまは不安げに揺れている。
守衛服に隠された体も、小刻みにふるえていた。
スゥは黙って、フェレアを見つめつづけた。
明るく、溌溂として、素直な印象を受けるフェレア。
そんな彼女にとって、沈黙こそ、一番堪えがたいもののはずだから。
やがて、フェレアは、重く口を開いた。
「……どこまで、知ってますか?」
「さあ。わたしが知ってるのは、ジェフさんの気持ちだけだから。あなたがどう思っているのかは、あなたにしかわからない」
からんからん、と店のドアが開く。
店主は、新しい客を、スゥたちと間反対の席に案内した。どこまでも気遣いのできる店主だった。
フェレアはしばらくうつむいていたが、やがて、
「……わからないんです」
と、よわよわしい声で言った。
「どうして、ジェフさんが、わたしを推薦してくれたのか……わたし、ぜんぜん、魅力なんてないし。昔から、頭を使うのが苦手で、おしゃれもできなくて……唯一できることと言えば、体を動かすくらいで……わたしには、この街にいる資格なんて、ないのに」
「どうして?」
「わからないんですか?」
フェレアは、半ば叫ぶような声で、
「スゥさんも、この街を見たはずです。街じゅうのお店、みんな、素肌を見せるような服ばっかり売ってて、だれもそれに疑問を持ってなくて……石垣には、たくさん、コンテスト優勝者の、キレイな足を描いた絵が、飾られていて……街の人も、コンテストに参加する人も、みんな、すらっとした脚をしていて……」
「あなたはちがうの?」
「ちがいます! ぜんぜん、ちがいます……」
フェレアは、おもむろに立ち上がって、守衛服を脱いだ。
露わになった体は、とても筋肉質だった。両腕の筋肉は健康的に盛り上がっている。シャツの上からでも、腹筋が六つに割れているのが見えた。
生半可な鍛え方で、こんな体にはならない。
それはきっと、両足も——。
フェレアは、涙をこらえるように、ぎゅっと手をにぎって、
「……わたしくらいですよ。この街で、こ、こんな、みっともない体をしてるのは」
「どこがみっともないの?」
スゥは言った。
「わたしからしたら、うらやましい限りなんだけど」
「スゥさんが、旅人だからですよ」
フェレアは、力なく座って、
「この街に住めば、いやでもわかります。みんな、あのコンテストが基準なんです。細くて、軽くて、きれいな体でないといけないんです。あの、大きな足みたいに……」
フェレアは、疲れたように、口を閉じた。
スゥは、窓の外に目を向けた。
窓の向こうには、日陰の通り。
ここからでは見えないが、通りの向こう、建ち並ぶ家々の向こうに、巨大な、着飾った足がある。あの足は、迫力のある見た目をしているが、全体のバランスを見れば、細くしなやかに見える。街の文化とも言えるコンテストが、あの足を基準に成り立っているのは、とうぜんだろう。
しかし、
「あの足は関係ない」
スゥは言った。
「あの足は、ただそこに立ってるだけ。あの足をなんの基準にしようと、それは、そこに住む人間の勝手。その勝手に、フェレアが振り回されるいわれはない」
「そんなの——」
「わたしが旅人だからって? そんなわけない。あなたにはあなたの魅力がある。そう思ってくれたひとは、旅人じゃないでしょ」
フェレアがかすかに顔を上げる。
スゥはつづけた。
「もし、細身の足がいいなんて常識があるんなら……どうしてジェフさんは、あなたをコンテストに推薦したの?」
スゥは、真っすぐ、フェレアを見つめた。
フェレアが視線をそらそうとして、それより先に、口を開いた。
「なんの魅力もない人を、第三者はぜったいに推薦しない。自分が感じた魅力を、たくさんの人に見てほしい。その魅力をたくさんの人と共有したい。それが、推したいって気持ちじゃないの?」
フェレアは、上唇を噛むようにして、口をつぐんだ。
スゥは言った。
「コンテストは強制じゃない。出たくなかったら、あなたはただ、出たくないと伝えるだけでよかった。ジェフさんはそれを聞き届けてくれたはず。でも、あなたはそうしなかった。返事を保留にして、断る理由を探して、それを、都合よくやってきた旅人に押しつけた。推したいなんて言葉で、身代わりにして」
フェレアの口から、反論は出てこない。スゥより頭ひとつ大きな少女は、いまは背中を丸めていて、しかられて落ちこむ幼児のように、小さく見えた。
時間だけが過ぎていく。
手つかずだったコーヒーは、すっかり冷めてしまった。
お店の客は何度も入れ替わって、そのたびに、店主が厨房とホールを行き来していた。それでも店主は、ふたりの空間にだれも入らないよう、客を、できるだけ遠くの、空いた席に案内していた。
真上にあった太陽が傾いていく。
カフェの前の小道が、少しずつ陽に照らされて、スゥとフェレアが座る窓辺にも、午後の白い日差しが、かかっていく。
——沈黙が開ける。
スゥは言った。
「わたし、ジェフさんから、コンテストを棄権するように言われてるの」
「え……」
「ジェフさんは、わたしがあなたの代わりにされたことに、気づいてた。乗り気じゃないのに無理やり出場させるのは、申し訳ないからって」
フェレアが、泣きだしそうな顔になる。
スゥは短く息をついて、
「でも、わたし、出るから」
「で、出るって……コンテストに?」
「だって、出場予定の用紙に、名前書かれちゃってるし。いまから断ったら、それこそ、運営の人に申し訳ないでしょ」
スゥは席を立った。長居してしまった。そろそろ店を出なければ。
スゥは、フェレアを見下ろして、
「あなたはどうするの?」
「…………わたしは」
フェレアはうつむいたまま、口を閉ざす。
スゥは店主に勘定を払って、出口に向かった。
扉に手をかけて、ちらっとフェレアを見たけれど、彼女が立ち上がるようすはない。
スゥは扉を開けて、日差しの中に歩み出た。




