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——夜。
スゥは、教えられた宿の前に立って、あぜんと見上げた。
煉瓦造りの建物で、これまで泊まったどんな宿より、高級感が満ちている。
エントランスは、床一面、赤色の絨毯が敷かれていて、皺ひとつ見つからない。
ガラス製のきらびやかな電球が、張り巡らされていて、エントランスをまぶしいくらいに照らしていた。
「あの」
スゥは受付の女性にたずねた。
「ここ、ほんとに、銀貨一枚で泊まっていいんですか?」
「はい」
スーツ姿の女性が、ていねいな口調で言った。
「こちらは、コンテスト参加者のためのホテルです。さきほど、フェレアさんから連絡がございました。スゥ様にはぜひ、当ホテルをご利用いただければと思います」
スゥは鍵を受け取って、エレベーターで、七階へ。いままで階段を使うのが当たり前で、こんな、人を運ぶ箱のようなものがあるなんて、知らなかった。
静かな廊下を進んだ先に、スゥの部屋がある。
その部屋は、ひとりで使うのがもったいないくらい、広々としていた。部屋の壁はミルク色の粘土が塗られている。入り口近くに、ふたつの扉があって、ひとつはトイレで、もうひとつは浴室だった。
スゥは、バックパックを下ろすのも忘れて、部屋を見て回った。
「ちょっとは落ち着けよ」とブーツ。
「だって、こんなとこ、めったに泊まれないし」
スゥは浴槽に栓をして、たっぷりとお湯を張った。
荷物を整えてから、トレッキングブーツを持って、浴室に。
「おれも湯につかるのか?」
「まさか。入りたいの?」
「やめてくれ。靴底がぐじゅぐじゅになるの、苦手なんだ」
スゥはブラシを持って、ブーツについた泥や煤を取っていく。ちょうどいいとばかりに、ボディソープをこれでもかと泡立てて、ブーツのあちこちを洗った。水で流したあと、いい匂いのするブーツを、備えつけのハンガーに、クリップで吊るしておいた。
さいごにスゥが体を洗う。
あふれる湯船に、体を沈めると、胸の底からため息がもれた。
旅の疲れが、あふれて流れるお湯といっしょに、流れていく感じがした。
——翌朝。
スゥは、ホテルから街の詰め所まで、日課のランニングをした。昨日お風呂に入ったおかげか、いつもより調子がいい。けれど、調子には乗らず、いつもと同じくらいの距離を走って、ホテルにもどった。
朝日がのぼる頃には、エントランスに受付嬢が立っていた。
受付嬢は言った。
「汚れた服があれば、こちらにお預けください。私どもで洗濯して、お客様のお部屋の前に置いておきます」
至れり尽くせりだった。
スゥはお言葉に甘えて、汗で汚れたシャツと、ついでに下着もあずけた。
ホテルのラウンジで朝食を食べて、部屋にもどる。バイキングなんてはじめてで、少し食べすぎてしまった。
フェレアとの待ち合わせまで、まだ時間がある。
スゥは少し休んでから、ウエストポーチの荷物をたしかめた。
フェレアとは、街の中ほど、噴水のある公園で待ち合わせていた。
ホテルを出てから、公園まで、はじめての街並みを見て歩く。
タイル張りの通りは、コンクリート造りの建物が、いくつも建ち並んでいた。そのほとんどがブティックやアクセサリーショップだった。ガラス張りのショウウィンドウには、マネキンが立っていて、センスたっぷりの衣裳を着せられている。店の中では、男も女も、大人も子どもも、思い思いの衣裳を、楽しそうに探していた。
しばらく歩くと、公園につづく並木道に出た。
やわらかい広葉樹は、気持ちよさそうに、温かい日差しを受けている。枝葉は日差しを透かして、白と緑のうつくしい光を、並木道に降らしていた。
通りにそって、ベンチがある。若者も、老人も、本を読んだり、居眠りをしたり、心地よい休日を過ごしているようだ。
並木道を抜けると、すぐ目の前に、噴水が見えた。
「あっ! スゥさーん!」
フェレアが手を振っている。フェレアは今日も、武骨な守衛服を着ていた。
「ホテル、いかがでしたか?」
「すごかった。ずっと住んでたいくらい」
「えへへ、よかったです」
スゥは、フェレアの隣に立った。
「それで、これからどうするの?」
「まずは、コンテストの会場に行きましょう。そこで参加の受付をしているので」
会場の場所は、なんとなく予想がついた。
——街に入ったときから、ずっと見えていた、巨大な足。
公園を囲む木々の向こうに、巨大な足の太ももが、見切れている。
案の定、フェレアは、巨大な足のある方に歩いていった。




