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——夜。
ホテルの部屋にもどるなり、スゥはベッドに倒れこんだ。
(……つかれた)
昨日も疲れたけど、今日はそれ以上に疲れていた。
昨日とちがうのは、このまま倒れていても、ぜんぜん眠れそうにないこと。
さっさと眠ってしまいたいのに、頭がずっと冴えている。得体の知れないもどかしさのようなものが、胸のあたりにうずまいて、背筋がぞわぞわと落ち着かなかった。
「まあ、なんだ、元気出せよ」
履きっぱなしのブーツが、めずらしく、気づかわしそうに言った。
「おれには人間の気持ちなんてさっぱりだけどよ、こういうのも、人生っていうんじゃねえか?」
「えらそうなこと言わないで」
スゥは、シーツに顔をうずめて、くぐもった声で言った。
「……嫌んなる」
「なにが?」
「わたし、なんて馬鹿なんだろうって。変な期待ばっか、しちゃってさ」
「どういうことだ?」
スゥは、首だけ右に向けて、
「仮に、仮の話ね。もしあの場で、お付き合いみたいな話になったとしてさ、わたしはお断りするつもりだった。わたしは旅をしていたい、だから、この街に残ることはできないって。そう言うつもりだった」
「じゃあ、なんで、そんな元気ないんだ?」
「それは……」
いまの気持ちは、はっきりと言葉にできる。
けど、言葉にしたくなかった。
言葉にすれば、自分の浅ましさを認めることになってしまう。
自分にはまだ、そういう浅ましい部分が残っていると、認めなければいけなくなる。
そういう、皮算用みたいな期待をするのは、旅に出ると決めた、その前に、捨てていたはずなのに。
けれど……
「ちょっとだけ、気持ちよくなりたかったから」
スゥは、言葉にすることにした。
どうせ、聞いているのは、生身の人間じゃない。
道端に生えている葦とか、深い深い谷底とか、そういうのに話すのと、変わりないと思ったから。
「どういうことだ?」とブーツ。
スゥは言った。
「お付き合いをお願いされたとするじゃない? それでさ、そのお願いを断れば……なんか、わたしのほうが、ちょっとだけ、相手より良い立場にいるって、感じられるでしょ。そんなことしたって、ジェフさんがわたしより下になることも、わたしが上になることもないのに。けど、あのとき、わたしはそういう、優越感みたいなのを、感じたかった。その期待が裏切られたから……だから、こうして、傷ついてるの」
「んん?」
トレッキングブーツは、低くうなって、
「よくわかんねえけど……要は、あれだ、自業自得ってやつ」
「まあ、そんな感じ」
「馬鹿だねえ」
「うるさい」
スゥはなんとか身体を起こして、ブーツを脱いだ。
どんなに心が痛んでも、体はやることを覚えている。
習慣には、勝てない。
スゥは、ブーツとブラシを持って、浴室に向かった。




