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その街は、だだっ広い草原の真ん中にあった。
めずらしい街並みではない。石造りの家々があって、砂地の大通りがあって、八百屋や雑貨屋といった露店が軒を連ねている。町と呼ぶには大きくて、都市というには小さすぎる。田舎町と大都市のちょうど中間の、田園都市とでもいうような、そんな街だった。
いま、旅人の少女が、街の入り口に立っていた。
短く切られた髪、健康的な肌、大人と子どものあいのこのような顔つき。
旅人が好んで着るような半そでタイプのジャケットを着ていて、その下には、ベージュ色のハーフパンツを穿いている。
白いハイソックスの上には、長距離用のトレッキングブーツを履いていた——茶色い革製の、シンプルな見た目をしている——ブーツは手入れが行き届いていて、まるで新品のようにぴかぴかだった。
少女の前には、街の守衛がいた。
守衛の男は、少女が「足」を求めて旅をしていると聞くや、
「もしかして、」
と、目を輝かせた。
「あなたも、足神教に入信希望ですか?」
「足神教?」
守衛は街を振り返って、大きく右手を広げた。
右手が示す先——街の奥に、なにやら巨大な、肌色の柱のようなものが見えた。
それは、足だった。
人間の何百倍もある、巨大な建造物を思わせる右足が、一本、街の奥で、片足立ちしているみたいに立っている。太ももより上は、空の青をつきぬけて、空気にかすんでいる。けれど、その右足の上に、胴体らしきものはないようだった。
少女は、いくつかまばたきして、
「足神教ってなんですか?」
「文字どおり、足神様を祀るための教えです」
守衛はほこらしげに言った。
「あの巨大な右足は、神様の御神足です。この街は、古くから、あの神様につくられたと言われています。この街の神様は、とても慈悲深く、街を造るだけにとどまらず、あのように、片足を地面におつけになって、人間がどのように街を発展させていくか、見守ってくださっているのです」
「へえ」
少女は困ったようにまばたいて、
「でも、わたし、そういうの興味なくて。足を見て回ってるだけですし」
「そう言わず」
守衛は穏やかに言った。
「足神教は、来る者を拒みません。あなたのようにかわいらしい女性であれば、きっと、神様もよろこんで、門下に加えていただけると思います」
「そうですか……じゃあ、まあ、考えときます」
少女は、守衛から宿の場所を聞いて、背中を向けた。
「ああ、ちょっと!」
守衛が慌てて呼び止めた。
「お嬢さん、お名前は?」
「スゥ」
「スゥさん、ですね。あなた様にも、神様のご加護がありますように」
そういって、守衛は詰め所にもどっていった。
砂地の通りを行きながら、スゥは街を見回した。
時刻は夕方。
西日に照らされた家々と、その間の暗い路地が、交互に、通りの先まで続いている。
店じまいする露店たちを眺めながら歩いていると、
「なあ」
と、足元から声がした——その声は、スゥのトレッキングブーツから聞こえた。
「足神教だってよ」
「うん。どこもだいたい、似たようなものだね」
「入信したらどうだ」
「入ってどうするの?」
「真実を伝えて回るのさ」
「やだよ、面倒くさい」
スゥが視線を上げる。
視線の先、巨大な足を見つめて、
「それで街が安定してるなら、放っとけばいい。内側から壊したって、いいことなんてない」
「へへ、ちげぇねえ」
ブーツは皮肉っぽく笑って、口を閉じた。
——夜。
宿の食堂で夕食を終えて。
スゥは店主に、バケツをひとつ借りた。
木桶に水を張って、部室にもどる。
ひとり分の狭い部屋には、ベッドと机しかない。
スゥは木桶をベッドのそばに置いて、備えつけのランタンに火をともした。
バックパックを開き、中から、ブラシとタオルを取り出す——ブラシの毛先も、ふきんの表面も、土や煤で汚れている。タオルのあちこちは、紐がほつれて、やぶれているところもあった。
スゥはベッドに腰かけて、トレッキングブーツをひざに置き、かわいたブラシで、土や煤を落としていく。ひととおりブラシをかけ終えたら、タオルの端を水でぬらして、ブーツの表面をふいていく。右足が終わったら、今度は左足を。
ランタンのほのかな明かりが、スゥの横顔を照らしている。まばたきを忘れた両目には、一流の職人が持っているのと同じ、真剣な輝きがまたたいていた。
最後に、タオルの、白く乾いたところで、ブーツ全体を乾拭きする。
手入れが終わって、スゥは深く息をついた。
「ありがとよ」とブーツ。
「うん」
スゥは濁った水を捨てて、木桶を店主に返した。
ジャケットとハーフパンツを脱いで、ベッドに飛びこむ。
「おやすみ」
「おやすみ」
どちらともなくそう言って、スゥは眠りについた。




