5
——翌日。
「……寝すごした」
いつもなら、太陽がのぼるより先に目が覚めるのに、今朝はすっかり、太陽が上りきっていた。カーテンの隙間から、白い日差しがのぞいている。
どうにもまぶたがしゃきっとしなくて、スゥはベッドの上で、もぞもぞとシーツをたぐりよせた。
「ランニングはどうするんだ?」とブーツ。
「きょうは、いいや」
「おまえの師匠に聞かせてやりたいね」
「怖いこと言わないで」
しかし、ブーツの言う「師匠」の顔が浮かんで、スゥは重い体を起こした。
スゥが旅に出られるよう、いろいろと指導してくれた人がいる。
その人はいま、そばにいない。
でも、すぐ近くで、スゥの行いを見ているような気がする。たとえば、カーテンの隙間から、とか……
気づけば、スゥはブーツを履いて、外に出ていた。朝のまぶしい光の中、眠い目をこすりつつ、スゥはのろのろと走りだす。面倒だったのはさいしょだけで、走りだしてしまえば、体じゅうに血がめぐりだして、両目もしゃきっと開いてくる。
習慣には勝てない。
スゥはまたひとつ学んだ。
ホテルのラウンジで朝食を食べた後、スゥはシャワーを浴びて、身支度を整える。
ブーツがたずねた。
「きょうはどこ行くんだ?」
「左足のところ。足の状態は、記録しておかないと」
スゥはゆるゆると指を動かして、ブーツの紐をしめた。
——左足の麓にて。
石垣の門をくぐると、その向こうでは、会場の設営がはじまっていた。
石垣の内側には、いくつもテントが並んでいる。
当日は、観客の待機所だけでなく、屋台も並ぶそうだ。
コンテスト関係者が、あわただしく走り回っている。
そんななか、ゆったりと会場を見ている人も見つかった——コンテストの参加者だ——舞台の下見に来たらしい。コンテスト前だというのに、みんな、惜しげもなく白い太ももをさらしている。もしかしたら、コンテストの勝負は、すでにはじまっているのかもしれない。
どうでもいいな、と思いながら、スゥは人混みをかきわける、
スゥは、巨大な左足の正面に立った。
会場の外から見たときは、飾りをつけた足だなあ、としか感じなかった。
しかし、こうして間近に見ると、足の大きさに合わせて、刺繍やアクセサリーも大きいわけだから、想像以上に迫力があった。
極太のチェーンは、船を留める縄のようで。
色とりどりの宝石は、空から落ちてきた彗星のようで。
爪に描かれたネイルアートは、古代の壁画をくりぬいたようで。
これがすべて、この足が見つかったときから着いていたというのだから、不思議だ。
スゥは、ウエストポーチから手帳を取り出して、着飾った足について、記録していく。
この足は動かないのかな、と思っていたら、五本のゆびが、小刻みに動きだした。その動きはとても小さく、わずかに地面をかいただけで、止まってしまう。会場にいるだれも、驚いたようすがないから、きっと、日常的なことなのだろう。
「不思議ですよね」
だれかに話しかけられた。
隣を見ると、眼鏡の男性が立っていた。
昨日、スゥの受付をしてくれた人だ。
「ぼくたちが生まれる前から、この足はずっとこうなんです。ときどき指を動かすくらいで、それ以外なにもしません。ただじっと、そこに立っているだけ」
男性はスゥを見下ろして、
「スゥさん、でしたっけ。この街の方ではないですよね。ずっとこの街に住んでいますが、見かけたことがなかったので。旅の方ですか?」
「はい。世界じゅうの足を見て回っています」
「へえ」
男性は興味深そうに目を見開いて、
「もしかして、これと同じ足って、ほかにもあるんですか?」
「いえ。いろんな足を見てきましたけど、同じ足は、ひとつもありません。形も大きさも、その在り方も、ぜんぜんちがいます」
「へえ、面白い」
男性はうなって、巨大な左足を見上げた。
「やっぱり、不思議ですね。この足はいったい、何なんでしょう」
「足は足です」
スゥは言った。
「わたしたちについてるのと、同じ足です。それが、体についているか、ついていないか、それだけことだと思います」
男性は、「なるほど」と、スゥの言葉をかみ砕くように、何度か首を縦にふった。
男性は「ジェフ」と名乗った。
ジェフは会場設営の作業があるらしく、スゥのもとを離れていく。
しかし、作業しながらも、ジェフはなにか話したそうに、スゥをじっと見つめていた。
スゥは、ジェフの視線に気づいていた。気づいていたが、あえて話しかけることはしなかった。用があるなら、相手から話しかけてくる。スゥは手帳を片手に、左足の周りを、ぐるりと見て回った。
足飾りは、正面だけでなく、太ももやふくらはぎの裏側にもついている。
土汚れがあるくらいで、目立った傷はない。
ときどき五本のゆびを動かすが、足裏を大きく動かすことはない——せっかく着けているアクセサリーを崩したくない、とでも言っているみたいに。
ひととおり見て回るころには、太陽は頭上高くにのぼっていた。
そろそろ帰ろうと、スゥが出口に向かっていく。
「あの!」
声がして、振り向くと、ジェフがいた。
ジェフは息を切らしながら、スゥのそばに駆けてきて、
「あの、この後、お時間がありますか?」
「なんですか?」
ジェフは、ゆっくり息を整えて、
「これから、昼食に行くつもりなんです……いかがですか? スゥさんも、ごいっしょに」
スゥは、その言葉を、何度も、何度も、頭の中で転がした。
ジェフは、スゥを見つめていた。午後の光が、眼鏡の奥にある、青い瞳を照らしている。よく見ると、ジェフの瞳は、わずかに水気をおびていた。
スゥは、にっこりと微笑んだ。
「いいですよ」
ジェフはほっとした顔をして、「いいお店があるんです」と、スゥの隣に立った。
「ひゅ~~~♪」
足元で茶化す声がする。
スゥは思いっきり、かかとを地面にふみつけて、茶化す声を黙らせた。




